第7話 おすすめを教えて
「いやー、改めてありがとうね、澪! ほんと助かったよ!」
昼休みの食堂。
いつメン達とランチタイムを洒落込んでいる時、奏太は澪に手をパンっと合わせて頭を下げた。
「私と奏太の仲じゃない、気にしないで。……そういえば私、急にメロンパン五個くらい食べたい気分になってきたわ」
「まあまあ食べるね! でも仕方がない、これも居眠りの代償か……」
「冗談よ、私今ダイエット中なの。もし買ってきたら拳を飛ばすところだわ」
「こっわ、トラップじゃん!」
「でも珍しいねー! そーちゃんが居眠りだなんて」
手のひらサイズのちっちゃいお弁当を食べながら陽菜が言う。
「そもそも現国はだいたい眠いんだよね。でも今日は朝まで起きてたから、流石に耐えられなかった」
「またVALORAND?」
「いや、本読んでた」
「へえ、意外!」
陽菜がぱちくりと目を丸める。
「本!? お前、本なんか読むキャラじゃねーだろ!」
悠生が茶化すように言ってきた。
「ちょっと気が向いて読んでみよっかなーと思って。キャラじゃないのは重々承知!」
「だよな! で、どうだったよ? やっぱ文字しかないのダルくね?」
悠生の同意するような問いに、奏太は喉まで出かけた言葉を一度グッと飲み込んで、違う答えを口にした。
「う、うん……正直、かなりしんどかった……長いし、疲れるし、全然進まないし……」
「だよなだよな! ほんっと、本なんてつまんねーよ。読んでる奴の気がしれねーな」
「ははは……本当にそうだよね、俺もそう思うよ」
悠生に合わせて奏太も一緒に笑う。
胸にちくりと刺すような痛みが走ったのは多分、気のせいだ。
「……でも、朝まで読んでたんだ」
ぽつりと、澪が誰にも聞こえない音量で溢したその時。
(あ……)
食堂の入り口で、きょろきょろとあたりを見渡す少女に視線が吸い寄せられた。
首までかかりそうなくらいのショートカットに赤縁メガネ、文月だ。
「ちょっとトイレ!」
「いってらりんー!」
陽菜の声に見送られ、奏太は文月の元へ。
「よっ」
「……学校では誰とも話したくないと言ったはずですが」
顔を逸らし、小声を漏らす文月は不機嫌を表情に描いた。
「ごめんごめん! でもどうしても、言いたいことがあって」
今朝からずっと胸に押し込めてい気持ち。
それを唯一共感してくれるであろう文月に、奏太は目を輝かせて言った。
「昨日お薦めしてくれた本、めっちゃ面白かった!」
嘘偽りない興奮と共に放たれた言葉に文月は目を丸くする。
「い、一日で読んだのですか。それで、目元にクマが……」
「つい読み耽っちゃって、結局朝までかかったよ」
変化に乏しい表情に、ほんのりと驚きが浮かぶ。
まさか文月も、薦めたその日中に読破してくるとは思っていなかったのだろう。
それも、普段本なんか全く読まない陽キャポジの同級生となればなおさらだ。
「いやー、でもまさか犯人がずっと主人公の親友だと思っていたシンジだったとはなー。最後の最後で明かされる展開はまさに、俺が好きな展開だったよ」
「そうですね、そうですね。随所に張り巡らされた展開と、このキャラが犯人だと思わせておいて実は……という巧みなミスリードがあの作品の見どころだと思います」
わかってますねと言わんばかりに文月が頷く。
今まで彼女の口調とは違う、棘の取れた声色だった。
ほんの少しだけ、文月との距離が縮まったような気がして嬉しい気持ちになる。
それとは別に、自分が作品を読んで感じた『面白かった』を、誰かが同じように『面白い』と共感してくれる楽しさを奏太は感じていた。
無理をしてでも読み切ってよかったと奏太は思った。
「文月が言ったように、このくらいのレベルが今の俺にとってちょうど良かったよ。ありがとう、本当に」
「まあそうでしょうね。このレベルの本で朝までかかっていたのでしたら、純文学を選んでいたら一週間は飛んでましたよ」
「それは違いないね」
「……なにはともあれ、楽しめたのであれば、良かったです」
ふわりと、文月の表情に笑顔が灯る。今まで見てきた刹那的で小さな笑みではなく、はっきりと『笑っている』とわかるような、確かなもの。
前髪で隠れているが、よく見ると文月の顔立ちは整っており美少女と評して差し支えない容貌をしている。
加えて普段ほとんど無表情な彼女の奇跡の一瞬とも言える笑顔に、奏太の心臓がどくりと高鳴った。
「あの、さ」
気がつくと、口を開いていた。
「頼みがあるんだけど」
「頼み、ですか?」
ちょこんと小首を横に倒す文月に、奏太が手をパンっと合わせて言う。
「また、おすすめを教えて欲しい!」
その言葉に、文月は目をぱちぱちと瞬かせる。
それから何やら悩むような所作をしていたが、周りをきょろきょろと見回し奏太にしか聞こえない声で言った。
「……放課後、図書室に来てください」
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