21:VS晴野季桃&成大優紗――その1

 季桃さんから黄金の首飾りについて、話を聞いてしばらく後のこと。


 カラスたちがいつものように現れたが、彼らはいくつか心子さんに関する質問を僕たちにぶつけると、すぐに飛び去って行った。


 どうやら北欧の神々はスコルの子の解明に夢中なようで、ここ数日はずっとこの調子だ。

 心子さんがスコルの子を従えていたことは、僕らへの対応がおざなりになるほど重要なことらしい。


 カラスたちはあの日からずっと、スコルの子の知識を求めて、心子さんを探している。


 驚くべきことに心子さんは一度、神の使い魔であるカラスたちの追跡を撒いたそうだ。


 彼らは、僕たちが心子さんと遭遇した場面を監視していた。

 その後カラスたちは心子さんを尾行し始めたのだが、心子さんは途中でカラスたちの尾行に気づいたらしい。


 尾行に気づいた心子さんは近くの建物へ入った後、いつまでも出てこなかったという。


 カラスたちが把握しているのは、建物の内部から一度だけ強い魔力反応があったことだけだ。

 心子さんは何らかの魔術を使い、カラスに見つかることなくその場を去ったと考えられている。


「それにしても、カラスが尾行してるなんてよく気づいたよね」

「魔術師だったら気付けるものなのかな。ヒカルは何かわかる?」

「普通は気付くの無理だと思うなぁ。少なくとも私は無理。フギンもムニンも、見た目はただのカラスだもん」


 魔術師というよりも、探偵としての能力じゃないかとヒカルは言う。

 魔術知識のある探偵だからこそ気づけたのだろう。


「尾行に気づいたこともだけど、カラスたちを撒いたことも驚きだよ。フギンとムニンはオーディンが使役していた、情報収集特化の使い魔なのに」

「そんな使い魔相手にうまく対処できているなんて、心子さんは本当にすごい魔術師なんだね」

「さすがお姉ちゃんって感じですね。今まで以上にお姉ちゃんを遠く感じます……」


 少し優紗ちゃんの表情が暗い。

 今まで知らなかった心子さんの姿を目の当たりにするのは、姉に対するコンプレックスを差し引いても衝撃が強いのだろう。


 ふと、ヒカルが僕を見つめてきた。

 ヒカルの表情からは、優紗ちゃんを元気づけたいという気持ちが伝わってくる。


 優紗ちゃんの気持ちを切り替えさせるなら、何らかの訓練をするのがいいだろう。

 ここ数日、一緒に走っていて気づいたのだが、優紗ちゃんは自分が頑張っていると感じると、精神的に落ち着くようなのだ。


 僕は軽く頷いてヒカルに反応を返すと、優紗ちゃんの気を紛らわせるために、ある提案をする。


「もしよければ模擬戦をやってみたいんだけど、いいかな? エインフェリア同士で戦ってみるのもいい経験になると思うんだ」

「そういえば私たち、スコルの子以外と戦ったことないですもんね。私も結人さんたちと戦ってみたいです」


 思った通り、優紗ちゃんは興味を示してくれた。


 ヒカルと季桃さんも賛成してくれたので、模擬戦を実施する方針で話を進める。


「チーム分けはどうする? グーとパーで分かれようか」

「そうですね。それじゃ、ぐっとっぱーで分かれましょ!」


 僕とヒカルがグー、季桃さんと優紗ちゃんがパーを出した。

 最初に会ったときのペアに分かれたな。


「ルーン魔術の使用もありでいいよね? こっちはヒカルがいるから魔術には困らないし、魔石は優紗ちゃんと季桃さんが先に選んでいいよ」


 僕たちが持っている魔石は全部で5種類ある。


 炎の弾丸を放つ魔術が使える、太陽の魔石。

 傷を癒す魔術が使える、霧雨の魔石。


 一定時間打たれ強くなる魔術が使える、イチイの魔石。

 意識を強制的に目覚めさせる気付の魔術が使える、年の魔石。

 氷の弾丸を放つ魔術が使える、雹の魔石。


