12:優紗ちゃんと探索

 僕と優紗ちゃんは他のエインフェリアを探して街中を散策している。


 狙い目はひと気の少ない公園や使われていなさそうな物件、川沿いの橋の下などだ。


 いくつか怪しい場所を捜索した後、しばらくして優紗ちゃんがおもむろに話を切り出してきた。


「他のエインフェリアを探そうと言い出してなんですが、正直に言うと見つかるとは思えないんですよね」

「え、そうなんだ……? 理由を聞かせてもらってもいいかな?」

「理由は2つあるんですけど、まず1つ目はエインフェリアになれる条件の厳しさです」


 エインフェリアになるための条件……。

 今までも何度か話題には出ていたが、きちんと聞いたことはなかった。


 健康で若い人じゃないといけないとか、魔術の才能がないといけないとか、いろいろあったはずだ。


「大雑把に言えば、肉体的な強さと、魔術的な才能の2つを満たしている必要があるそうですね。生前の時点で身体が強いほうが、エインフェリアになったときに強くなる傾向があるらしいです。スコルの子に安定して勝利できる、というのが最低ラインなのだとか」


 要するに、加齢や病気などで身体能力が基準に満たない人は、戦力として微妙なため、エインフェリアになれないということだ。


「なるほど。確かに僕も身体は強い方だと思うし、優紗ちゃんも持久走とかすごい身体能力してるよね」

「実は季桃さんもかなり運動できる人ですよ。ヒカルちゃんも運動神経は良いみたいですしね」


 優紗ちゃんは一呼吸おいてから話を続ける。


「では続いて、エインフェリアが見つからない2つ目の理由です。エインフェリアになれる若くて丈夫な人って、あまり死なないんですよね。死亡率的に。というわけで、1つ目と2つ目の理由を合わせて考えると、多く見積もっても、日本でエインフェリアが生まれるのは3日に1人ペースです」

「どうして生まれる頻度までわかるの?」


 僕が疑問を挟むと、優紗ちゃんは具体的な数字を出して論じてきた。


「エインフェリアになれそうな、15~29歳の年間死者数は約9000人なんですよ。その中で不慮の事故による死など、死亡の直前まで心身ともに健康だった死者は約20%なので、国内におけるエインフェリアの年間候補者は約1800人になりますね」


 優紗ちゃんはそんな細かい数字を暗記しているのか!?


 僕は優紗ちゃんの理知的な様子に少し驚いていた。

 勇者がどうとか言っていた、最初に彼女から受けた印象とだいぶ違う。


 言いよどむこともなく、すらすらと彼女は説明を続ける。


「エインフェリアになるためには、身体能力が高くないといけません。エインフェリア化の都合で性差は気にしなくていいらしいので、上位20%の身体能力の持ち主がなれると仮定すると年間360人。これに加えて魔術の適正も必要なため、こちらも上位20%の魔術適正が必要だと仮定すると年間108人になります」


 年間108人を月ごとに直すと、毎月9人。

 日ごとに直すと、3日に1人のペースでエインフェリアが日本で生まれることになる。


 確かに優紗ちゃんが言った通りだ。


「これでも少し甘めに仮定したつもりなんですよ。もう少し条件は厳しめかなぁと思っています。私と季桃さんの身体能力は上位10%に入るでしょうし、おそらく結人さんもそうじゃないですか?」

「そうだね。自分で言うのもなんだけど、運動はかなり得意な方だったよ」

「さらに北欧の神々から信頼を得られていないエインフェリアは、私たちのように特定エリアから出られないと考えられます。そう考えると、他のエインフェリアに会うのは難しそうですよね」


 そういえば、優紗ちゃんは水戸軽高校だと言っていた。

 水戸軽高校は春原市の隣にある水戸軽市にある高校で、僕とヒカルが住んでいたのも水戸軽市だ。


 季桃さんが住んでいた晴渡神社の本社も、水戸軽市のさらにもう1つ隣にある明日軽アスガル市にある。

 状況から考えると、春原市の周辺に住んでいたエインフェリアは春原市に集められているように見える。


「今月誕生する約9人のエインフェリアのうち、もう4人もここにいるんです。なのでこれ以上遭遇できる可能性って低いと思うんですよ。もちろん、全員がここに集められている可能性もありますので、捜索も必要ではあるんですけどね」


 ダメで元々、見つかれば儲けものくらいに考えればいいのだろう。

 仲間が増えたときの戦力増強はとても大きいし、見つからなくても僕たちが損をすることはない。


 僕は優紗ちゃんの考えに納得し、エインフェリア探しを続けることにした。





 その後も日が暮れる頃まで捜索を続けたが、新しいエインフェリアと遭遇することはなかった。

 そもそもいるのかもわからない相手なので、見つからなくても仕方がない。


「……さすがに初日で成果は出ませんか」


 優紗ちゃんが残念そうに呟く。


 予想した通りというニュアンスを込めた言葉のようだが、自分で呟いた言葉以上に優紗ちゃんは落ち込んでいるようだ。


「明日は見つかるかもしれないし、他のエインフェリアの方から僕らの拠点にやってくるかもしれない。だから大丈夫だよ。今後も見つからなかったとしても、僕がみんなを守るからさ」


