23:未知の怪物と遭遇
初めて模擬戦をしてから5日が経過した。
あれからも模擬戦は継続して行っており、そのおかげで個人の力量も、チームとしての戦闘力も大きく向上した。
成長できている実感があるからか、最近は優紗ちゃんが嬉しそうにしている様子をよく見かける。
スコルの子への対応も慣れてきたもので、以前と比べると安定した戦い方ができるようになった。
エインフェリアとしては非常に順調だと言えるだろう。
しかし一方で、何も進展していない問題もある。
心子さんの行方が全くわからないのだ。
僕たちも透明な壁に邪魔されない範囲だけではあるが、心子さんの捜索を続けている。
カラスたちは連日のように心子さんの捜索を行っているが、手がかりすら見つからず完全に行き詰っているらしい。
心子さんの家も監視しているそうだが、彼女は家に帰っていないという。
カラスたちの執着具合を見ると、心子さんは見つからない方がいいのかもしれない。
重要な情報を握っている心子さんが殺される可能性は低いだろうが、カラスたちの執心ぶりを見ると少し心配だ。
そんなことを考えていると、上の方からヒカルの声が聞こえてきた。
「ユウちゃん、見て見て! やっと成功した!」
声がした方を見ると、ヒカルが宙に浮いていた。
正確に言うなら、宙に浮いた半透明の足場にヒカルが乗っていた。
「どう? すごいでしょ!」
「確かその半透明のやつ、中級のルーン魔術だったよね。使えるようになったんだ! おめでとう!」
ヒカル曰く、ルーン魔術は大雑把に『下級』『中級』『上級』『神々専用』に分けられるらしい。
今までヒカルが使っていたのは下級だけで、中級以上は扱えなかった。
「まだ安定しなくて実戦には使えないけど、たまーに上手くできるようになったんだよ」
ここ数日の間、ヒカルはルーン魔術の練習を頑張っていた。
その努力がさっそく現れつつあるようで、ヒカルは嬉しそうだ。
「本来は足場を作る魔術じゃなくて、敵の攻撃から身を守るための魔術なんだっけ?」
「そうそう。この魔術でユウちゃんを守ってあげられるよ。ユウちゃんは敵の攻撃を引き受けることが多いから、少しでも負担を軽くできるといいな」
「そっか。ありがとう、ヒカル」
お礼を言うと、ヒカルは笑顔で「えへへ、どういたしまして」と返してくれた。僕のために魔術を頑張ろうとしてくれるのはとても嬉しい。
「優紗ちゃんにも見せてくるね! 成功したら見せるって約束してたの!」
ヒカルは駆け足で優紗ちゃんを探しに行った。
そしてしばらくすると、ヒカルは優紗ちゃんと季桃さんを連れて戻ってきた。
「結人さんは先に見たらしいですね。ずるいです。私が最初に見たかったのに」
「まあまあ、今からヒカルがその魔術を使ってくれるわけだし誤差だよ」
「じゃあ、早速やってみるね。成功しますように!」
ヒカルは魔術の詠唱を始める。
何度か発動に失敗したが、9回目で無事に発動できた。
今回は僕に見せたときとは違い、足場ではなく壁として使えるように出現させたようだ。
「何度も失敗しちゃったけど、上手くできてよかった! この壁は私の方からの攻撃は通すけど、相手からの攻撃は通らないんだよ」
そう言いながら、ヒカルは槍で障壁を突いてみる。
すると槍は一切の抵抗なく通り抜けた。
今度は逆側から優紗ちゃんが剣で斬りかかってみると、剣は障壁に阻まれて最後まで振り抜かれなかった。
その様子を見て季桃さんが苦々しげな表情を浮かべる。
「この障壁、物理的にどうなっているんだろ。片側からしか通さないって、普通ありえなくない?」
ファンタジーだと片側からしか通さない防御魔法があったりするが、目の前で実際に見るとかなり奇妙な現象だ。
季桃さんの気持ちもわからなくもない。
ヒカル自身もルーン魔術の原理を理解しているわけではないらしい。ヒカルが無知なのではなく、理解している人はもう誰もいないという。
「呪文を唱えて、魔力を流して、ルーン文字を刻めばこうなるの。ルーン魔術はオーディンが作ったものだから、オーディンなら原理もわかるだろうけど……」
「でもオーディンは既に死んでいるから、もう誰もルーン魔術の原理を知らないのか」
神話として語られる伝承を信じるなら、北欧神話の末期には、6人の神と2人の人間を残して全員が死んでしまう。
そのときにルーン魔術の原理を知る者は全滅してしまったのだろう。
「まあ、原理はわからなくても使うことはできるから、もっと上手く使えるように頑張るよ!」
「じゃあヒカルちゃん、さっそく模擬戦だね!」
「えぇ!? まだ中級は安定して発動できないのに!?」
中級ルーン魔術を見て興奮した優紗ちゃんが僕たちを誘う。
ヒカルに中級ルーン魔術を使ってもらうかはさておき、模擬戦をするようになってから僕たちがより一層強くなったのは間違いない。
継続して行って損はないはずだ。
以前と同じようにチーム分けをしたところ、今回は僕と季桃さん、ヒカルと優紗ちゃんに分かれた。
模擬戦開始の合図と共に、ヒカルが魔術の詠唱を始める。
「やった! 1回目で成功した!」
