17:銀の鍵

 話も終わったので、僕たちは順番にシャワーを浴びている。

 今は優紗ちゃんとヒカルに続いて、季桃さんが浴び終えたところだ。


「移動込みで1人10分くらいなんだ。思ってたよりもずっと早かったね」

「作れるお湯の量の問題で、1人当たり5分くらいしかシャワーを使えないからね」

「ああ、なるほど」


 ポータブルシャワーはタンクの大きさや水圧の強さによってシャワーの使用可能時間が異なる。

 女性陣が多いから、タンクが大きめで比較的長く使えるタイプを選んだが、残念ながらあまり活用できてないみたいだ。


 よくよく考えると、ポータブルシャワーを5分使うには約10Lのお湯が必要だ。4人分と考えると約40L。

 それをルーン魔術で何も無いところから出しているんだよな。


 お湯の準備はヒカルに任せっきりで深く考えていなかったけど、魔力は大丈夫なんだろうか。

 魔術について全然知らないから、どのくらい大変なのかもピンと来ない。


「お湯作りが大変なら次から僕も一緒にやろうか? 複数の魔石を使い分ければ僕も炎と氷のルーン魔術を使えるわけだし」

「ううん、大丈夫。スコルの子と戦う分の魔力は残せてるし。それに魔石と魔術起動装置で使うルーン魔術って魔力の変換効率がかなり悪いし」

「ちなみにどれくらい?」

「ざっくり言えば倍くらい違うよ」


 術者の力量によって魔力の変換効率に差はあるらしいが、とりあえずヒカルと僕たちはそれくらいの差らしい。

 魔石と魔術起動装置を使えば比較的簡単にルーン魔術を発動できるという触れ込みだったが、万能ではないのだろう。


 僕が記憶を取り戻して魔術的な知識を思い出すことができれば、もう少し効率的な運用もできるのかもしれないが、今は無理そうだ。


 それならヒカルには引き続き、お湯作りを頑張ってもらうことにしよう。

 ヒカルは効率よくルーン魔術を使えるおかげで、まだ魔力に余裕があるみたいだし。


「季桃さんとしてはシャワーはどうだった?」

「3日ぶりのシャワーだったから5分程度でも満足度は高いかな。晴れを取られてるから、視界だけとはいえ雨の中でシャワーを浴びることになるのは大減点だけど」


 雨の中のシャワーは確かに気分が下がりそうだ。

 季桃さんは大切なものとして晴れを取られるくらいだからなおさらだろう。


「あと着替えタオルを使ったのは中学のプールの授業以来だから、なんだか不思議な感じ。プールの時間にさ、水にまったく顔を付けられなくて無為に時間が過ぎていったのを思い出したよ」

「そういえばユウちゃんの婚約者さんも水に顔を付けられないって言ってたような……」


 僕の婚約者は季桃さんによく似ているらしいけど、さすがに共通点が多すぎじゃないかと思う。

 季桃さんもヒカルの発言に驚いている。


「そんなに私に似ているなら一度会ってみたいかも。認識阻害魔術があるから会っても問題なさそうだし」

「でも婚約者さんも魔術師なので、心子さんみたいに認識阻害に気づくかもしれませんね。婚約者さんの正確な力量は知らないですけど、万が一という可能性もありますし」

「そっか。じゃあ止めておいた方がいいね」


 季桃さんと僕の婚約者が似ているのって、本当に偶然か?

 2人は赤の他人のはずなのに……。


 まあ、僕は記憶が無いせいで婚約者のことを覚えてないから、ヒカルがオーバーに言っているだけかもしれないが。


「ねぇユウちゃん、そろそろ行こうか。ポータブルシャワーの場所まで案内するね」

「ありがとうヒカル。お願いするよ」



 僕はヒカルに案内されて、ポータブルシャワーの設置場所までたどり着いた。


「何か貴重品とかあるなら預かろうか? まあ、盗む人なんて誰もいないんだけどさ」

「それなら銀の鍵だけ預かってもらおうかな。大切な物だしね」


 そう言って僕はコートの内ポケットから銀色の鍵をヒカルに手渡した。

 するとヒカルが困惑の表情を浮かべる。


「え、待って。なにこれ? うっすらとだけど魔力を感じる……。ユウちゃん、こんなの持ってたの?」

「持ってたけど、どうしたの? 子供の頃からずっと持ってるお守りだけど」


 この銀の鍵は失踪した両親から僕が最後にもらった物だ。

 厳密に言えば、両親が用意したものではなくて、僕に渡してほしいと両親に預けられた物らしいが……。


 誰が両親に預けたのか、なぜ僕に渡してほしかったのかはわからない。

 だけど両親が最後に遺してくれた物には違いないから、僕にとって銀の鍵は非常に思い出深い、大切な物だ。


「ヒカルはこの銀の鍵を見たことないの?」

「見たことないよ。初めて見た」


 銀の鍵のことは他の人に隠しているわけではない。

 親しい友人なら知っている程度のことだ。


 ヒカルは僕の義妹だし、一緒に住んでいたので知る機会も多かったはず。


 仲も良かったようだし、記憶を失う前の僕がヒカルに銀の鍵を見せていないなんてかなり違和感がある。


「ユウちゃんがずっと持っていたお守りなのに、私知らなかったんだ。どうしてだろう…?」


 僕たちの間に気まずい沈黙が流れる。

 本当にどうして……? 隠していた理由が微塵も想像できない。


「……今気にしても仕方ないか。銀の鍵は大切に預かっておくね」

「ありがとう。お願いするよ」

「浴び終わるか、スコルの子が襲ってきたら声をかけてね」


 僕がシャワーを浴び終わるまで、ヒカルは少し離れたところで待っていてくれるようだ。


 なぜ僕はヒカルに銀の鍵のことを話したことが無かったのだろうか。

 いくら考えても記憶が無い僕に答えが出せるはずもない。


 シャワーを浴び終えて服装を整えると、問題を先送りにして僕はヒカルと一緒に社務所まで戻ることにした。

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