11:スコルの子の謎
「隙を見つけた! これで終わり!」
ヒカルが槍でスコルの子を貫く。
力の差を理解したスコルの子は、いつものように霧状に変化して、とがった箇所へ吸い込まれるように消えていった。
「みんなお疲れ様。怪我はない?」
「大丈夫です。もし何かあっても、ルーン魔術で治療すればいいですしね」
初日に比べると僕たちもだいぶ戦い慣れてきた。
スコルの子は個体によって姿も能力も違うが、弱い個体ならこちらが1人で相手が多数でも勝てるだろう。
ただし、強い個体もときどき現れるので、油断が厳禁なのは変わらない。
ちなみに僕たちの中で、一番強いのは優紗ちゃんだ。
まあ得意なことがそれぞれ違うから、比較するものではないかもしれないけど。
味方を守ることに関しては僕が一番で、ルーン魔術はヒカルが一番。
単純な身体能力なら季桃さんが一番だ。
優紗ちゃんは要所要所では僕たちに負ける部分もあるけど、全部が高レベルでまとまっているから一番強いって感じ。
ゲームで言えば勇者ポジションだろうか。
剣も魔法も万能にこなせるけど、専門職には少しずつ劣る。
でも総合的にはめちゃくちゃ強い、みたいな。
「今更だけど、スコルの子っていったい何なんだろうね」
「エインフェリアになりたての私たちでも普通に倒せていますよね。まあ、毎回逃げられてとどめはさせていないようですが」
そう言えば確か、スコルの子以外の化け物は既にほとんど殲滅済みだとカラスが言っていた。
しかし逆に言えば、スコルの子だけは倒しきれていないと言える。
それだけ厄介な敵なのだろうか。
ヒカルによると、北欧の神々もスコルの子については全然理解できていないらしい。
「エインフェリアだけを狙うってのも変だなーと思ってるけど、なんでスコルの子はそんなことをするのかな?」
動機を考えようとしても思いつかない。
化け物の動機を考えるのは難しい。
「そういえばどうしてスコルの子って名前なんだろ? 『子』というなら親がいるはずだよね」
僕がそう言うと、季桃さんが返事をしてくれる。
「北欧神話には太陽を追い回す怪物がいて、その怪物をスコルって言うんだよ。カラスに確認したけど、エインフェリアを追い回すから、その逸話から名前を取ってスコルの子なんだって。だから名前の元になっているスコルとは何の関係もないってさ」
名前に意味はないのか……。
ちなみに元ネタになっているスコルは完全に作り話で、神話の時代にも実在しなかったとカラスが言っていたそうだ。
それからしばらくして、カラスがやってくる時間になった。
昨日は1羽だけだったが、今日は2羽ともいる。
スコルの子について念のため聞いてみようか。
既に季桃さんたちがカラスに質問済みのようだけど、僕はまだ直接聞いてないし。
もしかしたら何か新情報が出てくる可能性だってゼロじゃない。
「スコルの子について、より詳しく教えていただきたいです。僕たちが最も頻繁に戦う相手だと思うので」
僕がそう尋ねると、2羽のカラスは快く応じてくれる。
「いいだろう、我らの知る限りを教えよう。だが、我らが持つスコルの子に関する知識は少ない」
「スコルの子は神話の時代から我らに害為す存在であるが、我らはやつらについて全く理解できていないといえる」
「判明しているのは尖った箇所から現れること、姿形や強さが個体により様々であること。そして、エインフェリアのみを狙うことが挙げられる」
今までにも聞いていた通りだ。
どうしてエインフェリアを狙うんだろう。
「スコルの子はその場にいるエインフェリアを殺し終えると、とがった場所から消える。そのため、やつらの目的はエインフェリアの殺害だと思われる」
「しかしなぜとがった箇所から出入りするのか、なぜエインフェリアを狙うのか、それは完全に不明だ」
エインフェリアが死ぬと去っていくというのは初耳だ。
やはり過去には、スコルの子に殺されてしまったエインフェリアもいるのだろう。
今のところは安定して勝てているが、油断できる相手ではない。
「スコルの子とは一切の対話ができない。どのような手段を用いても意思疎通を図ることができなかった」
「一応、やつらには一定水準以上の知性が備わっているようだ。なぜかといえば、複数の個体間で高度な連携を見せることがあるからな」
「また、スコルの子を使役するような者は発見されていない。おそらくは自らの意思でエインフェリアを殺害しているはずだ」
