第6話 授業中のヒヤリハット

「はい、じゃあ五十四ページの問四、みんな解いてみて。制限時間は三分ね〜」


 翌日、現代国語の授業中。沖坂先生の掛け声で皆一斉に問題集と睨めっこを始めるが、奏太はそれどころではなかった。


(ね、むい……)


 昨晩夜更かしと、現国は奏太が苦手な科目ということもあり、とんでもない眠気が奏太を襲っていた。

 それでも何とか問題を解こうと問いを読み込む。


(えーと、なになに……下線部Aの時の、太郎の心情を次の四択から答えろ? いや、無理ゲー……)


 文章問題の四択は、奏太が世界で二番目に苦手な問題形式である。

 ちなみに世界一の苦手は記述式問題だ。滅びればいいと思っている。


 ただの文章から登場人物の心情を逆算するなんぞ、少なくとも寝不足で回っていない頭で考えられる問題ではなかった。

 そのうち段々と眠気の方が優ってくる。


 問題集を支えていた手が滑り落ち、こくりこくりとうたた寝を……。


「こらこら清水くーん、学校は寝る場所じゃないですよー?」

「はっ……」


 沖坂先生の声で奏太は夢の世界から帰ってきた。

 知らぬ間に眠りに落ちていたらしい。


「や、やだなあ、沖坂先生! 可憐で麗しい沖坂先生の授業を何よりも楽しみにしている俺が、居眠りなんてするわけないじゃないですか〜!」


 奏太がちゃらけたように言うと、教室内からクスクスと笑いが起こる。

 対する沖坂先生は、口角は吊り上がっているのに目は笑っていない表情で奏太に尋ねる。


「ふーんそうなんだー。じゃあ五十四ページ問四の答えは? 私の授業を楽しく聞いていたなら当然、答えられるはずよね?」

「ご、五十四ページ問四ッ……」


 いつの間にか閉じていた問題集を慌てて捲る。


「なに問題集をペラペラしているの、しみずくん? 授業を聞いていたらそのページを開いているはずよね、し・み・ずくん?」

「えっとお、そのお……」

「ちなみに問題はAからDの四択だから、適当に答えても二十五%の確率で当たるわ。授業を聞いていたら当然正解よね?」


 笑顔のままとんでもない圧を放ってくる沖坂先生に、汗をダラダラ流しながらしどろもどろになっていると。


「Bよ、B」


 隣席の澪が、ノートを取りながらこっそり答えを教えてくれた。


「あ、Bです! B! B!」


 奏太が元気よく答えると、教室内から「お〜」と感嘆の声が上がる。


 沖坂先生は面白くなさそうに眉を顰めた。


「ちいっ、二十五%の神様に救われたわね。そう、正解はB! 太郎はこの時、花子に心無い言葉をぶつけられてとても悲しかったの」


 ほっと安堵の息をつきつつ、隣席に視線と小声を差し向ける。


「さんきゅ、澪。助かった」


 ノートを取る繊細な手が止まる。


「どういたしまして」


 前を向いたまま澪はそれだけ言って、再びノートを取り始めた。

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