24:VS毒性を帯びた怪物

 毒性のある液体を帯びた怪物の動きは鈍重で、行動そのものに脅威はそれほど感じない。


 まあ、エインフェリアの身体能力あってこそだけど。

 普通の人間であれば怪物から生えた触手の一撃でも命に関わるだろう。


 それでも僕たちにとって、問題が2つあった。


 まず1つ目は、怪物の全身から分泌される毒液だ。

 周囲の草花は毒液が付着するとすぐに腐り落ちてしまう。それだけでも、恐ろしいほど毒性が強いことがわかる。


 エインフェリアの強靭な身体ですら、毒液に少し触れただけで鋭い痛みが生じる。

 すぐに拭き取れば問題ないが、毒液が付着したまま戦うことはできない。


 そしてもう1つは、アルマジロのように強固な表皮だ。


 牽制程度の一撃を加えてみたが、大して効いているように見えない。

 手数で押していくのは無理なので、何か強い一撃を加えたり、硬い表皮を無視するような攻撃を行う必要があるだろう。


 幸い、そのための手段を僕たちは持っているはずだ。

 ヒカルと優紗ちゃんがそれぞれ提案してくれる。


「魔術による攻撃なら物理的な硬さは関係ないよ。炎……は外したときに周囲の植物に引火しそうで怖いから、氷の弾丸を撃っていけばいいね」

「私が以前お見せした素通り攻撃なら硬い表皮があってもダメージを与えられると思います。できるのは私だけですけどね」


 氷の弾丸を撃つことができる雹の魔石は1つしかない。

 ヒカルは魔石がなくてもルーン魔術を扱えるから、ルーン魔術で攻撃する役目はヒカルと誰か1人が担当することになるだろう。


 優紗ちゃんはルーン魔術でなくとも攻撃が通じるのだから、氷の弾丸を撃ちこむのは僕か季桃さんがいい。


 季桃さんは先ほど武器を投げたので今は素手だ。

 残った1人はおとり役を担うのが良いだろうから、武装している僕の方が適している。


 最終的な作戦は次の通りだ。


 僕が敵を引き付け、死角から優紗ちゃんが素通り攻撃をしかける。

 そしてヒカルと季桃さんが氷の弾丸を撃ちまくる。


 この作戦は効果的だったようで、僕たちは大した苦戦をすることもなく怪物を撃退することができた。



 怪物の亡骸を見てヒカルが呟く。


「この化け物、何だったんだろ? こんなの、人が住むところに行かせちゃ絶対駄目だよ」


 エインフェリアは人々に害なす存在と戦わせるために、北欧の神々が蘇らせた死者だ。

 怪物の正体がなんであれ、人間にとって危険な存在なら、エインフェリアとして倒さなければならないだろう。


 亡骸についてはカラスに報告すれば対処してもらえるそうで、僕たちが処理する必要はないらしい。


 それにしてもこの怪物はどこから現れたのだろうか?

 僕たちは手がかりを求めて周囲を探ると、優紗ちゃんが痕跡を見つけてくれた。


「見てください。怪物が通ってきた道には粘液がうっすらと残っているようですね。おそらく山の上から下りてきたのでしょう」


 確かこの上には洞窟があったはずだ。


 かなり深そうな様子だったので、中に入ったことはない。

 そこが怪物の住処になっているのだとしたら、調査を行う必要があるだろう。


「洞窟の中を調べてみよう。他にも怪物がいるかもしれないし、出所を早めに突き止めた方がいい」

「私も結人さんに賛成です。人的被害が出る前になんとか対処したいところですね」


 反対意見は無いようで、僕たちは怪物の住処を探すことに決めた。



 僕たちが怪物の痕跡を辿って行くと、予想した通り、痕跡は洞窟へと続いていた。

 今まで僕たちが気づかなかっただけで、こんなところに怪物たちの住処があったのだろう。


「なんでこんなところに化け物がいるのかな……? 一応ここも晴渡神社が所有してる土地なんだけど」


 この山にある神社は既に廃墟になっているが、今も土地の権利は季桃さんの実家が持っているらしい。

 ずっと昔、神社が建設されるときに周辺の安全は確保されているはずなので、今になって怪物が見つかるのもおかしな話だ。


「怪物の生態なんて知らないけど、たぶん自然発生するようなものじゃないよね。誰かが持ち込んだと考えるべきなのかな」


 怪物は誰かが最近持ち込んだ、もしくは今までずっと洞窟に籠っていたが、何故か出てくるようになった。

 どちらだとしても、何か変化があったなら洞窟を調べれば何かわかるはずだ。


 原因を突き止められれば、怪物たちの進行を止められるかもしれない。


「怪物についてたくさんの情報が得られれば、それだけ戦功として計上されるから北欧の神々から認められやすくなるよ。大切なものを返してもらえる近道になるね」


 ヒカルがそういうなら間違いないのだろう。


 記憶を取り戻すことに繋がるのなら、善意や使命感だけで怪物の住処に侵入するよりも熱意が入るものだ。

 季桃さんも、「私もさっさと晴れを返してもらわないと」と気合が入っている。


 そうして決意を固めた僕たちだったが、洞窟の奥から少女の声が聞こえてきて足を止めた。

 エインフェリアの聴力でなければ聞き取れないほどに声は小さい。


 よく耳を澄まして聞いてみると、聞き覚えのある声だ。

 驚いて優紗ちゃんが声を上げる。


「えっ? これ、お姉ちゃんの声です。まさか洞窟の奥にいるんでしょうか?」


 どうしてこんなところに心子さんが……?

