26:偵察戦
ヨグ=ソトースの娘は僕たちに気づいたようで、呻き声のような音を震わせながら巨大な尻尾を振り上げた。
尻尾だけでも人間より遥かに大きい。
普通の人間であれば、尻尾に薙ぎ払われるだけで潰されてしまうだろう。
エインフェリアであれば致命傷にはならないはずだが、まともに食らうとまずいのは間違いない。
「ヒカル! 打たれ強くなる魔術を僕に!」
「わかった!」
僕はヒカルに支援してもらい、尻尾の一撃を受け止める。
ルーン魔術によって物理的な攻撃への耐性を得ているにも関わらず、全身が軋むような衝撃が僕を襲った。
たぶん、僕以外が受け止めるのは無理だな。
僕もそう何度も耐えられそうにないけれど、僕が受け止めることができれば、4人全員が一度に薙ぎ払われることを防げる。
ヨグ=ソトースの娘からの攻撃いなした僕たちは、反撃を行う。
全身が硬い皮膚で覆われているものの、尻尾は柔軟に動く部位であるからか、他の部位よりは比較的柔らかいようだ。
しかし胴体や頭は尋常でなく硬い。
そこにダメージを与えるなら、ルーン魔術か、防御を無視してダメージを与えられる優紗ちゃんが攻撃する必要があるだろう。
攻撃用のルーン魔術が使えるのは、魔石が不要なヒカルと、太陽の魔石を装備している季桃さんだ。
それなら攻めは3人に任せて、僕は防御に徹した方が良い。そもそも、僕の適正もそちらにある。
「敵の攻撃は僕が受け止める! その間にみんなは攻撃を!」
「了解です。結人さん、お気を付けて!」
アルマジロと蛇が合体したような身体を持つヨグ=ソトースの娘は、鋭利に尖った爪や牙を振るってくることもある。
しかし爪と牙は尻尾に比べればリーチは短い。
尻尾のことを気にせず回避に専念できるのであれば、十分避けられる攻撃だ。
そのため、ヒカルと季桃さんは爪と牙が届かない遠方から炎と氷の弾丸で攻撃し、優紗ちゃんは隙を狙って一撃離脱を繰り返していた。
攻撃は間違いなく効いている。これは勝てるか……?
希望が見えたと思ったとき、異変に気づいた。
「まさか、再生能力があるのか……!?」
「せっかくつけた傷が塞がっています! こちらの攻撃ペースより、相手の回復速度の方が早いです!」
これではどうやっても倒せない。
さすがに無限に再生するわけではないと思いたいが、無策で戦い続けても僕たちが消耗して負けてしまうだけだろう。
さらに恐ろしいことに、ヨグ=ソトースの娘は口のような部位から大きく息を吸い込むと、上方に向かって噴水のように毒液を吐き出す。
こうなると逃げ場がない。
僕は近くにいたヒカルを庇い、彼女だけは少しでも毒液に触れないようにする。
「ユウちゃん!? 優紗ちゃんも季桃さんも大丈夫……!?」
落とし子の毒液よりも毒性が強いのか、毒に触れた全身が焼けつくように痛い。
エインフェリアといえども、放置すれば命に関わるだろう。
毒に蝕まれた僕は膝をついてしまう。季桃さんはたまたま濃度の高い部分が直撃したのか、気を失ったようだ。
優紗ちゃんは剣を盾の代わりにしたのか、毒液の付着量は比較的少ないように見える。しかし身体の大部分を毒に侵されているのは間違いなく、剣を支えにようやく立っているに過ぎない。
毒液を唯一逃れたヒカルが必死にルーン魔術を詠唱する。
ヒカルが唱えているのは中級のルーン魔術のようで、何度か失敗しながらも発動に成功した。
すると僕ら4人に光が降り注ぎ、身体にまとわりついていた毒液が消滅した。
僅かながら傷も癒えているようで、この場から離脱するだけの体力も戻っている。
「これ以上は危険だ。撤退しよう!」
僕たちはほぼ壊滅状態だ。
次に同じような攻撃をされたときに、対処できる確証もない。
年の魔石で発動できる『気絶から回復する魔術』を使い、僕は気絶した季桃さんを介抱する。
そうして僕たちはヨグ=ソトースの娘から逃げ延び、そのまま洞窟から撤退した。
