09:第一回、北欧神話勉強会

 社務所の休憩スペースへ戻ってくると、季桃さんは本を読んでいた。


「季桃さん、何を読んでるの?」

「北欧神話の本だよ。初心者向けの簡単なやつだけどね。大まかな内容は知ってるけど、復習用に買ったの」


 そういえば季桃さんはいろいろな神話に詳しいと優紗ちゃんが言っていたな。

 北欧の神々がヒカルに深く関わっているなら、僕も北欧神話について知っていた方がいいだろう。


「季桃さん、よかったら北欧神話について教えてもらってもいい? 僕は北欧神話について全然知らなくて」

「いいけど、私もそんなに詳しくないよ」


 あれ? と僕は少し戸惑ったが、優紗ちゃんが呆れた様子で口を開く。


「季桃さんっていろいろな神話に詳しいけど、自覚無いんですよね」

「親が日本神話を勉強しろって押し付けるから、それに反抗して別の神話の本を少し見てた時期があっただけだしなぁ」


 なんで日本神話、と思ったが季桃さんが神社の娘だからか。

 優紗ちゃん曰く、季桃さんの反抗期は長期に渡って盛大に行われていたせいで、彼女の言う「少し見ていた」は「全然少しではない」らしい。


 幼い頃から日本神話に触れているから、神話に対する「詳しい」の基準が普通の人とかけ離れているようだ。

 専門家が隣接分野に対して「素人質問で恐縮ですが」とか言うようなものだろう。



「まあ、とりあえず入門的なところから説明しようか。……すごく今更な確認なんだけど、結人さんとヒカルちゃんもここを拠点にするって認識でいいよね?」


 そういえば、その辺りのことはきちんと確認していなかった。

 ヒカルと優紗ちゃんはすっかりその気でいたらしく、「ほんとだ確認してない!」などと言っている。


 僕としても、ここを拠点にさせてもらえるならありがたい。


「季桃さんと優紗ちゃんさえよければ、僕たちもここを拠点にしてもいいかな?」

「もちろん。それなら北欧神話勉強会は何回かに分けてやれそうだね。私たちに関係ありそうなところをできるだけ早めに説明するようにするよ」



 それから1時間ほど後のこと。

 季桃さんが何を話すか整理がついたということで、僕たちは夕食を取りながら勉強会を行うことになった。


「では第一回、北欧神話勉強会を始めます!」


 季桃さんがそう宣言すると、優紗ちゃんが「やったー! ドンドン! パフパフ!」と盛り上げる。


「初めて北欧神話に触れる人向けの説明なので、厳密じゃないところもあるよと先に言っておくね。だからヒカルちゃんの知識と相違があっても、今日のところは流してもらえると嬉しいな」

「はーい。わかりました! といっても私はそんなに詳しくないですけどね」


 ヒカルは北欧の神々と関わりを持っているようなのに、北欧神話には詳しくないらしい。


 なんというか、ヒカルが持っている北欧神話知識はかなり偏っているそうなのだ。

 マイナーなことを知っているのに、基本を押さえていなかったりするという。


 そのため、ヒカルも季桃さんの北欧神話講座を楽しみに待っていた。


「今回は北欧神話の世界観と、北欧神話の大まかな流れについてです」


 そんな感じで季桃さんの説明が始まる。


「まず世界観を説明すると、北欧神話の世界には人間以外にも、神々や巨人、エルフやドワーフなどが住んでいます」

「エルフとドワーフってファンタジーとかによく出てくるやつだよね。北欧神話が元だったんだ」

「そうだよ。ただ、北欧神話で重要なのは人間、神、巨人の3種だから他の種族は忘れていいよ」

「そ、そうなんだ……。わかった。重要なのは人間、神、巨人だね」


 ここで1つ注意が必要なのは、北欧神話の巨人は、巨大な人間のことではないと言うことだ。

 巨大な力を持つ人形種族、というわけでこっちも神なのだという。


 人間に交友的な神を普通に神と呼んで、敵対的な神を巨人と呼ぶ、と思えばOKらしい。


「はい、これで世界観説明は終わり! ここまでで何か質問ある?」


 特に聞くことはなかったので、大丈夫だと伝える。


「じゃあ今回の講座のメイン、北欧神話の大まかな流れについて」


 そういって季桃さんは次のような話をしてくれた。





 むかしむかし、世界には人間を滅ぼそうとする巨人たちと、人間を守り繁栄を目指す神々がいました。


 神々と巨人は敵対していたので、小競り合いをしながら、城塞を築いたり、強い武器を集めたりしていました。


 このとき、神々に多大な貢献をしていたのが、神々の父オーディンとその義兄弟のロキです。


 オーディンは魔術の神であり、軍略の神でもあります。


 彼は類稀なるその能力でルーン魔術を生み出したほか、使い魔のカラスを用いて世界の情勢を常に把握していました。


 義兄弟のロキは神と巨人の間に生まれたハーフです。


 ロキは巨人の血を引いているからか、意地の悪いところもありましたが、とても知恵の回る神でした。


 神々が暮らす城塞、神々が誇る強力な武具、そういったものは全てロキの知恵で手に入れたものなのです。


 オーディンとロキを始めとする力ある神を中心に、神々は人間を助けながら幸せに暮らしていました。


 しかしあるとき、ロキは神々を裏切って巨人たちの側についてしまいます。


 さらにロキは悪知恵を使って、オーディンが最も愛していた息子を殺害してしまうのです。


 これがきっかけで神々と巨人たちは全面戦争へと発展し、その戦争は人間やエルフ、ドワーフなども巻き込みます。


 オーディンは神々やエインフェリアを率いてロキや巨人たち、その他の軍勢と戦い続けます。


 しかし戦争の中でオーディンもロキも戦死し、最後は炎の巨人が自分もろとも世界を焼き尽くしてしまいました。


 こうして北欧の地に生きるものたちは死んでしまったのです。


 けれど、これで終わりではありません。滅びの後には再生が訪れます。


 オーディンは生前に尽くした知略により、2人の人間と4人の神々を生き残らせることに成功したのです。


 さらに死んでしまったオーディンの息子のうち、2人が冥府から蘇ります。


 戦争を乗り越えた6人の神々と2人の人間は力を合わせ、巨人たちがいなくなった世界を復興させます。


 このとき生き残った2人の人間が、今に生きる私たちの祖先となったのです。





「だいたいこんなところかな。伝承によって細部は違うけど、私が知ってるのはこんな感じだよ」


 ざっくり言えば、オーディンとロキという、特に強い力を持った2人の神が起こした大戦争のお話だった。


 伝承の通りだとしたら、僕たちをエインフェリアにしたのは生き残った6人の神々ということになるのだろう。


「オーディンってやっぱり凄い神様なんですね」


 どうやらヒカルは神々の長であるオーディンに興味を持ったらしい。

 ルーン魔術を使う者として、ルーン魔術を生み出したオーディンには思うところがあるのかもしれない。


「ロキはなぜ神々を裏切ったのでしょうか……? 動機がまったく想像つきませんね」


 優紗ちゃんはロキに興味を持ったようだ。

 ただの伝承であれば、登場人物の動機など大した重要性は無いかもしれない。


 しかし北欧の神々が実在しているのなら、ロキが裏切った理由は重要な意味を持つ可能性がありそうだ。


「残念だけど、ロキが裏切った動機については伝承で全く語られていないんだよね。生き残った6人の神々についてはまた次の機会に話すよ。個別に伝承がある神もいるから、そのうちね」

「わかった。そのときはよろしく頼むよ」


 こうして第一回北欧神話講座は終了した。

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