 霧雨の魔石と雹の魔石は僕とヒカルが持っていた、青い魔石と白い魔石だ。

 残りは優紗ちゃんと季桃さんが持っていた魔石だ。


 ちなみに覚える必要はないとヒカルに言われたが、魔石の名前はルーン文字に由来している。

「太陽」とか「霧雨」というのは、ルーン文字のソール、ウル、ユル、アル、ハガルの日本語訳だ。イチイというのはそういう名前の木があるらしい。


「じゃあ私は太陽の魔石をもらうね。晴れを取られてるから、本物の太陽をずっと拝めてないなぁ……」

「私は霧雨の魔石を使わせてもらいましょうか。意識を失うほど激しくやるつもりはないですから、年の魔石は不要ですしね」


 季桃さんと優紗ちゃんはそれぞれ太陽の魔石と霧雨の魔石を選んだから、残るはイチイの魔石か雹の魔石だ。

 年の魔石は優紗ちゃんが言ったように、気絶するまで戦うつもりはないので今回は除外している。


 雹の魔石は最初にルーン魔術を使ったときや、心子さんが使役していたスコルの子との戦いでも使っていたから、今回はイチイの魔石にしよう。


 イチイの魔石で使える『打たれ強くなる魔術』は物理攻撃の威力を抑えてくれる効果がある。

 ゲーム風に言えば、防御力アップといったところか。


 物理攻撃の威力を抑えるだけなので、魔術による攻撃には効果がない。


 そうなると、警戒すべきは季桃さんが太陽の魔石で使ってくる『炎の弾丸』だ。

 優紗ちゃんは攻撃に使える魔石を装備していないので、『打たれ強くなる魔術』を使っておけば問題ないはず。


 僕が物理攻撃しかしてこない優紗ちゃんの対処をして、その間にヒカルに季桃さんを抑えてもらうのが良いだろう。


 僕はイチイの魔石を手に取り、魔術起動装置にセットする。

 すると優紗ちゃんが、僕を見て不敵な笑みを浮かべた。


「あはっ、結人さん。本当にその魔石でいいんですか? 後悔しませんね?」

「そういわれると怖いけど、あえて受けて立とうか」

「やった! それでこそ結人さんです! ちょっとした秘策があるので楽しみにしてください」


 優紗ちゃんのことだから、何かすごいことをしてきそうな気がする。

 どんな手札を用意しているのか、今から楽しみだ。


 僕たちは社務所から出て、敷地内の広い場所へ移動して戦える場所までやってきた。

 ある程度の距離を取った状態で向かい合い、いつでも戦闘を始められるように準備する。


「では始めましょう! 勇者ユサが相手になります! 私、RPGで仲間と戦うシーンとか好きなんですよ。全力で行きますね!」



 開始の合図と共に、優紗ちゃんが僕たちの方へ切り込んできた。

 その後ろで季桃さんが援護しやすい位置に移動しつつ、ルーン魔術を発動しようとしている。


 優紗ちゃんも季桃さんも、僕とヒカルに比べて非常に足が速い。

 最初のポジション取りは彼女たちに分があった。


 というのも、エインフェリアは人によって結構個性があるようなのだ。


 僕はどちらかといえば攻撃力と防御力が高い重戦士系で、季桃さんは身体能力や反射神経に優れた軽戦士系。

 ヒカルは遠近両方で戦える魔法戦士っぽい感じで、優紗ちゃんはRPGの勇者みたいな近接寄りのオールラウンダーになっている。


 優紗ちゃんの狙いはヒカルのようだ。

 ルーン魔術を自力で扱えるというのはかなりのアドバンテージになる。彼女たちからすれば、早々に落としておきたい相手だろう。


 ヒカルにはルーン魔術で季桃さんの対処をしてほしいので、僕がヒカルと優紗ちゃんの間に割って入り、優紗ちゃんの相手をする。


「僕が相手だ、優紗ちゃん。ヒカルのところまで行きたいなら、僕を倒してからにするんだね」

「いいでしょう。押し通らせてもらいます!」


 優紗ちゃんは総合的に見れば、僕たちの中で一番強い。

