第11話 つまらない理由ですね
夜、奏太は書店に赴き文月に声をかけた。
「持ってくるので、少々お待ちを」
文月は慣れた所作で、取り寄せた漫画をバックヤードから持って来て奏太に渡す。
「おお、これこれ! 確かに受け取ったよ、ありがとう!」
『血濡れた廃墟で僕たちは』と題した漫画を手にうっひょいとはしゃぐ奏太に、文月はどこか胡乱げな目で尋ねた。
「その漫画、好みじゃないですよね?」
ぴたり、と奏太の表情が止まる。
「どうしてそう思ったの?」
「今まで、清水くんが読んできて、面白かったと評していた小説のラインナップから察するに、そんな気がしました。清水くんはどちらかというと、物語の雰囲気は明るめで読み味はそこまで重くないものが好みだと思うので。その、いかにも重厚そうでバッドエンド臭が漂ってる表紙のその漫画は、肌に合わないかと」
「な、なるほど。すごい分析能力……!!」
「好みはある程度偏りますから、何冊か好きな本が分かれば、そう難しくないですよ」
「でも言われてみると……確かにちょっと、好みじゃないかもなー」
死んだ目をした主人公と思しき青年を背景に無機質な廃墟、それに血飛沫がコーティングされた表紙もさることながら、事前に陽菜から聞いたざっくりしたあらすじも、正直奏太の琴線を震わせるものではなかった。
「なら、どうして読むのですか?」
素朴な疑問を投げかけられ、奏太は間髪入れずに答えた。
「んー、友達が読んでるから?」
返答には間があった。
ただでさえ温度の低い文月の瞳が、ぐっと下がっていく様相が見てとれた。
(あれ、なんか変なこと言った……?)
そう思うも束の間、文月の冷たい言葉が空気を揺らす。
「なんだか、つまらない理由ですね」
その声は失望しているようにも、憐れんでいるようにも聞こえた。
次の言葉が咄嗟に出なかったのは、文月の言葉にある程度の納得を覚えてしまったからだと奏太は気づく。
おそらく文月に悪意はなかったのだろう。率直に思ったことをそのまま口に出した、といういつもの文月らしい言葉だったように思える。
「お会計はあちらでお願いします」
この会話は広げるつもりはないと言わんばかりに、文月は言う。
「おけ……それじゃ、また明日」
かろうじて絞り出した言葉に対して、文月は無言だった。
書店を出て、帰路に着く。
──なんだか、つまらない理由ですね。
先ほどの言葉は十一月の冷気のように冷たく、頭にこびりついて離れなかった。
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