13:恐るべき魔術師

 僕と優紗ちゃんが拠点へ帰ってくると、季桃さんが出迎えてくれた。


「2人ともおかえり。捜索はどうだった?」

「残念だけど、新しい仲間は見つからなかったよ」

「そんな簡単に見つかるものでもないし、仕方ないね」


 今思えば、僕たちがこうして出会えたのは運が良かったのだろう。


「仲間は見つからなかったけど、ポータブルシャワーは売ってたよ。折り畳めるウォータータンクもあったから、それも一緒に買ってきた」

「やった、ありがとう! これでシャワーを浴びれるね。こっちもシャワーを浴びるのに良さそうな場所を見つけられたんだ」


 ヒカルと季桃さんは、ここから少し離れたところに川を発見したらしい。


 その辺りなら廃墟を目当てにやってきた人も近づかないだろうし、シャワーで地面を濡らした跡を誰かが発見しても不審に思わないだろう。


「ヒカルにもポータブルシャワーのことを報告したいんだけど、どこにいるかわかる?」

「川の方にいると思うよ。ちょうどいいお湯加減を作る練習をしてるはずだから。案内しようか?」

「ありがとう、お願いするよ。ヒカルにも早く知らせてあげたいしね」


 季桃さんに案内されながら、僕たちは川へ移動する。


 川へ辿り着くと、ヒカルがルーン魔術を駆使してお湯を作る練習をしていた。


「うーん、これだとちょっとぬるいかなぁ。でも熱くしすぎると、冬の地面は冷えてるから温度差で湯気がすごいことになって目立つんだよね」


 などと、ヒカルはぼそぼそと呟いている。

 調整に苦戦しているようだが、そこまで深刻な様子はなさそうだ。


 ヒカルは僕たちに気づくと駆け寄ってくる。


「あっ、ユウちゃんお帰りー! 優紗ちゃんもお疲れ様ー! ……んん!? ……あれ!?」


 僕と優紗ちゃんを見つめながら、困惑の表情を浮かべてヒカルは立ち止まった。

 いったいどうしたのだろう。


「どうしたのヒカル? 何かお湯作りで困ったことでもあった?」

「ううん、お湯作りは概ね大丈夫。あとは微調整くらいだから。というか、何かあったのはユウちゃんと優紗ちゃんの方だよ! なんか2人に魔術がかけられてるんだけど!?」


 魔術がかけられている? 僕たちに?