使役している者はいない。
そうなると本当に襲ってくる理由がわからないな。
怪物には怪物なりの行動原理があるとしか言えず、人間的な考察を挟む余地はなさそうだ。
カラスたちが知っているのはこれで全てらしい。
本当に全部か? 実は隠していることがあるのでは? と思わなくもないけれど。
これ以上の情報を聞き出せそうにはない。
話を終えると、カラスたちは去っていった。
「今日はこれからどうしようか?」
3人に尋ねると、ヒカルが勢いよく手を挙げた。
「はいはい! はーい! 私はシャワーを作りたいです!」
それに対して季桃さんが「シャワーなんて作れるの?」と反応する。
「炎と氷のルーン魔術を組み合わせれば、たぶんお湯を用意できますよ! どのくらい用意できるかは、試してみないとわかりませんけど」
「でも作れそうって思えるくらいには勝算があるんだ! すごいすごい!」
季桃さんのテンションが高い。
シャワーを浴びられる可能性があるのが嬉しいようだ。
僕たちはいつスコルの子に襲われるかわからないため、銭湯に行くことができない。
今まではタオルで身体を拭く程度しかできなかったが、シャワーが実現すれば生活環境が大きく改善されるだろう。
「お湯を確保できるなら、あとは散水装置の確保と装置の設置場所だね。設置場所は水場がいいよね? 濡れた跡を誰かに見られたら廃墟に私たちがいることがバレそうだし」
季桃さんによると、この山のどこかに川があるらしい。
具体的な場所は覚えていないそうだが、探せば見つけるのは難しくなさそうだ。
「場所とお湯は確保できるとして、シャワーを出す装置はどうしたらいいのかな。何かいいアイデアはある?」
「アウトドア用品にポータブルシャワーっていうのがあるね。大きなスポーツ用品店にしかないから、この近くに売っているかはわからないけど。無ければ自作するしかないな」
「自作かー。まあ、作れないこともなさそう。要するに、貯水タンクと散水用のノズルがあればいいわけだし」
確かに季桃さんの言う通りなのだけど、季桃さんがそういった工作が得意とは思わなかった。
季桃さんって神社の巫女なわけだし、工学的なことに縁が無さそうだけど。
「実は大学は工学部の機械科に通ってたんだよね。だから一応、得意分野ではあるよ」
「そうなんだ!? 季桃さんって神職が通う学部学科の出身だと思ってた」
「元々は実家で働くつもりはなくて、就職のしやすさで進学先を選んだの。結局は実家で働くことにしたんだけどね」
途中までは就活もしていたと季桃さんは笑いながら言う。
そんなとき、ヒカルが僕の肩を叩いて耳打ちしてきた。
「そういえば、季桃さんによく似てるユウちゃんの婚約者さんも、大学は工学部の機械科だったらしいよ。こんなところも似てるなんて、ちょっとすごいね」
なんでそんなことを僕に言うんだ。反応に困る……。
でもそれもそうか。
僕の就職先は金属加工会社なのだから、同じ会社に勤めていた僕の婚約者も、工学系の学部を出ているのが普通だろう。
優紗ちゃんが僕に声をかけてくる。
「季桃さんとヒカルちゃんがシャワーの設置場所を探すなら、結人さんは私と一緒に町を探索してみませんか? 私たち以外のエインフェリアを探したいんです。運がよければ新たな仲間に出会えるかもしれません」
確かに戦力が増えれば、もっと安心して戦える。
どうせポータブルシャワーを探しに行く必要があるし、ちょうど良いだろう。
「なるほど。じゃあ探索してみようか。僕たちは安定した拠点を手に入れられたけど、そうじゃないエインフェリアがいたら力になれるかもしれないしね」
「その通りです! さすが結人さんはわかってますね。困っている人がいれば、助けに行かねばなりません! こうして勇者ユサの勇者パーティーを結成していくんですよ!」
人助け、という部分が琴線に触れたのか、優紗ちゃんはすごく楽しそうだ。
勇者パーティはともかく、エインフェリアが他にもいるなら、安全のためにも仲間は増やしておきたい。
「今日の方針は決まったね。じゃあ夕食のときにでも報告し合おうか」
「異議なーし。ユウちゃん、優紗ちゃん、また後でね」
シャワーの設置場所については、ヒカルと季桃さんに任せれば大丈夫だろう。
僕と優紗ちゃんはエインフェリアを探しに、町へ探索に出かけることにした。
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