10:優紗ちゃんと朝訓練

 僕たちがエインフェリアになって3日目の朝が来た。

 今は午前5時ごろだ。


 昨夜のうちにスコルの子対策の見張りの順番を決めており、僕は4人目の夜番として待機していた。

 午後6時頃にはカラスが来ると思われるので、その頃に全員を起こす予定になっている。


 けれど優紗ちゃんは予定よりも早く目が覚めたようで、起き上がって僕に声をかけてきた。


「結人さん、おはようございます」

「おはよう、優紗ちゃん。優紗ちゃんはまだ寝ててもいい時間だけど、もう起きるの?」

「そのつもりです。エインフェリアになる前から睡眠時間は短めでしたし、早起きは得意だったんですよ」


 若いのに早起きが得意なんて珍しいなぁと思う。


 まあ、僕も早起きは得意なのだけど。

 一緒に住んでいた祖父母が早寝早起きだったので、それに合わせて生活をしているうちに得意になったのだ。


 そう考えると生前はヒカルも僕と一緒に暮らしていたはずなので、ヒカルも早起きは得意かもしれない。

 神社の朝は早いというし、おそらく季桃さんも早起きは得意だろう。


「もしかしてここにいる4人全員が、朝に強い人たちなのかな」

「身体能力などが優れた人しかエインフェリアになれないそうなので、そういう人が集まりやすいのかもしれませんね」


 エインフェリアになるには条件があるってヒカルも言っていたな。

 健康で若いとか、魔術の才能があるとか、今までもいくつか条件を聞いていたけど、身体能力にも優れていないとエインフェリアになれないのか。


「では私はランニングをしてきます。生前からの日課なんですよ。結人さん、引き続き夜番を頑張ってくださいね」

「わかったよ。気をつけていってらっしゃい」


 使い魔のカラスが来る頃には戻ると言って、優紗ちゃんは社務所から出て行った。



 それから30分が経過した頃に季桃さんが目覚める。

 ヒカルはまだまだ眠っているようだ。


「あれ? 優紗ちゃんはどこに行ったの?」

「走りに行ったよ。日課なんだってね」

「あぁなるほど。昨日は人数に余裕がなかったから、日課ができなくて残念そうにしていたんだよね」


 確かに2人だけだとスコルの子対策の見張りをどちらかがしないといけない。

 睡眠時間も短くなるし、日課のランニングを行うほどの余裕は持てないだろう。


「……そろそろ起きる予定の時刻だけど、ヒカルは起こした方がいいんだろうか? 気持ちよさそうに寝ているところを起こすのもな」

「カラスが来るか、次にスコルの子が現れたときに起こせばいいんじゃない?」


 季桃さんの言う通りなので、ヒカルはもう少し寝かせてあげよう。


 僕の夜番もそろそろ終わる。

 優紗ちゃんは今も1人で走っているんだろうか。


 さすがに優紗ちゃんの方にスコルの子が現れたら戻ってくるだろうし、何事もないとは思うけど。


「季桃さんにヒカルのことを任せてもいいかな? 優紗ちゃんの様子を見てきたいなと思ってね」

「いいよ。たぶんまだ走ってると思うし、一緒に走ってきたらいいんじゃないかな。並走する人がいたら優紗ちゃんも喜ぶよ」


 僕は季桃さんにお礼を言って社務所の外へ出る。



 社務所を出て優紗ちゃんを探すと、幸いにしてすぐに見つかった。


「あっ、結人さん、おはようございます。……って起きたときにも言いましたね。ヒカルちゃんと季桃さんはどうしてますか?」

「季桃さんは起きているけど、ヒカルはまだ寝てるね。カラスが来るまで時間があるし、それまで僕も優紗ちゃんと走ってもいいかな?」

「もちろんですよ。それでは一緒に走りましょうか」



 僕たちは神社の内外を周るように走り始める。

 まずはエインフェリアになる前でも無理のないペースからだ。


 優紗ちゃんが走りやすいコースを見つけてくれていたので、地形が悪くて怪我をすることもなさそうだ。


「おそらくですが、一周で250メートル程度のはずです。学校のグラウンドと同じくらいですね」

「どうやって測ったの? 測量器具とか持ってないよね」

「生前と同じくらいのペースで走ってみて、かかった時間から割り出しました。精度が良いとは言えませんが、一周に50秒ほどかかったのでおよそ250メートルのはずです」


 つまり生前の優紗ちゃんは50メートルを10秒のペースで毎朝走っていたわけだ。


 ……あれ? 50メートルを10秒って、ジョギングやランニングにしては速すぎない?

