第12話 苦手

「……本、読みたい」


 自室のベッドの上。先ほど購入した漫画を手に、奏太はぽつりと溢した。

 読むカロリーで言うと、本よりも漫画の方が圧倒的に低くサクサク読めるはずだ。


 それなのに序盤のあたりでもうページを捲るスピードが鈍いのは、文月が言ったように自分の好みと圧倒的に合っていないからであろう。


「全然頭に入ってこない……」


 複雑な設定、鬱々としたキャラクターたちに、全体的に暗いストーリー展開。これ絶対に誰も幸せにならんでしょという嫌な予感がひしひしと伝わってくる。

 わかりやすくて登場キャラたちも生き生きしていてストーリーも明るめな物語を好む奏太には、とことん合わないテイストだった。


 読む人が読めば名作なんだろうという雰囲気は伝わってくるが、それだけだ。

 食の好みと同じで、世間的にはいくら美味しいと評価されている料理でも、苦手なものは苦手なのである。


「でも、読まないと……」


 陽菜に全力でお薦めされて、取り寄せまでしたと公言している以上、ちゃんと読んで感想を言わなければならない。その使命感だけを胸に、重たい瞼を持ち上げ読み進める。


「……ふう、やっと終わった」


 漫画をぱたりと閉じて、机に置く。

 なんだかどっと疲れた。全身にまとわりつくような疲労感。


 ぶっちゃけ終盤は読み飛ばしていたためほとんど頭に残っていない。

 残ったのは、なんか小難しくてグロくて重い話だったな、というふわっとした感想だけだった。


 案の定、一巻の最後は後味があまりよろしくない引きで終わっており、二巻はさらなる鬱展開が待っているのだろうと容易に想像できた。

 お小遣いの事もあるのでとりあえず一巻だけを購入したものの、二巻を買いたいかと言われると『うーん』と言ったところだ。


 もちろん、陽菜に強く薦められたら買うと思うが。

 ちらりと時計を見やると、時刻は夜の十一時。


「あと、一時間くらいは読める……」

 

 暗鬱とした気分が上昇に転じた。

 気がつくと、図書館で借りた本に手を伸ばしていた。

 

 漫画よりも本の方が読むのにカロリーが必要なはずなのに。

 不思議なことに、文月にお薦めされた本の方がサクサクと読み進めることができた。

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