 けれど僕は敵の攻撃を捌き、仲間を守ることに関しては優紗ちゃんよりも上手だと思っている。


 そう簡単に優紗ちゃんに負けるつもりはない。


 優紗ちゃんは両手用の西洋剣を構えていた。でも、構えとしては和風というか剣道に近い。

 それは彼女の剣術は、剣道から派生した競技であるスポーツチャンバラが元になっているからだ。


 今、優紗ちゃんは剣を中段に構えている。

 中段構えは攻守のバランスに優れており、他の構えに移行しやすいのが特徴だ。


 攻めに適している一方で足元がおろそかになりやすい上段構えではなく、臨機応変に立ち回れる中段構えを選んでいる辺りに、優紗ちゃんの性格が出ているような気がした。


 優紗ちゃんは一息で距離を詰め、剣を振り下ろしてくる。

 大怪我を防ぐためなのか、刃で斬りつけるのではなく剣の腹部分で殴りつけるような形だ。


 僕は身に着けた手袋で優紗ちゃんの攻撃を受け流す。

 ヒカルや優紗ちゃんが北欧の神々から武器をもらっているように、僕の手袋と靴も北欧の神々からもらった特別製だ。この程度で破れることはない。


 優紗ちゃんは流れるような動きで次々と攻撃を繰り返してくるが、僕は何とか捌ききることに成功していた。

 こちらから反撃することは難しそうだが、とにかく耐えることはできている。


「ふふっ。さすがですね、結人さん。まだまだ全然、余裕そうじゃないですか! こんなに攻撃してるのに、1度もまともに入ってないんですよ? いったいどうすればその防御を崩せるのか……。楽しいですね!」


 言われてみれば、優紗ちゃんからはそう見えるのか。

 一方的に攻めてきているように見えて、彼女も試合運びに悩んでいるのかもしれない。


 僕も隙あらばカウンターを決めるつもりでいるし、優紗ちゃんも気を抜けないはずだ。


 ヒカルと季桃さんの様子はどうだろう?


 優紗ちゃんから目を離せる余裕は無いが、これはチーム戦。

 可能な限りパートナーの状況も把握しなければならない。


 少し様子を伺うと、ヒカルはルーン魔術を連発することで比較的有利に立ち回っていた。しかし季桃さんが非常に素早いために、大部分は回避されて無駄になっている。


 季桃さんは瞬間的な身体能力が、僕たちの中で一番優れているようなのだ。

 持久力は優紗ちゃんの方が上のようだが、短距離なら季桃さんが勝つ。ちなみに意外なことに、筋力も季桃さんが一番強い。


 生前の時点では男女の差もあるので僕が勝っていたと思うのだが、エインフェリアになるときにこの辺りの性差は消えてしまうようだ。

 詳しいことはわからないが、生前の身体能力が単純に比例するわけでもないらしい。


 神社のお仕事は意外と力が必要なことも多く、女性としては生前からかなり力持ちだったそうだけど。


 たぶん、『エインフェリアになったときにどれくらい強化されるのか』みたいな才能もあるんだろうな。

 季桃さんはその才能に優れていた、ということだろう。


 そういうわけで遠距離戦ならヒカルが勝つだろうが、近距離まで詰められるとおそらく季桃さんの方が強い。

 ヒカルも近接戦闘ができないわけではないのだが、やはり季桃さんの方が有利だろう。


「結人さん、こんなときまでヒカルちゃんの心配だなんて随分と余裕そうですねっ!」


 そんなことを言いながら優紗ちゃんが横薙ぎに剣を振るう。

 その攻撃は問題なく受け流せたものの、このまま同じことを続けるだけでは決着がつかない。


 ここはルーン魔術を使う時だ。


 僕はコートのポケットに忍ばせていた魔術起動装置に手をやり、魔力を注ぎ込む。

 そして『打たれ強くなる魔術』を発動した。


 これで物理攻撃しかできない優紗ちゃんを相手に、有利に立ち回れる。

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