 心子さんの声しか聞こえないが、誰かと話しているような内容だ。


 僕たちは聞き耳を立てて探ってみることにした。





『ヨグ=ソトースの娘の封印が破られかけています。まだ本来の力は取り戻していませんが、時間の問題です』


『破られかけている証拠として、落とし子を生み出せるようになったようです。落とし子が一匹、この洞窟から出てしまった形跡もあります』


『このままでは無辜の人々に被害がでてしまいます。どうか力を貸していただけないでしょうか』


『僕ではダメなのですか……。優紗でないと力は貸せない……と。しかしヨグ=ソトースの娘を退治しなければ、そちらにも被害がおよぶのでは?』


『避難は既に済んでいるから、他がどうなろうが知ったことではない……。そうですか……』


『旧き神らしい考え方ですね。貴方たちのそういうところ、嫌いです』


『ええ、さようなら。お元気で』


『優紗たちが死んでしまった今、解決できるのは私しか……。私が何とかしないと……。変なカラスにも追われているし、私の力でどこまでできるかな……』





 ヨグ=ソトースの娘? 旧き神?

 それに優紗ちゃんじゃないとダメってどういうことだろう。


 落とし子というのは、僕たちがさっき倒した毒性を帯びた怪物のことだと思う。

 この奥にヨグ=ソトースの娘というのがいて、それが怪物を生み出しているようだ。


 旧き神というのも全然わからないが、それがヨグ=ソトースの娘と敵対しているようだ。

 そして心子さんは利害の一致から、旧き神に協力を要請したけれど、断られてしまったのだろう。


 あとは旧き神が去ってから独り言を呟いていたようだけど、心子さんの一人称が『僕』から『私』になっていたな……。


「ヨグ=ソトースとか旧き神って、何かわかる?」


 僕はヒカルと季桃さんに尋ねるが、芳しくなかった。


 ヒカルにわからないとなると、北欧神話は関係ないのだろう。

 旧き神というのは神の分類のように聞こえるが、様々な神話に詳しい季桃さんも聞いたことがないという。


「優紗ちゃんじゃないとダメとか言ってたけど、何か心当たりはある?」

「残念ながらまったくありませんね。ちなみになんですけど、お姉ちゃんの『僕』という一人称はお姉ちゃんが探している久世結人さんの真似なんですよ。素の一人称は『私』なんです」


 気を弱くなっている時などに、元々使っていた一人称が出てくるらしい。


 それにしても一応、僕の一人称も『僕』なんだよね。

 やっぱり心子さんが探している久世結人は僕なのか……?


 同姓同名の別人というには、偶然が過ぎる。


 心子さんに全ての事情を打ち明けられたらわかるのかもしれないが、エインフェリアには認識阻害魔術がかかっている。

 僕の名前が久世結人だということも、こちらに優紗ちゃんがいることも心子さんに信じてもらうことはできない。


 まあでも、少しくらいは話を聞けるだろう。

 せっかく心子さんと話せる機会なのだから、接触しなければ損だ。


「ヨグ=ソトースや旧き神が何なのか、何が優紗ちゃんじゃないとダメなのか。心子さんから直接話を聞かないとね」

「そうですね。お姉ちゃんと話せばはっきりします」


 僕たちが意を決して洞窟内部へ向かおうとしたとき、洞窟から一匹の猫が姿を現した。

 ヒカルと優紗ちゃんが神社の廃墟で何度も餌付けをしていた猫のバーストだ。


「バースト!? どうしてここに? まさかお姉ちゃんと話してたのってバーストなの?」


 バーストは洞窟から出ると優紗ちゃんを一瞥し、そのまま神社の廃墟の方へ勢いよく駆けて行く。

 話があるから待っている、とでもいうような様子だった。


 まさかバーストが旧き神だとでもいうのか……? 


「そういえば、お姉ちゃんが避難は既に済んでいるとか言ってましたよね。話の相手がバーストだったなら、納得のいく部分もあるんです」


 どういうことかと優紗ちゃんに聞くと、ここ数日で春原市から猫が消えたという。


 他のエインフェリアや心子さんを探すために、僕たちは何度か街の方へ探索に出かけていた。

 確かに言われてみれば、急に猫を見かけなくなったような気がする。


 僕は猫を意識していたわけではないので真偽はわからないが、猫好きな優紗ちゃんが言うならそうなのだろう。


「心子さんとバーストはどっちを先にする? 心子さんはいなくなっちゃうかもしれないけど、バーストは待ってくれてそうだよね」

「それなら心子さんを先にしよう。心子さんはカラスが監視していた建物から忽然と姿を消したことがある。早く行かないと手遅れになりそうだ」


 バーストの出現に少し戸惑ったが、僕たちは心子さんと先に話すことに決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る