後日譚
おまけシナリオその1――優紗ちゃん編
レギンレイヴを倒してからしばらく経ったある日のこと。
どうやら優紗ちゃんには悩みがあるようで、僕たちに相談してきた。
「あの……私、皆さんに比べて弱くないですか?」
「そうかな? 優紗ちゃんには優紗ちゃんの強みがあるし、そうは思わないけど……」
実際、優紗ちゃんに助けられた場面も多い。僕たちは1人ではできることも限られているし、気にする必要は無いはずだ。
けれど優紗ちゃんは食い下がってくる。
「でも結人さんは銀の鍵や時空操作魔術を扱えますし、ヒカルちゃんもルーン魔術ができるし……。季桃さんもアクロバティックな動きで攻撃を避けますよね。そういえばあの回避、いったいどうなってるんですか!?」
「どうと言われても、反射的に身体が動くんだよね。危なっ!? って思うと衝動的に」
「前に模擬戦をしたときに、ヴァーリさんが一度に大量の矢をつがえて矢の雨を降らせたことがあるじゃないですか。それを『危なっ!?』で回避できるんですか!? 動体視力とか瞬時の判断力とか、異次元の領域ですよ!?」
「優紗ちゃん、気持ちはわかるけど落ち着いて」
興奮した優紗ちゃんをヒカちゃんが宥めている。まあ、僕も季桃さんの回避能力については同じことを思っているけど。
ヴァーリも呆れた様子で同調する。
「今まで何人もエインフェリアを見てきたが、あんな回避ができるのはリモモだけだろうな……。初めて見たときは『マジかこいつ……』って思ったぜ」
「えぇ……。みんなちょっと酷くない?」
季桃さんは心外そうだった。でも季桃さんの回避能力は本当におかしいから仕方ない。
ヴァーリが続けて言う。
「リモモはその一芸があるから強さがわかりやすいけど、ユウトとヒカルも魔術を抜きにしてもやたら強いよな。自分で言うのもなんだが、俺は半神の中でもかなり強い方なんだよ。戦争にも生き残ってるしな。そんな俺と3人は同じくらい強いって相当だぜ?」
そう言われてみると、確かに僕たちは強い。もともとの素質があったのは間違いないが、これはミゼーアの先端や神話時代のエインフェリアと巨人、さらにはロキや偽バルドルといった強敵との闘いで身に着けた力だ。
過去からタイムスリップしてきた優紗ちゃんはそういった経験をしていない。だから優劣ってほどではないけど、僕たちより未熟と言えるかもしれない。
「そういえばエインフェリアになりたての頃は、敵の攻撃を全然避けられなかったなぁ。思い返してみると、やっぱり経験を積んでできるようになったんだね」
と季桃さんはしみじみと呟く。それに対して優紗ちゃんが「私も皆さんと一緒に戦いたかったです……」と肩を落としていた。
「でもきっと、エインフェリアとしての素質は優紗ちゃんが一番なんじゃないかな。心子さんってエインフェリアでもないのに僕たちと一緒に戦ってたでしょ? それがもしエインフェリアになったらと考えると、パラレルワールドの同一人物の優紗ちゃんは最強のエインフェリアになれそうな気がするんだよね」
僕の言葉を聞いて、優紗ちゃんはパッと顔を上げる。
「最強のエインフェリア!! 言葉の響きだけでロマンに溢れてますね。なんか楽しくなってきました! さっそく訓練しましょう。最強のエインフェリアになるために!!」
「元気が出たみたいでよかったよ。僕でよければ相手になるからさ」
「ありがとうございます! ではさっそく行きましょう!」
その日から、優紗ちゃんの地獄のような特訓が始まった。
僕の世界のヒカルがタウィル・アト=ウムルの力を使えば、夢の狭間にいろいろな環境を再現できるらしい。
僕が優紗ちゃんと模擬戦をすることがやはり多かったけれどが、優紗ちゃんは夢の狭間に作り出した怪物を相手に訓練を積むこともあった。
それに加えて、優紗ちゃんの頑張る姿を見て、みんなが面白がって声をかけることもしばしばあった。
例えば、
「ねぇ優紗ちゃん、ルーン魔術って興味ある? 簡単なやつなら教えられるよ」
「あるある! 教えて!」
「優紗ちゃんは攻め手は十分だと思うから、補助系優先がいいかなぁ。『魔術的強化を解除する』魔術とかどう?」
とヒカちゃんがルーン魔術を自力で扱えるように仕込んだり。
またある日は心子さんが、
「もしよかったらトートの剣は優紗が使ったらどうかな? 正直、治安維持に使うには過剰武装なんだよね。私には銀の鍵とレーヴァテインがあればいいからさ」
「本当!? ありがとうお姉ちゃん!」
「ついでに"夢見"のコツも教えようか。トートの剣を強化するときにも必要だしね」
とトートの剣を受け渡したり。
他にも季桃さんと組手をしたり、ヴァーリに様々な戦場での立ち回り方を教わったりしていた。
