18:第二回、北欧神話勉強会

 僕とヒカルが社務所まで戻ると、北欧神話講座の第二弾をやろうと季桃さんに提案された。


 銀の鍵をめぐってヒカルとぎこちない感じになっているので、気分をリセットするためにもありがたい申し出だ。


 そのため僕たちは夕食を食べながら、季桃さんに北欧神話について聞くことにした。


「戦争で神々は6人を残して全滅してしまったという話を前回したよね。他の神はもう死んでるわけだから、私たちとこれから関係があるのは生き残ったその6人の神々だと思うの」

「確かにそうだね」

「だから今後はこの6人のうち、重要そうな神を優先的に紹介していくつもりだよ。今回のお話は光の神と呼ばれるバルドルについて」


 生き残った6人の神々にリーダーがいるとしたら、光の神バルドルだろうと季桃さんは言う。


 神々の長であるオーディンには多くの子どもがいるのだが、バルドルはその中で最もオーディンに愛されていた息子なのだ。

 白い花に例えられるほどの美男子だった上、公正な人柄と豊富な知恵の持ち主で皆に好かれていた神らしい。


 オーディンの後継者と見られていた、と語られる伝承もあるのだとか。


「多くの神々から好かれていたなんて、凄い神様だね」

「最高神の後継者とか、ソシャゲだったらSSRになっていそうです」


 ゲームで例えるのが優紗ちゃんらしい気がする。

 最高レアリティっぽいのは何となくわかる。


「前回、ロキという神様が神々を裏切って、オーディンの最愛の息子を殺害した話をしたよね」

「確かそれがきっかけで神々と巨人の全面戦争に突入したんだったっけ?」

「そうそう。殺された最愛の息子というのがバルドルなの。でもバルドルは戦争の後で生き返るから、生き残りの6人に含まれるんだよ」


 今回のメインはバルドルが殺される経緯についてのようで、季桃さんは次のような話をしてくれた。





 神々が平和に暮らしていたある日、神の1人が悪夢を見てしまいます。

 その悪夢の内容は、光の神バルドルが冥府の支配者に連れ去られてしまうというものでした。


 冥府は冷たく恐ろしい場所だと言われており、エインフェリアにならなかった死者が向かうところです。


 人間も、動物も、神々や巨人でさえも死後は冥府へ向かいます。

 冥府の支配者に連れ去られるということは、死んでしまうということなのです。


 バルドルを愛していた大神オーディンは、2羽のカラスを使って世界中から情報を集めました。

 そしてカラスが持ち帰った情報から、バルドルの殺害を目論む者の存在にオーディンは気づきます。


 しかし、それが誰なのかはオーディンにもわかりませんでした。


 オーディンの正妻であり、バルドルの母親である女神はそのことを酷く心配し、世界中のものと契約を結びます。


 その契約を交わしたものは、バルドルを害することはできなくなるのです。


 女神は火や水、土や石、鳥や獣、そして毒や病気とも契約を行いました。


 こうして、バルドルはあらゆるものから傷をつけられることが無くなったのです。


 神々はバルドルが冥府に行くことはないと知って安心し、少し荒っぽいお祝いを始めます。

 そのお祝いとは、バルドルに様々なものを投げつけ、傷を負わないことを確認してみることでした。


 剣を投げても、斧を投げても、バルドルは傷一つ負いません。

 巨大な石や火のついた松明を投げても、神々の持つ様々な神具でも傷つくことはありません。


 そんな中、お祝いに参加できない神が1人いました。

 その神の名はヘズ。バルドルにとっては母親違いの弟です。


 ヘズは目が見えないため、投げる物を見つけることも、どこへ投げればいいのかもわかりません。


 それに気づいたロキはヘズに声をかけ、ヘズに宿り木を握らせて投げる方向を教えました。

 教えてもらったヘズはお祝いに参加できることを喜び、宿り木をバルドルに投げつけます。


 すると宿り木はバルドルの胸に突き刺さり、バルドルは呻き声を上げて死んでしまいました。


 実は、宿り木とだけは契約ができていなかったのです。

 ロキはそのことを知っていて、ヘズを騙しました。


 バルドルが死んで神々が動揺している隙に、ロキは巨人たちの元へ逃げ出します。

 その場には騙されたヘズとバルドルの死を嘆く神々、そしてバルドルの死体だけが残りました。


 バルドルの遺体は火をつけた大きな船に乗せられ、海へと流されました。

 船が炎に包まれる直前までオーディンは船に同乗し、バルドルにあることをささやいていたと言われています。


