118:VSレギンレイヴ――その4

 夢の狭間に連れてきたため、レギンレイヴの精神はエインフェリアの肉体から解放された。ここからは素の状態でも北欧の神に相応しい戦闘能力を発揮してくるだろう。


「まだ……まだやれる! 平和と幸福のために!」


 レギンレイヴは花畑を踏み散らしながら僕たちへ急接近する。そして自分の時間を加速させて、近接戦闘を仕掛けてきた。先ほどまでの戦いの中で、僕たちを一番追い詰めた戦法だ。


 戦い方は同じでも、基本的な能力が桁違いに向上している。対応するのも一苦労だ。


 まともに受けてしまえば一撃で倒されてしまうだろう。近接戦闘が得意な僕と季桃さんを中心に何とか凌いでいるが、長くは持たない。


「当たれっ!!」


 季桃さんが振るった棍棒がレギンレイヴに命中した。ようやく入れられたまともな一撃だ。


 攻撃が当たった箇所が精神の残骸として飛び散る。普通であれば、打撃を加えられただけで精神が飛散することはない。けれどレギンレイヴの精神は極度の不安定状態にあるため、衝撃を少し加えてやるだけで崩れていく。


 ただし、今のレギンレイヴは多くの精神が混ざりあった状態だ。人のような姿を保っていても、その性質も集合的なものになっていた。


 この辺りの性質はアニミークリに近いと言えるだろう。飛び散った精神の残骸は独自に動くことができるし、人型を保っている本体側は粘性生物のように欠損した部分を埋めて再生できる。当然、総量は決まっているから限度はあるけれど。


「ヒカちゃんとヴァーリは残骸の処理を頼んだ! 僕と季桃さんで本体側を抑え込む! 心子さんは僕たちのフォローを頼む!」


 飛び散っていた精神の残骸は集合して2つの塊となり、それぞれが少女のような姿に変形した。どちらも見たことの無い容姿だが、レギンレイヴやヒカルとどこか雰囲気が似ていた。


 レギンレイヴに同化されていった戦乙女の一部が混ざりあった姿なのだろう。


 残骸にはタウィル・アト=ウムルの権限は無いようだ。身体能力もエインフェリア相当しかない。明確な意思も無いのか、言葉を発することもない。しかし僕たちを敵と認識しているのか、武器を手にして襲ってくる。武器は"夢見"で用意したらしい。


 戦乙女の集合体であるせいか、残骸たちはかなりの戦上手だった。だけどヒカちゃんとヴァーリの2人がかりで問題なく処理できるレベルに収まっている。残骸たちの対処は2人に任せておけばいいだろう。


 問題なのは本体の相手をしている僕と季桃さんの方だ。心子さんのサポートがあるとはいえ、レギンレイヴの猛攻を凌ぐのは簡単じゃない。


 ……こういうときは基本に立ち返るべきだろう。得意分野に応じた各自の役割分担をはっきりさせて、その通りに行動すればいい。


 僕は守るのが得意だ。だから攻撃は季桃さんに任せて、僕は季桃さんを守ることに注力した方がいい。きっとその方が安全かつ、反撃のチャンスも多くなる。エインフェリアでない心子さんは前線に出てこれないが、様々な魔術で支援ができるし、僕たちが危険なときはレーヴァテインを使って牽制することもできる。


 レーヴァテインを当てられれば一番いいのだけど……。でもレーヴァテインの危険性はレギンレイヴも重々承知している。警戒されている以上、闇雲に撃ってもまず当たらないだろう。


 でも当たらなくても戦術上は意味がある。


 例えば僕や季桃さんがピンチなとき、レーヴァテインを撃ってもらえばレギンレイヴは引かざるを得ない。逆にレギンレイヴが攻め込みたいときでも、レーヴァテインを当てられてしまうタイミングは諦めざるを得ない。


 レーヴァテインを持っているだけで、僕たちにはそういったメリットがあった。


「捉えた! 牙城を崩す!!」


 季桃さんと心子さんからの攻撃をレギンレイヴが避ける。しかしそこに明確な隙を見つけたのだ。僕はすかさず攻撃を打ち込んだ。


 レギンレイヴから新しく飛び散った残骸が、先ほどと同様に少女のような姿になって襲ってくる。しかし運がいいことに、ちょうどヒカちゃんたちも元々いた残骸たちを倒したところだった。


 新しく生まれた残骸もヒカちゃんたちに引き継いで、僕たちは再びレギンレイヴと向き合う。


 レギンレイヴが再び襲ってくる……と思いきや、レギンレイヴは狼狽していた。


「私はいったいどうしたら……。何が、何が正解なの……?」


 僕たちを攻撃しようとして、突然立ち止まる。手に持った槍を振り上げて、そのまま静かに下ろす。そんな意味不明な行動をレギンレイヴは繰り返していた。


 レギンレイヴの様子がおかしい。もしや、正気に戻りつつあるのか?


 今の彼女はたくさんの精神が融合した存在だ。だから精神の残骸が剥がれていくと、少しずつ本来の姿に近づいていくのかもしれない。


「季桃さんと心子さんは残骸の駆除にまわってくれるかな。あとは1人でも大丈夫だよ」


「わかった。もう本体は攻撃らしい攻撃もほとんどしてこないし、残骸の方が人手が必要だもんね」


「気を付けてくださいね、結人さん。また急に暴れだす可能性が無いとは言えませんから」


 僕はレギンレイヴと向かい合う。レギンレイヴは計画の破綻を受け入れられずにいる拒絶の感情と、事実を受け入れる決意の間で揺れていた。


 平和を求めて敵を打ち倒すために走り出しても、己の誤りに気づいて足が止まる。槍を振るう頻度も次第に少なくなっていく。当初の勢いは完全に失われていた。


 僕はヒカちゃんたちの撃破スピードを確認しながら、レギンレイヴの精神を散らしていく。


「わ、私は……。何が正しいの……?」


 レギンレイヴは自分自身に問いかけるように呟く。


 気づけばレギンレイヴから、随分な量の精神を取り除いていた。混ざりあった精神を取り除く度に、レギンレイヴの攻撃は止んでいく。


 そしてついには、レギンレイヴは立ち止まったまま完全に動かなくなった。


 レギンレイヴは俯いたまま、口を開く。


「やっと……気づけた。私がおかしくなっていたこと。私という存在がもう長くはないことを」


 彼女のその言葉と同時に、ヒカちゃんたちと戦っていた残骸が全て霧散する。


「北欧の神々が遺した最後の女神として、人々を幸せにしてあげたかった。でも、無理なのですね……。私の存在は人々にとってむしろ害となります。どうか貴方の手で……終わらせてください」


 レギンレイヴは後悔と感謝が綯い交ぜになった様子で、優しい笑顔で泣いていた。今は一時的に正気を取り戻したに過ぎないのだろう。放っておけば再び暴走し、彼女の言った通りに人々の害になる。


 それはレギンレイヴの望む未来ではない。彼女に引導を渡すために、僕は渾身の力を込めてレギンレイヴへ拳を突き立てた。


「ありがとう……。全てが滅んで、何もかもを失う終末を止めてくれて……。本当にありがとう……」


 そう言って、レギンレイヴの精神は霧散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る