 励ますようにそう言うと、優紗ちゃんは驚いたような顔をした。


「わ、私、そんな落ち込んでるように見えましたか!? ……失敗したなぁ。本当に大失態です。……そんな姿、誰にも見せるつもりはなかったのに」


 優紗ちゃんは何かを考えているようだが、それを僕に言うべきか迷っている様子だ。


 僕は彼女の考えがまとまるまで、静かに待つ。



 そして優紗ちゃんは、「季桃さんやヒカルちゃんには内緒にしてくださいね」と一言断りを入れてから、僕に話し始めてくれた。


「その……恥ずかしい話なのですが。今後も皆さんを守れる自信が無いんです。今はまだスコルの子に安定して勝てているわけですが、それがいつまでも続くとは思えません」


 優紗ちゃんは今の現状ではなく、ずっと先のことを気にしていた。


 今のところはうまく行っているけれど、それが続く保証はない、と。


 スコルの子はその場にいるエインフェリアを殺し尽くすと、とがった箇所から去っていくとカラスは言っていた。


 それはつまり、スコルの子に負けたエインフェリアがいるということだ。

 スコルの子に安定して勝てることが、エインフェリアになれる条件だというのに。


 スコルの子は個体によって姿や能力が異なる。

 一体一体の強さもバラバラだ。


 いずれはひと際強い個体に襲われることもあるだろう。

 でも、僕たちは1回でも負けたらダメなのだ。


「だから戦力を増やして、安全性を高めたかったんだね」

「はい……。戦力が増えれば、それだけ安心できますから」


 北欧の神々から信頼を勝ち取ることができれば、神々に他のエインフェリアを紹介してもらえるかもしれないが……。


 少なくとも今は期待できない。


「どんな敵が現れても勝てるくらい、私が強ければ良かったんですけどね。私がもっと頑張れれば……。私がお姉ちゃんと同じくらい優れていれば……」


 一緒に朝のマラソンをしていたときに話してくれたが、優紗ちゃんには彼女よりも優れた姉がいる。


 優紗ちゃん本人も天才といえるくらい優秀な人材だけど、姉と比較してしまって、少々自信を喪失しているようだった。


「優紗ちゃん一人で抱え込む必要はないよ。僕も精一杯頑張るからさ」


 優紗ちゃんは思いつめたような顔をしていたが、僕の言葉を聞いて少し無理やりに笑顔を作る。


「結人さんも記憶喪失で大変なのに、ありがとうございます。……確かに私1人で解決するのは現実的ではありませんね。約束してくれますか? 私と一緒に、ヒカルちゃんと季桃さんを守ってくれるって」

「もちろんだよ」


 約束……か。

 僕にとって、約束はとても重要なことだ。


 もうずっと昔のことになるが、僕の両親はすぐに戻ってくると僕に約束して、そのまま行方不明になった。

 何かの事故に巻き込まれたのか、それとも意図的に約束を破って僕を置き去りにしたのかはわからない。


 僕は帰ってこない両親をいつまでも待ち続けていた。

 約束は一度破られると、それまで積み上げた関係や信頼をすべて破壊して、破られた側の心に酷い傷跡を残す。


 だから僕は、結んだ約束は必ず果たすことにしている。


「約束する。僕たちで2人を守ろう」

「ありがとうございます。その……もし私が死んでしまったら、2人のことをお願いしますね」


 優紗ちゃんのその言葉に、僕は一瞬言葉が詰まった。


「死んでしまったらとか、そんなこと言わないでほしい。きっと大丈夫だからさ」


 僕がそう言って少ししてから、優紗ちゃんは重くなった空気を変えるようにわざとらしく微笑んだ。


「そうですね、私らしくありませんでした! なんと言っても、私は勇者ですからね! きっと全部うまく行くに決まってますよ!」


 優紗ちゃんが変えてくれた空気を維持するために、僕も優紗ちゃんのテンションに付き合う。


「優紗ちゃんはどんな人が仲間になってほしい?」

「ファンタジーの定番として、弓使いが加入してほしいですね! 今の勇者パーティにはいない人材ですので!」


 僕たちはその雰囲気を維持したまま、もう少しだけ仲間探しをしてから神社の廃墟へ戻ることにした。


 優紗ちゃんと今日一日過ごしてみて、彼女に対する認識が大きく変わった気がする。

 彼女に対して最初に抱いていた印象は、中二病チックな変わった女の子というイメージだった。


 優紗ちゃんがそういったノリを好んでいることは間違いないのだろうけれど、場の空気が重くなりすぎないようにする意図もあるのだろう。


 想像以上に彼女は聡明で、先のことを見据えていた。


 この先、どんな化け物と戦うことになるかはわからない。

 一日に何度も戦うことになる、スコルの子についてすら、まるでわかっていない。


 そんな状況だけど、優紗ちゃんは全力で立ち向かおうとしている。

 彼女の負担が少しでも軽くなるように、僕も頑張りたいと思った。

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