そうして優紗ちゃんは本当に強くなった。それこそ、誰にも手が付けられないくらいに……。
「優紗ちゃん、本当にやるの? 5対1の模擬戦……」
「もちろんです! 私はまだ強くなれます!」
困難なほど燃えるようで、優紗ちゃんの目はギラギラと輝いていた。
気迫に押されてしまったようで、季桃さんとヒカちゃんが
「5対1ならさすがにこっちが勝てる、よね?」
「どうだろう……。今の優紗ちゃんってめちゃくちゃ強いから」
とか後ろ向きなことを言い始める。
まあどうにでもなるだろう。こちらとしては優紗ちゃんの希望通り、全力で相手をしてあげるだけだ。
そのために僕の世界のヒカルにも協力してもらって、夢の狭間に戦いの場を設けてもらった。
「心子さん、トートの剣の調子はどう? ヒカルがタウィル・アト=ウムルの力で夢の狭間に再現した複製品だけど、本物と使用感が違ったりしない?」
「大丈夫ですよ。夢の狭間専用なのがもったいないくらいですね」
夢の狭間で作ったものは、他の空間へ持ち出せない。だから夢の狭間専用なのだが、それを加味してもタウィル・アト=ウムルはすごい。
「もう一人のヒカルちゃんにも感謝ですね。おかげで訓練にも気合が入るというものです。では行きますよ。いざ尋常に、勝負!」
優紗ちゃんのその言葉を皮切りに僕たちは戦い始めた。
◇
結論から言うと、さすがに僕たちが勝った。
「負けたー! 負けました! 今の私なら勝てると思ったんですけどね。自己分析が甘かったかなぁ。お姉ちゃんがやってたトートの剣の超強化もまだできないし、こうなったらまた鍛え直しですね!」
「まだ強くなるつもりなんだ……」
「もちろん! 最強のエインフェリアを目指します!」
「もう達成してるんじゃないかなぁ」
ヒカちゃんと季桃さんは呆れた様子で優紗ちゃんに野次を飛ばしていた。
正直にいうと、割と負けそうな場面があった。「障壁を叩き割りやすい戦い方を見つけたんですよ」とか言って本当に割り始めたときは焦った。レギンレイヴも何度か障壁を割ってきたことがあったが、そういう原理だったのかと今更ながら気づいた。対策したからもう大丈夫だけど。
「あっ。……ちょっと大変なことに気づいてしまったかもしれない」
「大変なこと? 優紗ちゃんの邪悪化はもう解決したよね。季桃さんの出身パラレルワールドで優紗ちゃんがロキに会ったときに、邪悪な方はすぐ退治したし。その後にもう一度ロキに会わせても、邪悪な方が復活したりしないことは確認済みだし、何があるの?」
「……すごく低い確率なんだけど、邪悪な心子さんがエインフェリア化する可能性もありえるよなぁと思ってさ。銀の鍵とトートの剣とレーヴァテインとルーン魔術起動装置を持った邪悪なエインフェリア心子さんがどこかで爆誕してる可能性が」
「何その化け物」
何なら別世界の僕みたいに銀の鍵2本持ちの可能性もある。それに邪悪な心子さんは世界を滅ぼすことに生き甲斐を感じているような人物だ。せっかく救ったこのパラレルワールドに攻め込んできてもおかしくない。
「僕たちも訓練しようか……。邪悪な心子さんに負けないようにさ」
僕の呟きに最速で反応したのはやはり優紗ちゃんだった。
「任せてください! 別世界の私が襲い掛かってきても、絶対に勝ってみせましょう! 最強のエインフェリアになるまで、私、頑張ります!」
別世界の僕を最強のエインフェリアとか言っていた頃が懐かしい。最強のエインフェリアの称号は、そんな優しいものではなかった。
ちなみに後日、僕は僕の世界のヒカルからこんなことを言われた。
「まあ、最強のエインフェリアは私なんだけどね。現状では全パラレルワールドで唯一の、エインフェリアのタウィル・アト=ウムルだから」
確かに厳密に言えばそうだけど……。もうヒカルは別枠として捉えた方がいい気がする。何やっても絶対に攻撃が届かないから勝ちようがないし。
いつかは他にもエインフェリアのタウィル・アト=ウムルが出てくるのだろうか。一番可能性が高いのは、僕たちが攻略している季桃さんの出身パラレルワールドだろうけど。もう少しで救えるところまでは来ていて、今はこっちのパラレルワールドへ一時的に帰ってきていた。
「でも私は窮極の門以外へ自由に出入りできないし、他のパラレルワールドへも行けないから、ユウ君たちに頑張ってもらわなきゃいけないんだよね」
「任せてよヒカル。タウィル・アト=ウムルのヒカルにしかできないことがあるしさ」
「ありがと! 一緒に頑張ろうね、ユウ君」
夢の狭間を操作して訓練の場を整えてくれるのはヒカルだ。そういうわけで、僕たちは一緒に今後の訓練について考えたのだった。
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