08:それぞれの大切なもの
優紗ちゃんの命令で、全員が名前で呼び合うことに決定してしまった。
僕と季桃さんはまだぎこちないものの、なんとかならなくもない程度には落ち着いている。
ちなみにヒカルは優紗ちゃんとすぐに仲良くなった。
最初にひるんでいたのは何だったのかと感じるくらいだ。
そんな僕たちは現在、お互いが置かれている状況について情報交換を行っている。
「結人さんは記憶を取られたとは聞いていましたが、エインフェリアになった直後の記憶も無いんですか!? それは本当に大変でしたね」
「まあね。でもヒカルがいてくれたからなんとかなったよ。ありがとね、ヒカル」
「えへへ。どういたしまして」
そういえば僕以外の3人は大切なものとして何を取られているんだろう?
聞くタイミングを逃してしまって、ヒカルにすらまだ聞けていない。
質になるくらい大切なものだからデリケートな話になるだろうが、可能なら聞いておきたいところだ。
「みんなは北欧の神々に何を取られているの? 差し支えなければ、教えてもらってもいいかな?」
最初に返事をしたのはヒカルだ。
「ごめん、私は内緒。北欧の神々に許可をもらっている人にしか公開できない内容なの」
そんなパターンもあるのか。
ヒカルは自力でルーン魔術を扱えたりするし、なぜか一般のエインフェリアには非公開になっている情報を知っていたりと謎が多い。
今思えば、ルーン魔術を自力で扱える義妹って何なのだろう。
どこでルーン魔術を学んだのか聞いてみたが、それも許可がないと答えられないと言われて不明のままだ。
続いて季桃さんが「私は晴れを取られてるよ」と教えてくれる。
「晴れを取られる……ってどういうこと?」
「私から見ると、屋根のない場所はずっと雨が降ってるの。土砂降りってわけじゃないんだけど、ポツポツと」
例えるなら合成映像を見せられているイメージに近いらしい。
当たったときに濡れたりもしないという。
季桃さんの実家である晴渡神社は名前の通り、晴れを祭っているそうだ。
祭事も晴れ関連のものばかりで、季桃さんを含めて晴渡神社の人たちはみんな晴れが好きなのだとか。
使い魔のカラスは各々が大切にしているものを自動判別して質にする、と言っていたがまさに典型例と言えるだろう。
残るは優紗ちゃんが何を取られているかだが……。優紗ちゃんは少し困った様子を見せていた。
「言いにくいことなら無理しなくていいよ。デリケートな話だしね」
「そういうわけじゃなくて。私、何を取られたのかわからないんですよね」
詳しく話を聞くと、ごまかすために嘘をついているわけではなくて、何が取られたのか本当にわからないらしい。
カラスですら「何が起こっている!?」と困惑するくらい、前例がない事象なんだとか。
「大切なものを奪う魔術は正常に作動してるそうですよ。だから何かは間違いなく取られているはずなんです。でも何かを取られた自覚は全くないので、私は実質的に何も取られていないようなものですね」
エインフェリアがこれまで何人いたのかはわからないが、神話の時代から続いているとしたら、かなり歴史があるはずだ。
それなのに優紗ちゃんは前例がないという。
何を取られたのか公開するのに神々の許可が必要なヒカルもイレギュラーな雰囲気があったが、優紗ちゃんはそれ以上にイレギュラーなのかもしれない。
でも優紗ちゃん本人は楽しそうだ。
「前例が無いってなんだか特別感がありますよね! 選ばれし者って感じで! 選ばれし勇者ユサの伝説が幕を開けそうです!」
という感じで彼女は興奮している。
一応、気にしてはいるようで、
「何が取られたのかわからない、というのは不安でもありますけどね」
とも言っていた。
何を取られたのか探るため、優紗ちゃんはカラスから質として取られるものの典型例を聞いてみたらしい。
一番よくあるパターンは物品の没収なのだそうだ。
例えば、結婚指輪や故人の写真、お守りなどが一時的に消滅するという。
次にあるのよくあるパターンは、記憶の没収。
とはいえ、僕のように一定期間の記憶が全部消えることは珍しく、基本的には極々一部のことが思い出せなくなる程度らしい。
自分の名前や愛する人の名前、大切な思い出の場所などがわからなくなるという。
