第9話 また、読みに行っても?
「この時間に学校を出たの、初めてかも」
下校時刻も過ぎ、生徒がすっかりいなくなった校庭を歩きながら奏太が言う。
「毎日だいたいこの時間まで読書をしているので、見慣れた光景ですね」
「毎日!? すご!」
「凄くはありません、ただの慣れです」
そんなやりとりをしながら校門を抜ける。
「確か家は駅の北側だったよね」
「よく覚えていますね」
「という事はここでお別れかー、しくしく」
「下手な嘘泣きですね」
学校から見て駅は北方向、奏太の家は南方向だ。
「とはいえ今日はバイトなので、途中まで方向は同じです」
「なんと! バイトは何時からなの?」
「十九時からです」
「という事は、一時間くらい時間があるね。よし、じゃあカラオケ行こう!」
奏太が提案すると、文月は目を左上に向けてから口を開く。
「イギリスの美術評論家、ジョン・ラスキンは言いました。人生は短い。この書物を読めば、あの書物は読めなくなる、と」
「えっと……つまり?」
「私の短い人生の一部を、貴方とカラオケという時間に使いたくありません」
「はっきり言うね」
「はっきり言わないと食い下がってくるでしょう?」
「うぐっ、それはそうかも」
「というわけで、諦めてください」
「ざーんねん。じゃあ、バイトの時間までどうするん?」
「いつも利用しているカフェで読書と宿題の予定です」
「へええー! カフェで読書! お洒落!」
「念のために言っておきますが、ついてこないでくださいね? 一緒に帰っているところを見られる訳にもいかないので」
声色から明確な拒否の色を感じ取った奏太は、両掌を胸の前で広げて頷く。
「おーけーおーけー、流石にこれ以上は邪魔しないよ」
「理解が早くて助かります、それでは」
ぺこりと行儀良くお辞儀をして、文月が背を向ける。このまま静かに見送るという選択肢もあったはずだが、思わず奏太は口を開いていた。
「文月さん!」
くるりとこちらを向く文月。
「何か?」
と真顔を向けてくる文月に、奏太は尋ねた。
「また、本を読みに行って良い?」
図書室の読書スペースで、ではなく図書準備室で一緒に、という意図は伝わっていると思う。文月は相変わらず、肯定的とも否定的とも取れない無の表情のまま言った。
「ご勝手に」
とりあえず嫌われてはいないみたいだと、奏太はポジティブに考えることにした。
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