14:VS成大心子

「優紗と季桃さんを殺したのは貴方たちですか?」


 予想もしていなかった言葉に、僕は驚いて声を上げてしまう。


「はぁ!? 何を言っているんだ!?」

「優紗たちの死は交通事故のように偽装されていましたが、2人が交通事故で死ぬわけがありません。僕が魔術で守っていたのですから、車に轢かれた程度ではね」


 魔術で守っていた……? ということは心子さんは魔術師なのか?


「貴方たちが認識阻害の魔術を使っていることもすぐにわかりました。だから後をつけてきたんですよ。優紗たちが殺されたタイミングで認識阻害魔術を行使しながら、人目を避けているなんて怪しすぎます」


 認識阻害魔術というものに心当たりはないが、それが原因で心子さんは優紗ちゃんのことがわからないのだろう。


 可能性があるとすれば、北欧の神々の仕業だろうか。


 エインフェリアを生前の知人にあわせないための対策として、一般のエインフェリアには非公開になっているものがあるとヒカルが漏らしたことがあるが、おそらくはこれだ。


 生前の知人に会ってしまっても問題ないように、エインフェリアには認識阻害魔術がかけられているのだろう。


「それにしても、随分と強力な魔術を使っているのですね。認識を正しく戻そうと何度か試みたのですが、突破できる気がまったくしません」


 心子さんの魔術師としての腕前はよくわからないが、さすがに北欧の神々が仕掛けた魔術は突破できないらしい。


 でも……もしかしたら、神々が仕掛けた認識阻害魔術に気づけただけでもすごいんじゃないか?


 気づけたということは、掠る程度かもしれないが、神話で語られているような存在に手が届いていると言えなくもない。

 そう考えると、心子さんの実力はかなり高いのかもしれない。


「その魔術、人間がかけたものではありませんよね? 人間の力だけではその強度の魔術は不可能です。どのような手段でそれを成したのかはわかりませんが、それだけの力があれば、優紗たちを殺すこともできるでしょう」


 心子さんは僕たちを睨みつけながら、一歩前に踏み出す。

 それに対比するように、優紗ちゃんが後ずさりした。


 僕は優紗ちゃんを後ろに庇い、心子さんと対峙する。

 彼女はエインフェリアでもない普通の人間なのに、物凄い気迫を放っていた。


「そういえば尾行している間、貴方たちは興味深いことを話していましたね。確か、エインフェリアを探しているとか。確か北欧神話に伝わる、死者を神の兵士に仕立てる伝承のことですよね。貴方たちの正体は、死体を利用して悪事を成す魔術結社の一員とか、そんなところでしょうか」


 心子さんに誤解されるのも無理はない。

 僕たちは明らかに怪しすぎる。


 それに北欧の神々は死者を蘇らせて戦わせているのだから、悪事は成していないだろうが部分的には当たっていた。


「待ってくれ! 僕たちはそんな目的のために人を殺したりなんかしない!」

「でしたら、まずは認識阻害魔術を解いていただけませんか? そうでなければ、信用なんてできませんよね」


 僕たちは認識阻害魔術を解く方法を知らない。

 そうなると、心子さんから信用を得ることはできないだろう。


「……解くつもりはないようですね。ならば、実力行使に出るだけです。人目が無い場所を選んで声をかけましたから、僕も出し惜しみ無しでいけます」


 心子さんはそういうと、おぞましい旋律で呪文を唱え始めた。


「ザイウェソ ウェカト・ケオソ クスネウェ=ルロム・クセウェラトル オング ダクタ リンカ オング ダクタ リンカ ベナティル カラルカウ デドス ヨグ=ソトース」


 呪文を唱え終えると心子さんは水晶のような球状の塊を掲げた。


「行け! ティンダロスの猟犬たちよ! あの者たちを捕らえろ!」


 心子さんが掲げた水晶から、なんとスコルの子が飛び出してくる!