他には季桃さんのようにある種の幻覚によって、何かを見たり感じたりできなくなることが一般的だそうだ。
ちなみに、質を取る魔術は第三者に波及しないような仕組みになっていて、エインフェリアの家族など、他人が質となることは無いらしい。
「いかがでしたか? まあ、この中に私が取られたものは無いんですけどね」
本人にもわからない以上、僕があれこれ考えても正解に辿り着ける可能性は極めて低いだろう。
優紗ちゃんが何を取られたのか自覚できたとき、心理的にショックを受けることだってあるかもしれない。
まだ出会ったばかりの身ではあるけれど、そのときに力になれたらと思う。
「でも猫に嫌われるとかじゃなくてよかったですよ。猫好きなので」
「確かに言われてみれば、優紗ちゃんの質が猫関連じゃないのは意外かも」
優紗ちゃんの発言に季桃さんが追従する。
生前から優紗ちゃんと交流がある季桃さんがそう言うってことは、自他共に認めるくらい猫が好きなんだろう。
季桃さん曰く、優紗ちゃんが晴渡神社の周囲で猫に餌付けをして、神社を猫だらけにしてしまったこともあるらしい。
それなのに、他に優先して取られたものがあるなんて本当に謎だ。
「そうだ! 実はこの廃墟にも猫が1匹いるんですよ。よかったらヒカルちゃんと結人さんも見ますか?」
「そうなんだ! 見たい見たい!」
「ヒカルも猫が好きなんだね」
「友達が猫好きだったから少し影響受けたんだよね」
ヒカルも乗り気だし、せっかくなので僕も見に行くことにする。
季桃さんは社務所でお留守番だ。
季桃さん視点だと雨が降っているように見えるので、あまり外に出たくないんだとか。
スコルの子が現れたなら協力して倒さないといけないが、それ以外なら各々が自由に行動しても問題ないだろう。
外に出ると辺りは暗くなり始めていた。
もうすぐ太陽が地平線に沈んでいく頃だろう。
「バーストいますかー? いたら出てきてくださーい」
優紗ちゃんが猫の名前を呼んでいると、手水舎の影から一匹の猫が姿を現した。
「あっ、いた! あの子だよね?」
「そうだよ。バーストを驚かせないようにしてあげてね」
「はーい」
こんなところにいるので野良猫なのだろうが、警戒する様子もなく猫のバーストは近づいてくる。
「ヒカルちゃんが餌をあげる? 私が猫缶を持ってるからバーストにあげられるよ」
「え、なんで持ってるの。いつの間に用意したの?」
「昨晩、バーストを見つけてすぐに猫缶を何個か買いに行ったの。そのうちの1つをコートの内ポケットに常備してたんだよ」
内ポケットにいれているのは、冬の外気で猫缶が冷たくなって食べにくくなるのを防ぐためらしい。
本当に猫が好きなんだなぁ。
「猫の名前は優紗ちゃんがつけたの?」
「はい、季桃さんと一緒につけました。できれば北欧神話に出てくる猫の名前をつけたかったんですけどね」
季桃さんはいろいろな神話に詳しいらしく、優紗ちゃんは北欧神話に出てくる猫の名前を拝借するために彼女の知恵を借りたらしい。
けれど残念ながら北欧神話には名前がついている猫がおらず、仕方なく他の神話に登場する猫の神から名前をつけたそうだ。
それに対してヒカルが疑問をぶつける。
「……そもそも北欧神話に猫っていたっけ?」
「季桃さんによると、女神が乗る台車を牽く猫がいるらしいよ。モブ中のモブだから名前とかは無いんだけど」
「あぁ、あれかぁ……。確かに猫だけど、大きすぎてあまり猫って感じしないんだよね。ライオンって感じ」
ヒカルは実物を見たことがあるようなリアクションをする。
スコルの子と初めて戦った時も映像記録を見たことがあるとか言っていたけれど、今回もそれだろうか。
「そういえばヒカル。スコルの子と初めて戦ったときに映像記録がどうとか言っていたよね」
「そうだよ。どこで見たとかは内緒ね。話す許可が下りないから」
話す許可が下りない、ということはまた北欧の神々が関与しているようだ。
ヒカルが僕の義妹というのはこれまでの状況から考えて間違いない。
でも、謎に包まれていることも多い。
いつか、その謎についてわかるときが来るのだろうか?
僕たちはバーストが猫缶を食べ終わるのを見守った後、社務所へ戻ることにした。
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