19:呪われた少女

 心子さんと遭遇してから数日が経過した。

 僕たちがエインフェリアとなった日から数えると7日目だ。


 優紗ちゃんと一緒に毎朝走ることが、いつの間にか僕の日課となっていた。

 今日も僕たちは廃墟の周辺を走っている。


「結人さん、そろそろペースを上げませんか?」

「いいよ、上げようか」


 優紗ちゃんはペースアップを頻繁に提案してくる。

 走るペースを上げるのはこれで5度目だ。


 初めて一緒に走った時のペースも100m走の世界記録並みという恐ろしく早いものだったが、それは2度目のペースアップで超えた。


 しかしそれでも優紗ちゃんはペースを上げたがる。

 だから今、僕たちは普通の人間には絶対に不可能な速度で走り続けている。


「結人さん、大丈夫ですか?」

「もちろん大丈夫だよ」


 正直にいうと、今のペースを維持するのはとてもキツイ。

 ペースを下げようと提案したい。


 けれど、それは駄目だ。


 エインフェリア探しの際に話していて気付いたのだが、優紗ちゃんはいろんなことを頑張りすぎる傾向がある。

 それだけでなく、問題を1人で解決しようと抱え込みがちでもあるようだ。


 その上、姉の心子さんが凄腕の魔術師だと知ってからは、優紗ちゃんは今まで以上に気を張り過ぎているように見える。

 姉がとても優秀なのだから自分も負けずに頑張らないと、そんなことを考えているのだろう。


「もう少しペースを上げましょうか」


 少しでも強くなろうとするように、優紗ちゃんはペースを上げ続ける。

 仮に僕がここで根をあげてしまったら、『私が結人さんの分も頑張ります』などと言い出しそうだ。


 だから僕は優紗ちゃんを1人にしないために、彼女が納得するまでランニングに付き合うことにした。


 そもそも、ヒカルと季桃さんを守るために僕も頑張ると優紗ちゃんと”約束”したのだから、僕の選択肢にはギブアップという項目は始めから無いのだ。


 僕は絶対に約束を守る。


「すぐに帰ってくるよ」と幼い僕に言って、僕の両親はそのまま永遠に帰ってこなかった。

 僕はそんな嘘つきな両親とは違う。



 それからさらに3回ほどペースアップを重ね、優紗ちゃんにも疲れが見えてきた頃に僕たちは休憩に入った。


 ヒカルや季桃さんの前では平常を装っているようだが、優紗ちゃんはここ数日、僕と2人でいるときは難しい顔をしていることが多かった。


「優紗ちゃん、何か考え事?」

「すみません、ぼーっとしていて。そうですね……。結人さんの仰る通り、考え事をしていました」

「よければ聞かせてもらってもいいかな?」


 優紗ちゃんはしばらく迷っていた様子だったが、話し始めてくれた。


「結人さんは呪いって信じますか?」

「呪い?」


 生前はまったく信じていなかったけど……。

 魔術があるくらいだし、呪いだって存在してもおかしくないと思う。


 少なくとも迷信だと切って捨てることはできないだろう。


 僕は優紗ちゃんに話の続きを促す。


「私の学校の友達に、一緒にいると不幸な事故が起きると言われていた女の子がいるんです。そんな話を学校のみんなが信じていて、その子は呪われていると言われていました」


 不幸な事故と言っても大半は些細なことで、ボールなどがその子の近くにいた人にぶつかる程度だという。


 いじめというよりは気味悪がって誰も近づこうとしない感じだったそうだが、裏でひそひそと悪く言う人は多かったようだ。

 しかも、生徒だけじゃなくて教師まで少女の呪いを信じていたらしい。


 その女の子本人もとても気に病んでいて、『私は呪われているから近づかないで』と言っていたそうだ。


「近くにいるだけで不幸になると言いがかりをつけるなんて、私はどうしても許せなくて実態を調査しました。統計を取って数字で表せば、呪いなんて無いと証明できると思ったんです」