 僕と優紗ちゃんにはまったく心当たりがなく、戸惑うばかりだ。


「なんだろ、これ……? まだ調べてる途中なんだけど、少なくともルーン魔術じゃないみたい」

「ルーン魔術じゃないって?」

「私は詳しくないけど、ルーン魔術以外にも魔術っていろいろあるんだよ。これに関しては私よりも、記憶を失う前のユウちゃんの方が詳しいんじゃないかな」

「え、僕?」

「だってユウちゃんは魔術師だもん。魔術についてはあまり話してくれなかったから、どんな魔術師だったのかは知らないけどさ」


 今の僕は魔術なんて微塵もわからない。

 つまり、記憶に無い2年間で魔術を学んだということだろう。


「僕は何をきっかけに魔術師になったの? 何があったら2年の間に魔術師になったりするんだろう」

「……動機としては私のためかな? 婚約者さんから魔術を学んだって聞いた」


 僕の婚約者って確か、季桃さんに似ているという……。

 ここでその人が絡んでくるのか。


 詳しく聞きたいが、今は僕と優紗ちゃんにかけられた魔術の話を優先した方がいいだろう。


「ユウちゃんと優紗ちゃんにかけられた魔術だけど、調べ終わったよ。精神操作の一種だね。記憶を曇らせる、といえばいいのかな。指定した出来事を思い出せなくするみたい」

「だから僕と優紗ちゃんは魔術をかけられた記憶がないんだね」

「それにしてもエインフェリアにこういった魔術を成功させるなんて……相手は相当な実力者だよ」

「エインフェリアには魔術が効きにくいってこと?」

「エインフェリアには魔術耐性があるからね。相手の状態を直接変化させるような魔術は特に効きにくいの」


 記憶を操作するのだから、僕と優紗ちゃんにかけられたのは相手の状態を直接変化させる魔術の一種だろう。

 相手はエインフェリアの魔術耐性を上回るほどの技量で、記憶を曇らせる魔術を成功させたことになる。


 僕と優紗ちゃんはいったいどんな記憶を思い出せなくなっているのだろうか。


「ユウちゃんと優紗ちゃんさえよければ、私がその魔術を解除しようか? 魔術体系が違うから、強引な方法になっちゃうけど」

「できるならお願いしたいな。優紗ちゃんもいいよね?」

「もちろんです。よろしくね、ヒカルちゃん」


 ヒカルは僕たちの許可を得ると、ルーン魔術を発動して記憶を曇らせる魔術を打ち払う。

 強引な方法ゆえに多少のめまいを感じたが、僕たちは曇らされていた記憶を思い出すことができた。



 ◇



 僕たちが襲われたのは、昼食を取り終えた12時過ぎ。

 新たなエインフェリアを探して、人通りのない裏路地を歩いている時のことだ。


 僕たちはエインフェリアを探すと同時に、一般人を巻き込まないように周囲に気を配っていた。

 しかしその人物は僕たちが気付かないうちに背後に忍び寄り、僕たちに声をかけてきたのだ。


「申し訳ありませんが、そこのお二方、少々お時間をよろしいでしょうか?」


 僕たちが驚いて振り返ると、そこには優紗ちゃんによく似た美少女が立っていた。 

 おそらく、彼女が優紗ちゃんの姉なのだろう。


 優紗ちゃん曰く、優紗ちゃんの上位互換のような存在。

 優紗ちゃんと彼女は歳が2つ離れているはずだが、2人は双子のようにそっくりだった。


 思わぬ人物と遭遇した僕たちは驚きで硬直する。

 そんな僕たちの様子を気にする素振りもなく彼女は言葉を続けた。


「はじめまして、僕は探偵の成大心子ナリタイ ココと申します」


 心子さんは『はじめまして』と言った。

 その一言で、優紗ちゃんはさらに固まってしまう。


 同じ名字、そっくりな顔立ち、優紗ちゃんの反応……、

 それらを考えれば、彼女は優紗ちゃんの姉で間違いない。


 しかし、なぜか彼女は僕らと初対面のように振る舞っている。

 心子さんは優紗ちゃんのことがわからないのだろうか。


 おろおろとする優紗ちゃんを僕は後ろに庇う。

 心子さんはそんな僕たちの様子を気にした様子もなく、言葉を続ける。


「何やらお困りのご様子でしたので、お声をかけさせていただきました。どうやらお二人は探しものをしているご様子。もしよろしければ、僕がお手伝いをいたしましょうか?」


 彼女はいつから僕たちの後ろにいたのだろう。

 まさか、ずっと前から追跡されていた……?


 僕たちが気づけなかった以上、五感が卓越しているエインフェリアにすら悟られないほど、心子さんは気配を消すのがうまい。

 明らかに只者ではなかった。


「こう見えても探偵としての腕はいいんです。きっとお役に立てると思いますよ」

「いや、気持ちはありがたいけど、大丈夫。別に探しものをしているわけじゃないしね」

「そうでしたか。勘違いをしてしまって申し訳ありません」


 僕の返事を予想していたような様子で心子さんは答えた。

 何もかもを見透かされているんじゃないか? そんな考えが頭をよぎる。


 エインフェリアの存在は、機密事項だ。

 一般人に知られてはいけない。


 でも心子さんの実力なら、僕たちの秘密を暴き立ててしまいそうな気がする。

 そんな迫力を、彼女から感じた。


 心子さんと会話を続けるのは得策では無いだろう。

 一刻も早くこの場を立ち去りたい。


「それじゃ、もう行くね。探偵のお仕事頑張って」


 僕は優紗ちゃんの手を引きながら、心子さんに背を向けて歩き始める。


 しかし心子さんは僕たちの正面へしとやかに回り込むと、今からが本題だと言いたげな様子で話し始めた。


「僕は今、とある殺人事件の調査をしております。その一環として、お二人にお尋ねしたいことがあるのです。差し支えなければお答えいただきたいのですが、よろしいですか?」


 僕が無視してその場を離れようとすると、心子さんは突然表情を変える。

 そして僕たちの返事を待たずに、彼女は言葉を続けた。


「優紗と季桃さんを殺したのは貴方たちですか?」

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