119:エピローグ
レギンレイヴを倒した僕たちは夢の狭間から窮極の門へ戻ってきた。僕たちを僕の世界のヒカルが出迎えてくれる。
「ユウ君、それに皆さんもレギンレイヴを止めてくれてありがとう。レギンレイヴは世界中の人が幸せになってほしいって、心の底から願ってたけど……。今まで侵蝕してきた戦乙女たちの精神と歪に結びついて、暴走して止まれなくなっちゃってたんだ」
オーディンの逆張りといえば、そうなんだろう。侵蝕されてきた戦乙女はヒカルやヒカちゃんと同じように、黄金の首飾りの呪いで人一倍に不幸な目にあってきた人たちだ。
そんな誰よりも平和と幸福を願ってきた人々の想いが数百人分も集まって、こんな事態を招いてしまった。
でもこうして、全てが失われる真の滅びは回避できた。止めることができて本当によかった。
心子さんと季桃さんが勝利の喜びを分かち合っている。
「これで全て終わったのですね。僕にとっては長い戦いでした」
「心子ちゃんは幼い頃から、世界の破滅を止めるために頑張ってたんだもんね。私はエインフェリアになってからの1か月くらいだけど、すごく濃密だったよ」
僕は季桃さんの気持ちがよくわかる。僕だって世界の命運をかけて戦うことになるなんて、最初は思ってもみなかった。
僕は義妹の呪いを解こうとして、手探りで魔術を学び始めた一般人でしかない。ヒカルを救うためなら何でもする所存だったが、本当に遠いところまでやってきたと今更ながら思う。
「戦争が終わって生き残ったことを思い出すな。あの時と何だか心持ちが似てんだよ。これでようやく落ち着けるってな。でも勝ったからには、今後のことも考えなきゃなんねぇ。お前たちはこれからどうすんだ?」
ヴァーリがそんなことを問いかけてきた。確かにこれからのことを考えなければならないだろう。
最初に返事したのは季桃さんだ。彼女は随分前から、どうするか決めていた。
「私は今までも言ってた通り、元のパラレルワールドに帰るよ。タウィル・アト=ウムルの力があればたぶん帰れるだろうしね」
次に答えたのはヒカちゃんだ。ヒカちゃんは重い表情を浮かべているけれど、少し希望もある様子で口を開く。
「私は……私がエインフェリアにしちゃった優紗ちゃんを生き返らせる方法を探したいな。生き返らせられたら、私がこのパラレルワールドにみんなを巻き込んでしまった分は全部清算したことになると思うしさ。私の出身パラレルワールドが滅んじゃった分は、もっと他のパラレルワールドを救っていくことで償うつもりだけどね」
優紗ちゃんを生き返らせる方法か。少し前までは方法がなかったけれど、たぶん今なら可能だ。
「僕の世界のヒカルが何とかできるんじゃないかな。今ってヒカルがタウィル・アト=ウムルになってるよね?」
「うん、今は私がタウィル・アト=ウムルとしての全権を持ってるよ。過去改変だよね。そう言うと思って、ちょうどそのやり方を確認してたところだよ」
ヒカちゃんが目を丸くして僕とヒカルを見つめる。急に解決すると聞いて驚いているようだ。そういえば、ヒカちゃんたちはレギンレイヴが過去改変をしていたことは認識していないんだった。
「過去改変……!? それで優紗ちゃんを救えるの!?」
「過去を変え過ぎるとヨグ=ソトースに罰されちゃうから、あまり万能じゃないけどね」
大きな改変を行うと、ヨグ=ソトースに負担がかかって、角度の時空の支配者であるミゼーアに付け入られる隙になってしまう。だからヨグ=ソトースは過去を変え過ぎた者を罰することがあるようだった。
レギンレイヴからの又聞きだが、ヒカルによると以前のヨグ=ソトースはそこまで厳しくなかったらしい。だけどオーディンが角度の時空ティンダロスとの全面戦争を望んで外観誘致を計画していた関係で、ミゼーアに利するような行動は処罰の対象になりやすくなったのだとか。ざっくり言えば、『お前もオーディンのシンパか!?』とヨグ=ソトースに疑われてしまうそうだ。
レギンレイヴがあまり大規模な過去改変をしなかったのも、ヨグ=ソトースに罰せられることを恐れていたからだ。
それに……仮にヨグ=ソトースに罰されないとしても、あまり過去は変えるべきではない。なぜなら過去を変えた結果、僕たちがレギンレイヴに負けてしまう未来に辿り着いてしまう可能性があるからだ。
せっかく勝てたのに、そんなことになったら目も当てられない。
どのように現在が変わるかは、タウィル・アト=ウムルでも事前に知ることはできない。
「逆に言えば、小さな改変なら大丈夫なの。優紗ちゃんを救うだけなら全然問題ないよ。優紗ちゃんが死ななかったってこと以外、何一つ変えなくていいからさ」
僕とヒカルの話を最初に理解したのは心子さんだった。
「……なるほど! 優紗の死体を誰も見ていないんですね。だから過去を改変して、死ぬ前にどこかへ空間転移で逃れていたことにしても、誰の行動にも影響がありません」