「うわっ!? 何これ雪!?」
ヒカルが発動したルーン魔術を見て、季桃さんが驚きの声をあげる。
突然、僕と季桃さんが立っていた場所に猛烈な吹雪が巻き起こったのだ。
どうやら吹雪は局所的なもので、そこまで破壊力はない。
……雹のような氷の塊が全身を打ち付けてくるので、かなり痛いけど。
そういえばヒカルは以前、雹のルーン魔術なら『氷の弾丸』を撃ち出す下級の魔術が一番威力が高いと言っていた。
ルーン魔術は『下級』『中級』『上級』『神々専用』に分けられるが、それは単純な威力による分類ではない。
発動の難しさや効果が現れる規模によって決められているという。
吹雪を起こしたということは、おそらくこれは中級の雹のルーン魔術なのだろう。
『氷の弾丸』は単体にしか効果が無いのに対して、これは広範囲に影響を及ぼしている。
吹雪が止むと、それを見計らって優紗ちゃんが接近戦を仕掛けてきた。
僕と季桃さんは優紗ちゃんを迎撃する……が、身体が痺れて思うように動かない。
「まさか、さっきの吹雪のせいか!?」
「うん、そうだよ。さっきの魔術は攻撃にも使えるけど、妨害が主目的の魔術なんだよね」
寒くて手足がかじかんでいるわけではない。
エインフェリアなのだから、多少寒気に晒されたくらいで動けなくなることはないだろう。
おそらく物理的な要因ではなく、魔術的な要因で僕たちの動きが阻害されているのだ。
単純な動きなら問題なく行えるものの、複雑な動きが難しくなっている。
戦闘中に動きが鈍るのは致命的だ。
中級は下級の単純な上位互換というわけではないが、その名に恥じない効果を秘めていた。
僕たちの動きが制限されていることもあって、2人がかりでも優紗ちゃん1人を相手にするのがやっとだ。
このままでは優紗ちゃんの相手をしている間に、ヒカルが次の魔術を発動してしまう。
そんなとき、ヒカルの詠唱を止めるために季桃さんがある行動に出た。
「それっ! 当たれっ!」
「ひゃっ!? 危なっ!?」
季桃さんは武器としてこん棒を持っており、それをヒカルに投げつけたのだ。
不意を突かれたヒカルは回避に専念するために、詠唱を中断してしまった。
投げつけたこん棒は神社で使われるお祓い棒と同じくらいの大きさだ。
巫女として生活をしていた季桃さんにとっては馴染みあるサイズ感で扱いやすいらしい。
僕は神々にもらった異様に丈夫な手袋と靴以外に武器を持っていないし、ヒカルと優紗ちゃんが持っている槍や長剣は大きいので投擲には向かない。
エインフェリアの筋力ならば槍や剣の投擲もできないわけではないが、こん棒という武器の特性を活かした効果的な一撃と言えるだろう。
問題は、季桃さんが無手になってしまったことだけど……。
武器無しでも戦えるには戦えるが、僕の手袋のような防具は持っていないので相手の攻撃を受け流すことは難しい。
季桃さんにはルーン魔術で援護してもらう方針に切り替えるか……そう考えているとき、遠くで何かが硬いものとぶつかるような音が響いた。
音の発生源は季桃さんが投げたこん棒だ。
こん棒はヒカルが避けたのでもっと遠くへ飛んでいき、そのうち茂みに引っかかるだろうと思っていた。
でも響いた音は茂みに突っ込んだ音でもないし、木にぶつかったような音でもない。もっと硬い物とぶつかった音だ。
優紗ちゃんも音に気づいたようで、僕たちへの攻撃を中断し、音が聞こえた方向に目を向ける。
「何の音でしょうか。あの辺りに岩があったような覚えもありませんし、不自然ですね」
「やたら硬いスコルの子……でもないよね。いつもの出現位置を考えると、私たちから離れすぎてるし」
僕たちは模擬戦を中止して音が聞こえた方へ向かう。
そして茂みの奥に、毒々しい色合いをした不気味な化け物の姿を見つけてしまった。
怪物の表面は硬い皮膚で覆われており、そこに季桃さんのこん棒が命中したのだろう。
体長はおよそ3メートルほどで、動物に例えるならアルマジロのような見た目をしている。
怪物に目はなく、不気味な触手が身体から伸びている。
そして身体のあちこちから粘性のある液体を垂れ流していた。
垂れ落ちる液体には腐食作用があるのか、液体に触れた草花は腐り落ちているようだ。
スコルの子とも違う異形の化け物がそこにいる。
こん棒がぶつかってきたことに気づいているようで、周囲を警戒しているように見えるが、まだ僕たちに気づいてはいないようだ。
魔術知識があるヒカルならあの化け物のこともわかるかもしれない。
そう考えて僕はヒカルに声をかける
「ヒカルはあの化け物について何かわかる? スコルの子とは違うみたいだけど」
「ごめん、全然わかんないや。なんでこんなところにいるんだろう」
スコルの子ではないのだから、この辺りに元々いた怪物なのか?
どうして今まで僕たちはこの怪物と遭遇しなかったんだろう。
疑問は尽きないが、今は目の前にいる怪物を何とかするのが先決だ。
僕たちは謎の怪物と戦う決意を固めた。
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