 彼女は『ティンダロスの猟犬』と呼んでいたが、どう見てもスコルの子だった。


 スコルの子は北欧の神々ですら正体が掴めていない、異形の化け物だったはずなのに。

 それをなぜ、彼女が使役しているのだろうか。


「僕は紳士ですからね。手荒な真似はしたくないのですが、仕方ありません。覚悟してください。この子たちは手強いですよ」



 僕たちは心子さんが使役するスコルの子から、即座に距離を取る。


 敵は全部で3体だ。こちらは2人なので、敵の方が多い。

 1体だけでも早めに倒して、数の不利を覆す必要があるだろう。


 優紗ちゃんは心子さんが襲ってきたことに狼狽を隠せないものの、現実を受け入れて戦うだけの意思は残せていた。

 覚悟を示すように、優紗ちゃんは隠し持っていた剣を抜き放つ。


「優紗ちゃん、僕が2体を引き付けたら残りの1体を仕留められる?」

「任せてください! できる限りすばやく片づけます!」


 この作戦は僕と優紗ちゃんの適性に基づいている。


 ヒカルと季桃さんを含めた僕たちの中で、最も単独での戦いに強いのが優紗ちゃんだ。


 攻守のバランスに優れている上、ルーン魔術を使うタイミングを見極めるのもうまい。

 確実に相手を1体減らすことを考えるなら、優紗ちゃん以上の適任者はいないだろう。


 一方で僕は敵の攻撃を捌き、被害を抑えることに長けていた。

 エインフェリアになった初日はヒカルが攻撃、僕が防御を担当していたこともあって、そういった戦い方が定着したのだ。


 守備に意識を大きく割けるのであれば、スコルの子を2体同時に相手取ったとしても簡単に負けはしない。


 さすがに防ぎきれずに攻撃を受けることもあるが、エインフェリアとして強靭な肉体を持つ僕を打ち倒すには至らなかった。


「嘘っ!? ティンダロスの猟犬と正面から戦えるなんて……!?」


 僕たちが普通の人間であれば、簡単に制圧できたはず。

 心子さんが驚くのも無理はないだろう。


 エインフェリアは強大な力を持つが、外見は普通の人間と変わらない。

 だからさすがの心子さんでも、僕たちが人の枠を超えた戦闘能力を持っているなんて思わなかっただろう。


「会心の一撃! よし、1体仕留めました!」


 優紗ちゃんはスコルの子がとがった箇所へ逃げていくのを確認すると、すぐに僕の傍へ来てくれる。


 これで戦力は同数になった。


 心子さんは魔術師とはいえ、エインフェリアではない普通の人間だ。

 僕たちとスコルの子の戦いに割って入れるはずもない。


 僕は魔術起動装置に魔力を注ぎ、ルーン魔術を発動させる。

 今回セットしているのは氷の弾丸を発射することができる雹の魔石だ。


 敵の数が減ったことで僕も攻撃に手を回せるようになり、残る2体のうち1体のスコルの子を撃退することに成功する。


「優紗ちゃん、心子さんを捕まえて! どうしてスコルの子を使役しているのか聞き出さないと!」


 北欧の神々の認識では、スコルの子を使役する者はいないはずだった。

 それなのに心子さんはスコルの子を使役している。


 僕たちの戦闘能力を見誤っていたことを考えると、心子さんはエインフェリアのことは知らなかったはず。

 彼女がスコルの子をけしかけてエインフェリアを殺している可能性は無いだろうが、重要な参考人には違いなかった。


 優紗ちゃんは僕の意図を察してくれたようで、残る1体のスコルの子を僕に任せて心子さんの方へ向かう。

 身体能力の差を考えれば、心子さんはまともに逃げることもできないだろう。


 だが……。


「あ、あれ!? 消えた!? お姉ちゃんが消えました! いったいどこに!?」


 優紗ちゃんが心子さんに触れようとしたその時、心子さんの姿が突然消えたのだ。


 ふと気配を感じて振り返ると、僕を挟んで優紗ちゃんの反対側に心子さんが立っていた。


 瞬間移動? それとも今まで見えていたのは幻だったのか?


 魔術的な知識があれば判別できるのかもしれないが、残念ながら僕と優紗ちゃんには何が起きたのかわからない。


 心子さんが口を開く。


「……僕は優紗と季桃さんを殺した犯人を突き止めて、その企みを阻止しなければなりません。でも僕を逃がしてくれるはずもありませんし。だから、僕と出会ったことは忘れてください」


 そして彼女は僕たちを睨みつけながら、呪文を唱え始めた。

 呪文が一小節唱えられるごとに、僕たちは心子さんと出会ったことを思い出せなくなっていく。


「次に会うときには、貴方たちの正体を暴いて見せます」


 その言葉を最後に心子さんは姿を消した。


 残された僕たちは心子さんと出会ったことを完全に忘れ去り、残ったスコルの子を撃退すると、何事もなかったかのようにエインフェリア探しを再開してしまった。

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