「転移させた後、優紗ちゃんはどこにいたことにするの? バタフライエフェクトが絶対に起きない場所に隔離する必要があるよね。でもそんな場所なんてパッと思いつかないけど」
「ついでにタイムスリップさせて、今この場所に転移させるから問題ないよ」
銀の鍵では転移先のパラレルワールドと時間を同時に指定できないから、優紗ちゃんを助けられないし、季桃さんを出身パラレルワールドに帰せないという話があった。
でも別世界の僕が何度か出身パラレルワールドに里帰りしていたように、タウィル・アト=ウムルであればパラレルワールドと時間を同時に指定できる。過去の優紗ちゃんを今この場所へ転移させることは造作もない……ことはないが、不可能ではない。
優紗ちゃん以外を生き返らせようとしたら、こうもうまくはいかなかっただろう。
例えば誰かが未来にタイムスリップしたとしたら、現在からするとその人が行方不明になったように見える。行方不明者が出ると、その人を探そうとする捜索者の行動が変わってしまう。
さらにその捜索者に影響されて行動が変わる人が現れて、またそれに影響されて行動が変わる人が出てきて……。
1人が行動を変えたら、その変化で他の人の行動も変わる。それはドミノ倒しのように膨れ上がって最終的には大改変になってしまう。
でも優紗ちゃんは洞窟の奥で1人で死んで、その後は死体すら誰も見ていない。だから死の間際に未来へタイムスリップさせるという、小さな改変だけで済む。
優紗ちゃんがあそこで勇気を振り絞って僕たちを逃がしてくれたから、奇跡的にこの手段が使えるのだ。
「じゃあ過去改変して優紗ちゃんをこの時間にタイムスリップさせるね。ユウ君たちが洞窟から脱出できるだけの時間を稼いでもらわないといけないから、ある程度毒に侵された状態になるよ。だから治療の準備をお願い。エインフェリアだから、急いで治療すれば間に合うはず……!」
「わかった。絶対に治して見せるから!」
「トートの剣も準備できています。いつでも優紗を呼んでください」
僕の世界のヒカルが過去改変を行い、過去の優紗ちゃんをこの場へ転移させる。すると目の前に、毒に塗れた優紗ちゃんが現れた。
すぐにヒカちゃんと心子さんが駆け寄って、ルーン魔術やトートの剣で優紗ちゃんを治療し始める。そしてしばらくして……優紗ちゃんが目を覚ました。
「あれ……ここは? 私は毒の洪水に飲まれたはずでは?」
「優紗ちゃん……! よかった!!」
感極まったヒカちゃんが優紗ちゃんに抱き着く。優紗ちゃんは驚いた様子ながらもヒカちゃんを受け止めた。
僕たちはこれまでの出来事を優紗ちゃんに説明する。
優紗ちゃんはヨグ=ソトースの娘との戦いで離脱したので、エインフェリアがパラレルワールドから拉致されてきた存在であることを知らない。
さらにはムスペル教団という集団がいたことも知らないし、オーディンやロキが生きていたことも、バルドルが偽物だったことも知らない。
それなのに優紗ちゃんの理解は早かった。わかっていたつもりだったけど、やっぱり優紗ちゃんは天才だった。
「ヨグ=ソトースの娘と戦ってから、いろいろなことがあったようですね。結人さん、ヒカルちゃんと季桃さんを守ってくださってありがとうございます」
「約束したからね。どういたしまして。それとありがとう。優紗ちゃんが洞窟で助けてくれなかったら、ここまで辿り着けなかった」
「こちらこそ、どういたしまして。結人さんを信じてよかったです」
優紗ちゃんは笑顔でそう言ってくれた。
「それにしても、お姉ちゃんってパラレルワールドの私だったんですか。道理でお姉ちゃんに勝てないはずです。お姉ちゃんに憧れてるだけの私と、世界を救おうと頑張る私では必死さが違い過ぎます」
「単純に年齢の差もあると思うけどね。私は元のパラレルワールドより少し過去へ飛んだから、優紗より年上だもん」
心子さんがタメ口で話しているところを初めてみたかもしれない。心子さんはヒカちゃんみたいな年下が相手でも敬語で話すから。
彼女は普段、自分を救ってくれた別世界の僕を参考に、紳士的な振る舞いを心がけている。別世界の僕が今の心子さんのように振舞っていたとは思えないので、たぶん幼い頃の心子さんなりの解釈が混じっているんだけど……。
妹である優紗ちゃんと話すときは紳士モードが抜けるみたいだった。一人称も僕を真似て使っている"僕"ではなくて、元々の一人称である"私"を使っていた。
季桃さんが何かに気づいた様子で、不思議そうに言う。
「あれ? 心子ちゃんって過去に飛んでるから、結構大きな過去改変してるよね? あまり未来に影響がないならヨグ=ソトースに見逃されるっぽいけど、心子ちゃんは過去に飛んだ上で、こうして世界の命運に関わってるわけだしさ。ヨグ=ソトースに怒られて、心子ちゃんが急に死んだりしない? 大丈夫?」
「……おそらく僕ではなく、僕を助けてくれた別世界の結人さんがヨグ=ソトースに罰を受けていますね。実行したのは彼なので。だから僕だけがこのパラレルワールドへ辿り着いて、あの結人さんは消息不明となったのでしょう。こうしてこの世界を守れたのも彼のおかげです。本当に何から何まで、お世話になりました」