「そういう言い方をするということは、駄目だったんだね」

「はい……。3ヶ月ほど調査をした結果、その子の周りだけ明らかに事故が多いことがわかりました」


 呪いが無いことを証明しようとして、逆に呪いの存在を証明してしまうとは皮肉な結果だ。

 話はここで終わりではないようで、優紗ちゃんは話を続ける。


「さらに新たな事実として、その子が好意を持っている相手ほど、事故の発生率や被害が大きくなることもわかりました」


 比較的その少女に好意的に接している人は、事故に巻き込まれる頻度や規模が大きかったという。


 また、優紗ちゃんがその子と親しくなったタイミングから、優紗ちゃんが事故に遭うことが激増したらしい。


 調査結果が正しいことを、優紗ちゃんは身をもって証明してしまったことになる。


「事故を偶然と考えるのは難しそうだね。その子は本当に呪われていたのかな」

「何らかの魔術が関与していそうですよね。それでここからが本題なんですけど、その呪われていた私の友達ってヒカルちゃんじゃないかと思うんです」

「生前からヒカルと優紗ちゃんが友達ってこと?」


 確かに、認識阻害魔術のせいで優紗ちゃんはヒカルのことを正しく認識できていない。


 でもヒカルは優紗ちゃんのことを正しく認識できているはずだ。

 認識阻害魔術の存在を知った今ならもう、ヒカルの方から打ち明けてくれてもいいはず。


「優紗ちゃんとヒカルが元々友達だったとして、どうしてヒカルはまだ隠しているのかな?」

「たぶん……呪いのせいで私が死んだって思っているんじゃないですかね。それで言い出しにくいんじゃないかと」


 確かに自分が殺してしまったと思っている友達に、『私たちは実は友達なんだよ』とは言いにくいかもしれない。


「ヒカルの動機についてはひとまず置いておこう。優紗ちゃんはどうしてその友達とヒカルが同一人物だと思ったの?」

「共通点が多いんですよね。認識阻害魔術を知るまでは偶然の一致だと考えていたんですけど、さすがに一致していることが多すぎるんです」


 共通点は大きく分けて3つあるという。


 まず1つ目は、優紗ちゃんの友達は日本人とアイスランド人の間に生まれたハーフであること。

 ヒカルも同じくアイスランドとのハーフだ。


 続いて2つ目、優紗ちゃんの友達は重度のブラコンらしい。

 歳の離れた義理の兄がいて、とても優しいのだという。


 僕は優紗ちゃんに意義を唱えたが「結人さんはヒカルちゃんにかなり甘いですし、ヒカルちゃんはどう見てもブラコンです」と逆に叱られてしまった。


 そして最後3つ目、これは優紗ちゃんの友達とヒカルについてというよりは、友達の義兄と僕についてだ。


 優紗ちゃんの友達は、呪いを理由に人を遠ざけていた。しかし、大好きな義兄だけは安心して傍にいられると言っていたそうだ。


 といっても義兄には呪いが効かないわけではなく、むしろ一番好意を持たれていたために呪いによる不運も相当に酷かったらしい。


 一歩間違えれば大怪我を負ったり、命を落としたりするレベルの不運が続いたという。

 けれど驚くべきことに、お兄さんは降りかかる不幸を全てを回避していたというのだ。


「回避しようとして回避できるものなのかな。……お兄さんが魔術師だとしたら可能なのか?」

「普通の方法では不可能ですからね。私もその可能性が高いと考えています」


 僕はヒカルのために魔術師になった……らしい。

 ヒカルと一緒にいるために、覚えたのかもしれないな。


 僕とヒカルのような義兄妹が、他にもいるとは思えない。

 優紗ちゃんの仮説には、十分な根拠があるようだ。


「あれ? でもその義兄妹が僕とヒカルなら、僕は今も呪いの影響下にあるってこと? でも僕は特に被害を受けていないけど」

「それなんですが、私も今は呪いの影響を受けていないんです」


 ヒカルと優紗ちゃんの友達が別人だったとしても、優紗ちゃんは友達から呪いの影響を受け続けているはず。

 どうして今は呪いの影響を受けていないのだろう。


 考えられるとしたら、エインフェリアは呪いの影響を受けない……とか?


 エインフェリアは魔術に対する耐性があると言っていたし、呪いの影響を大きく低減できる可能性はありそうだ。


 僕が呪いの影響を受けない理由について考えを述べると、優紗ちゃんは同意しつつも他の可能性を提示してきた。


「自分が死ねば呪いは消える、と友達が言っていたことがあるんです。その子が一度死んだから呪いが消えたのかもしれません」

「なるほど。ヒカルもエインフェリアになっているわけだし、一度は死んでいるはずだからね」


 考えれば考えるほど、ヒカルと優紗ちゃんの友達が同一人物に思えてくる。


 僕が記憶を失って最初に目覚めたとき、ヒカルは『自分のせいでユウちゃんが死んだ』と言った。


 呪いが強くなりすぎた結果、僕は対処しきれずに死んだ。

 そう考えると、ヒカルが稀にする、辛そうな顔にも納得がいく。


 ヒカルが義妹になってからは僕と祖父母はアウトドアへ行かなくなったらしいけど、それは山や海は事故に遭いやすいからなのだろう。


「呪いの話、まだヒカルにはしてないよね?」

「してません。かなりセンシティブな問題ですから、どう進めるべきか困っていて……。結人さんに話すかどうかも悩んだのですよ」


 優紗ちゃんはヒカルのことを、とても思いやってくれていた。

 彼女のような優しい子が、ヒカルと一緒にいてくれて本当にありがたい。


「結人さんならきっと、ヒカルちゃんを悲しませることはないと考えたのでこうしてお話しました」

「話してくれてありがとう。ヒカルに悲しい顔は絶対にさせないから安心してね」

「ありがとうございます。信じていますよ」


 優紗ちゃんに付き合って、朝から走った甲斐があった……と思う。


 頼りにならない人だと優紗ちゃんに思われていたら、優紗ちゃん1人で呪いの話を抱え込んでいたかもしれない。


「季桃さんにこの話をするかは悩んでいます。あの人は考えてることがすぐに表情に出るので……。でも季桃さんの考えも聞きたいんですよね。結人さんは季桃さんにも聞いてみるべきだと思いますか?」


 優紗ちゃんは僕に判断を委ねるつもりらしい。


 季桃さんは僕たちの中で、最もオカルト知識が豊富だ。

 呪いについてもそういった面で、何かヒントを得られるかもしれない。


 ヒカルは北欧の神々と縁が深い。

 きっと呪いも、北欧神話と関連がある。


 今は呪いの影響が出ていないのだから、下手に探らない方がヒカルを傷つけずに済むかもしれない。

 だけど何も知らないということは、いざというときに何もできないということだ。


 ヒカルに呪いをかけたのが北欧の神々だとしたら……。

 その呪いで僕やヒカル、祖父母が死んだのだとしたら……。


 今後、神々と敵対することも無いとは言い切れない。


 万が一のときでもヒカルを守れるように、ヒカルを悲しませないために、色々と知っておくべきだろう。


「季桃さんにも呪いの話をしてみよう」

「わかりました。ヒカルちゃんに聞かれないタイミングを見つけ次第、季桃さんにも話してみましょうね」


 僕たちはここで話を打ち切り、ヒカルと季桃さんが待つ社務所へ戻ることにした。

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