 それは、戦争が終わった後のことです。

 聡明なオーディンは、神々と巨人の戦争が終わった後に何が起こるかわかっていたのです。


 戦争で炎の巨人が世界を焼き尽くしてしまうけれど、その後に世界は美しく蘇るとバルドルに語って聞かせました。


 オーディンは全てを語り終えると、オーディンが最も大切にしていた黄金の腕輪をバルドルの遺体に備えました。


 その腕輪は、ただの腕輪ではありません。

 9日ごとに9つに分裂するとされる不思議な腕輪です。


 北欧神話には人間の世界、神々の世界、死者の世界など、9つの世界があります。


 この腕輪は9つの世界から成る北欧の世界を表しており、最高神が持つにふさわしい特別な腕輪なのです。


 オーディンはバルドルに腕輪を託すと、燃え盛る船から下りました。


 それからしばらくして、神々と巨人たちの戦争が終わった後、燃え尽きた世界と共にバルドルは蘇ります。


 バルドルは生き残った他の5人の神々と協力して、世界を再生していくのでした。





「ということで、バルドルについてのお話は以上です」


 僕たちは講義をしてくれた季桃さんに拍手を送る。

 そしてそのまま、第一回と同様に感想や質問に入った。


「季桃さんの言う通り、その話を聞いた感じだと、バルドルって神様が今はリーダーをやっていそうだね」


 僕はそういいながらヒカルを見つめる。

 すると、ヒカルは少し目を泳がせてから顔を背けた。


 ヒカルの反応から察するに、季桃さんの推測は当たっていそうだ。


「ユ、ユウちゃんひどい! 私を正誤判定機みたいにしないでよ」

「あはは。ヒカルの反応が素直だからつい」


 ヒカルは頬を膨らませながら抗議してくる。


「まったくもう。北欧の神々から許可が下りる前にそうやって情報を入手するの、本当はダメだからね?」


 確かに北欧の神々に良く思われないだろう。

 あまりやりすぎると、記憶を返してもらえる日が遠のくかもしれない。


「どうしても何か知りたいことがあるなら、カラスを通じて神々と交渉してみるからさ。私だったらそれくらいできる立場だと思うし。それならいいでしょ?」

「わかった、ごめんね。無理に情報を引き出すことはもうしないよ」

「わかればよろしい!」


 ……カラスを通じてとはいえ、神々と交渉できる立場ってどういうことだろう。


 ヒカルは北欧の神々と縁が深いおかげで裏情報を色々と知っているが、僕たちに伝えられる情報は限られている。

 非常に気になるが、これも教えてもらえないだろう。


 気を取り直してバルドルについての話に戻る。

 優紗ちゃんも気になった箇所について季桃さんに質問しているようだ。


「それにしても、お祝いで剣や斧を投げるんですか。ものすごく荒っぽいですね」

「本当にね。北欧神話って全体的にそういうところがあるんだよ。物語の大半が神々と巨人たちの戦争のお話だしね。北欧神話には全体的に荒っぽい雰囲気があるかな」


 そういえば主神のオーディンも軍略の神なんだっけ。

 前回の勉強会でそう言っていた覚えがある。


 オーディンが戦争に関する神だから、北欧神話全体にそういう傾向があるのかもしれない。


「オーディンや他の神々は蘇らないのに、バルドルだけは蘇ったんだよね? どうしてかわかる?」

「うーん……その辺りは伝承で語られてないんだよね。魔術師にだけ伝わってる伝承があったりしないかな。ヒカルちゃんは何か知ってる?」

「一般に伝わってない話はいくつかありますね。でもごめんなさい。蘇りについては私もわかりません」


 補足すると、神々はエインフェリアと同じ方法では蘇ることができないらしい。

 だからエインフェリアとは別の方法が使われたことは確実だが、それ以上のことは何もわからないのだとか。


「ちなみになんだけど、蘇ったのはバルドルだけじゃなくて弟のヘズもなの。実はヘズも生き残った6人のうちの1人なんだよ。ヘズが死ぬ話もあるんだけど、その話は長くなるし、登場人物も多くなるからまたそのうちね」

「ありがとう、一度にたくさん聞いても覚えられないしね。そうしてくれると助かるよ」


 今回の話で重要なことは3つあった。


 オーディンが最も愛した息子の名前がバルドルだということ。

 そのバルドルが、今は神々のリーダーをしていること。

 バルドルは一度死んで蘇ったこと。


 以上を抑えておけば当面は問題ないだろう。


 こうして第二回北欧神話勉強会が終了した。

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