実際に戦って、あの怪物の強さを実感することになった。
むやみに再戦しても打ち倒すことはできないだろう。
洞窟の外で僕たちはへたり込む。
「攻撃面と防御面の両方が僕たちに不足しているね。両方のことを考える必要がありそうだ」
僕の言葉にヒカルが反応する。
「防御面って、毒液をどうにかすればいいんだよね。さっき使った中級のルーン魔術なら、毒液を無毒化できるんだよ。私が中級のルーン魔術を安定して扱えるようになれば、対策になると思う」
ヒカルが使ったルーン魔術は『異常状態を正す魔術』だという。
少しだけ傷を癒す効果が付属している状態異常回復魔法だと考えておけばいいのだとか。
中級だからといって下級よりも魔力の消費量が多いわけではなく、使用できる回数が減ったりはしないらしい。
「それと……みんなは魔石を使ってルーン魔術を発動してるけど。みんなが使ってる魔石って、実は私が作ったんだよね。カラス経由で渡してもらったけど」
「そうなんだ!? ということは、中級のルーン魔術が使える魔石も作れるの?」
「うん。もう少し私の実力が上がったらだけどね」
ヒカル以外も中級のルーン魔術が使えるなら戦術の幅が大きく広がる。
自力で魔術を扱えるヒカルのように臨機応変に使い分けることはできないが、それでもあるとなしでは大違いだ。
それに今までは『太陽』『霧雨』『イチイ』『年』『雹』の魔石がそれぞれ1つずつだったが、同じ魔石を複数用意することもできるらしい。
ヒカルが毒液の浄化に使ってみせた『異常状態を正す魔術』を複数人が使えるなら、毒液で壊滅状態に追いやられる危険性はかなり下がるだろう。
「攻撃面はどうしたらいいんだろうね。ルーン魔術を毒液対策に使うと、それだけ攻撃に割ける手数が減っちゃうしさ」
「さっきの戦いでは結人さん以外は攻撃に専念していたのに、ヨグ=ソトースの娘の再生速度が上回っていましたしね」
これは今のところ解決に繋がる手がかりがない。作戦会議を続けていても妙案は浮かばないだろう。
けれど、旧き神と呼ばれる存在が優紗ちゃんになら力を貸してくれる……と心子さんが話していた。
そして前後の流れから考えると、猫のバーストが旧き神である可能性が高い。
「まずはバーストのところへ行ってみようよ。優紗ちゃんに貸してくれるという力で打開できるかもしれないしさ」
優紗ちゃんにどんな力を貸してくれるのかはわからないが、きっとヨグ=ソトースを倒すのに役立つはずだ。
僕たちは猫のバーストを探すために、神社の廃墟へ戻る。
バーストは僕たちを待っていたかのように、神社の広間の中心に佇んでいた。
「ほ、本当にバーストが力を貸してくれるんですかね? 声をかけても反応がなかったら辛いんですけど」
猫に声をかけて何もなかったら、ただの痛い子になってしまう。
そういうわけで優紗ちゃんは微妙にしり込みしていた。
そんな優紗ちゃんに、ヒカルが不思議そうに言う。
「でも優紗ちゃんはいつも猫に話しかけてるよね。にゃーにゃーって」
「そうだけど……それとこれとは話が違うの! 普段は返事がくることを期待してるわけじゃないし!」
しばらく逡巡していた優紗ちゃんだったが、最終的には決心を固めてバーストに声をかけに行った。
そして、バーストから何らかのコンタクトがあったようで優紗ちゃんが驚嘆の声を上げた。
「聞こえる! バーストの声が聞こえますよ! これが脳内に直接声が聞こえる状態なんですね! 初めて経験しました!」
興奮交じりの笑顔で優紗ちゃんが僕たちを振り返るが、バーストは僕たちには聞かせるつもりがないようだ。僕たちには何も聞こえない。
「みなさんには聞こえないんですね……。猫と会話ができる喜びを共有できないのは残念です」
優紗ちゃんはバーストの方へ向き直り、話を聞き始めた。
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