 確か足が遅い女子の50メートル走がそのくらいだから、ほとんど全力疾走じゃないかな。


 僕が驚きの表情を浮かべていると、優紗ちゃんが補足してくれる。


「女子マラソンの日本記録と同じくらいのペースですね。私は42キロメートル全部はきついですけど、半分くらいなら全然平気なので毎朝1時間くらいはそのペースで走ってました」

「すごい……。優紗ちゃんって陸上部?」

「いえ、剣を振り回したかったのでスポーツチャンバラ部に入っていました!」


 ゆるい部活だから、ゲームやアニメの技名を叫びながら遊んでいても叱られない、というのが入部の決め手だという。


 なんというか、優紗ちゃんらしいエピソードだ。


「走り始めたのは2つ歳が離れたお姉ちゃんの影響です。まあ、お姉ちゃんも陸上部ではありませんけど」

「優紗ちゃんのお姉さんかぁ。なんかすごそうだね」

「はい! お姉ちゃんはすごいんですよ!」


 優紗ちゃん曰く、お姉さんは優紗ちゃんの上位互換のような存在で、何でもできるスーパーウーマンらしい。


 様々な知識に精通し、頭の回転も早く、スポーツ万能な上に格闘技の達人なのでそこらの男性よりも遥かに強いという。

 体力面に関しても優紗ちゃんよりもずっと優れているそうだ。



「私もいつかはお姉ちゃんに追いつきたいと思うのですが、全然ダメですね」


 話を聞く限り、優紗ちゃんもかなり頑張っているし、実際に様々な分野で飛びぬけた成績を残しているようではあるけれど……。

 お姉さんが凄すぎて霞むというのもわからなくもない。


 普通に考えれば優紗ちゃんも天才と呼べるくらい、めちゃくちゃに凄いんだけどな。


「でも優紗ちゃんも頑張ってるみたいだし、きっといつか追いつけるよ」

「そうですかね? ありがとうございます。そういってもらえると嬉しいです」


 そう言って優紗ちゃんは笑顔を見せてくれる。


「走るペースを上げていいですか? お姉ちゃんの話をしたのでもっと頑張りたくなりました」

「いいよ。どこまで優紗ちゃんについていけるかわからないけど、僕もできる限り一緒に走るよ」

「ありがとうございます! 心強いです」


 それからしばらくの間、ヒカルが起きてくるまで僕たちは走り続けた。



「うわ。ユウちゃんも優紗ちゃんも朝から頑張りすぎでしょ」

「優紗ちゃんと話してたら気分がノッてきたからさ。つい走り込んじゃったんだよね」


 僕たちは少しずつ走るペースを上げ、最終的には一周あたり25秒ペースまで速くなった。

 一周は250メートル。それを25秒ペースで走るので100メートル10秒である。100メートル走の世界記録並みの速さだ。


 やろうと思えばもっと速く走れるけれど、ほどほどに、というペースに抑えてこれだ。


 100メートル走の世界記録のスピードで、マラソンのように長時間走るなんて、人間の身体では考えられない。

 しかも走っていた場所はきちんと舗装されているとは言い難く、コースも直線ではない。


 それなのにまだまだ余裕があった。

 改めて、エインフェリアの身体能力に驚かされる。


「それにしても結人さん。エインフェリアになったとはいえ、よく最後までついてこれましたね。生前は何かスポーツでもしていたんですか?」

「スポーツはやってなかったけど、祖父がアウトドア好きでさ。昔から海とか山へ頻繁に連れ出されてたんだよね」


 今は亡くなってしまった祖父母のことを思い出す。

 荷物はいつも僕が多く持つようにしていたから、平均以上には体力があったはずだ。


「そうなんですか。ということはヒカルちゃんも?」

「私はそうでもないかな……。私が久世家に来てからは行かなくなったから……」


 ヒカルにとってNGな話題だったようで、ヒカルは消え入りそうな声で答えた。

 まずいと思ったのか、優紗ちゃんがすかさず他の話題に変える。


「そうだ! ヒカルちゃん、バーストの様子でも見に行く? 餌やりはカラスと話した後のつもりだったけど、今からでも問題ないし」


 優紗ちゃんの提案にヒカルは小さく頷いて返す。

 ヒカルを元気づけるように、優紗ちゃんは明るい声で「じゃあバーストを探しに行こう!」と先導し始めた。



「バーストどこですかー? 聞こえてたら出てきてくださいー!」


 猫のバーストは、探し始めるとすぐに見つかった。

 優紗ちゃんが隠し持っていた猫缶を取り出し、ヒカルが受け取ってバーストに餌付けする。


 猫の食事風景で癒やされたのか、ヒカルの悲しそうな表情も少しは晴れたようだ。


 ヒカルには聞こえないくらいの声量で、優紗ちゃんが僕に話しかけてくる。

 エインフェリアは耳が良いが、それでも聞こえさせない程度の微かな声量だ。


 小さすぎて僕自身も正直かなり聞き取りにくいのだが、ヒカルへ対する優紗ちゃんの気遣いが感じられた。


「ヒカルちゃんに笑顔が戻って安心しました。やはり猫は偉大ですね」

「そうだね。ありがとう、助かったよ」

「いえ……。私の不用意な発言でヒカルちゃんに辛い記憶を思い出させたようなので、お礼を言われるようなことでは……」


 優紗ちゃんは生前、友達が落ち込んでいたときにもこんな感じで猫を眺めさせることで元気づけたことがあったらしい。


「ヒカルちゃんも猫が好きと言っていたので、うまくいってよかったです」


 僕たちは猫に餌付けをしているヒカルを見守る。


 優紗ちゃんは他人を気遣えるとても良い子だ。

 そんな彼女がヒカルと仲良くしてくれて、本当に嬉しく思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る