僕からも感謝を捧げておこう。心子さんがいなければ切り抜けられない場面も多かった。様々な事象が複雑に絡み合って、僕たちは今ここにいる。
優紗ちゃんの復活をきっかけに話が脱線したが、これからどうするかという話題に立ち戻った。次に話すのは優紗ちゃんだ。
「私も季桃さんと同じように、出身パラレルワールドへ帰ろうと思います。私のパラレルワールドのヒカルちゃんや季桃さん、お姉ちゃんにも会いたいですしね。まだ滅んでないといいんですけど……」
不安そうにしている優紗ちゃんに、僕の世界のヒカルが答えた。
「少し探った感じだと、優紗ちゃんのパラレルワールドはまだ大丈夫みたい。でも季桃さんの方はちょっと危ういかな。今すぐってほどでもないけどね」
「じゃあまずは季桃さんのパラレルワールドを救いに行きましょう! 私が帰るのはその後で!」
「私も! 私も行く! 季桃さんのパラレルワールドも、優紗ちゃんのパラレルワールドも救ってみせるもん!」
優紗ちゃんとヒカちゃんが競うようにして宣言する。
僕も僕の世界のヒカルと結んだ約束がある。『一緒に他のパラレルワールドを救っていく』という約束だ。だから僕も今後は他のパラレルワールドを救いにいく旅に出ることになるだろう。
今後についてまだ話していないのはあと2人。1人は心子さんで、もう1人は言い出しっぺのヴァーリだ。2人は僕やヒカちゃんとはまた別の目標がある様子だった。
「俺はしばらくこの世界の治安維持をやろうと考えてんだ。偽バルドルも死んだしムスペル教団も無くなったからよ。行き場を失ったエインフェリアたちが暴徒と化すかもしれねぇしな」
「僕もヴァーリさんと同じですね。救ったから後は放置、というわけにもいきませんので」
確かにヴァーリたちの言う通り、治安維持は重要だ。残ったエインフェリアを束ねる新時代のリーダーが必要とされるだろう。それをヴァーリと心子さんが担っていくらしい。
心子さんはエインフェリアじゃない普通の人間だけど、実力は十分ある。このパラレルワールドで生きてきた2人だからこそ、その役割を果たすべきだろう。
世界の終末を回避したら終わりではない。むしろここからが始まりなのだ。
「ちなみに今ってレギンレイヴに勝ったパラレルワールドはどのくらいあるの? あまり多くはなさそうだけど」
「ええと……1つですね。このパラレルワールドが最初の1つ目です」
「えぇ……。マジかー」
季桃さんが僕の世界のヒカルから話を聞いて、げんなりした表情をしている。
僕としても意外だった。有限とはいえ、パラレルワールドは天文学的な数で存在する。それなのに、ここが最初の1つ目なのか。
「このパラレルワールドには奇跡が集まりまくっているんだよね。惜しいところまで行ったパラレルワールドはいくつかあるみたいだけど……。ヨグ=ソトースの娘と戦った後に別のパラレルワールドに飛んじゃったり、邪悪な心子さんに全滅させられちゃったり。あとは私がいなくてレギンレイヴに隙がなかったりとか。本当にこのパラレルワールドは奇跡の集大成なんだよ」
僕たちは誰か1人でも欠けていたらレギンレイヴに勝てなかった。確かに言われてみれば、こんな奇跡のような条件を満たしたパラレルワールドは他に無いのかもしれない。
ヒカちゃんと季桃さんが心配そうな顔をする。本当に他のパラレルワールドを救うことは可能なのか、と不安になっているようだった。
「大丈夫だよ。次のパラレルワールドを救いに行くときは、このパラレルワールドのタウィル・アト=ウムルになったヒカルがついてる。ここからが反撃のときなんだ。きっと他のパラレルワールドでも、レギンレイヴからタウィル・アト=ウムルの座を奪い取れるよ」
「私が直接他のパラレルワールドに乗り込むことはできないけどね。タウィル・アト=ウムルは担当のパラレルワールドから離れるなって、ヨグ=ソトースに怒られちゃうから。それでもみんなが危険なときは銀の鍵を通じてバックアップしたり、緊急避難させたりはできるよ」
僕の世界のヒカルが僕に向かって微笑んでくれる。それだけで、これまで戦ってきて良かったと思えた。
「ねぇユウ君。一緒にいろんなパラレルワールドを救いに行くって約束、守ってくれてありがとね!」
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当作品はこれにて完結です。最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。
短めの後日談や神話元ネタ解説をいくつか投稿する予定ですので、よろしければもう少しお付き合いください。
もしよろしければ、評価や感想などをお待ちしております。反応をいただけると大変励みになります。
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