15:認識阻害魔術
僕と優紗ちゃんは思い出した内容を、ヒカルと季桃さんに説明する。
優紗ちゃんの姉である心子さんは、スコルの子を使役する凄腕魔術師だった。
しかもどうやら優紗ちゃんと季桃さんは、交通事故に偽装された状態で何者かに殺されたらしい。
「優紗ちゃんと季桃さんは自分を殺した犯人に心当たりってある?」
「それがまったくないんですよね。即死だったのか、実は自分が死んだっていう自覚もなくて」
2人は自分が死んだらしいことをカラスに教えられて初めて知ったそうだ。
証拠として、2人が交通事故で死亡したと報じる新聞記事と事故現場の写真を突きつけられて、死んだことを認めざるを得なかったらしい。
手がかりが無いならこれ以上は話を詰めることはできない。
2人を殺した犯人の話を中断し、心子さんの話に戻す。
「心子さんの話に戻すけど、出会った記憶を曇らせてから逃走かぁ。エインフェリアを相手によく成功させたなって感じだけど、エインフェリアと追いかけっこするよりは正しい選択だね」
ヒカルがそんなことを言うが、僕も同意見だ。
心子さんの身体能力がどれほど高くても、人間である以上、エインフェリアには絶対に勝てないだろう。
例え世界最高レベルの走力を持っていたとしても、エインフェリアの方が上だ。
「もしかしてヒカルは認識阻害魔術のことを最初から知ってた?」
「うん、知ってた。ごめんね、黙ってて。普通のエインフェリアには秘匿されていることだから、話せなかったの」
本来であればもっと北欧の神々に信頼されてから知ることになるらしい。
ただし今の僕たちのように、偶然知ってしまった者に対しては、さらなる混乱を防ぐために説明をしてもいいことになっているそうだ。
そう前置きをしてからヒカルは認識阻害魔術について説明してくれる。
曰く、認識阻害魔術はエインフェリアの裏切り対策として、2つの効果を期待して施されている。
まず1つ目は、エインフェリアが生前の知人とたまたま遭遇してしまった場合への対策効果だ。
認識阻害魔術が施されていると、施される前とは同一人物だと認識できなくなる。
エインフェリアが生前の知人と偶然出会ってしまっても、見知らぬ人だと認識されるのだ。
「同一人物だと認識できなくなるから、優紗ちゃんが目の前にいるって心子さんは理解できなかったんだね」
「そうそう、そういうこと」
「……あれ? でもそれだけだと認識阻害魔術をエインフェリアに隠しておく必要はないよね。うっかり防止機能みたいなものだし」
「隠しているのは、もう1つの効果を期待してのことだね」
もう1つの効果とは、裏切者の炙り出し効果だという。
極まれに、生前から北欧の神々と利敵関係にある人物を誤ってエインフェリアにしてしまうことがあるらしい。
そういった人物が生前の知人や自身が属していた組織と内密に接触し、北欧の神々や他のエインフェリアの妨害を行った例もあるのだとか。
認識阻害魔術がかかっていれば、悪意を持ったエインフェリアが生前の知人に接触したとしても、生前の知人に自分の正体を証明できない。
むしろ接触したことによって混乱をもたらす結果となるだろう。
「一応補足すると、魔術師だとしても普通は認識阻害魔術に気づけないからね。心子さんは人並外れた規格外の魔術師だから気づけたんだと思う」
「心子ちゃんってそんなに凄い魔術師なんだ。今まで全然知らなかったよ」
ヒカルの説明を聞いて、季桃さんが驚いている。
季桃さんは生前から心子さんと交友関係にあるから、余計にそう感じるのだろう。
そして優紗ちゃんが暗い表情で呟いた。
「お姉ちゃんは魔術の鍛錬なんていつやっていたんでしょう? そんな時間があるようには見えなかったんですけどね。私、お姉ちゃんとの差を感じて自信を失くしそうです……」
季桃さんはともかく、肉親である優紗ちゃんも心子さんが魔術師であることを知らなかったようだ。
優紗ちゃん本人も不思議そうにしているが、心子さんはどうやって優紗ちゃんに一切悟られずに魔術師になったのだろうか。
本当にそんなことが可能なのか?
それが現実だと言われれば納得するしかないのだろうが、どうにも違和感が拭えない。
「ねぇユウちゃん、優紗ちゃん。心子さんがスコルの子を使役していたのは本当なんだよね? スコルの子を使役している人なんていない、っていうのが通説だったのにさ……」
でも事実として、心子さんはスコルの子を従えていた。
心子さんは北欧の神々にとって、非常に重要な情報を知っている可能性が高い。
「今回の出来事で、お姉ちゃんが北欧の神々と敵対していると見なされる可能性もあるんでしょうか……。その場合、肉親である私も北欧の神々から敵と見なされたりします……?」
優紗ちゃんが弱々しい声色で僕たちにそう尋ねた。
「優紗ちゃんはたぶん大丈夫。多少はカラスの監視が厳しくなるかもしれないけど、私もとりなすつもりだし。でも……数千年も手がかりが無かったスコルの子について何かわかるかもって考えると、心子さんに対して神々がどう対応するのかまったくわかんないや……」
北欧の神々と関係が深いヒカルの返答なので、おおよそ正しいのだろう。
とりあえず優紗ちゃんが何かしらの罰則を受けることはないようだ。
「どう対応するかわからないってことは、問答無用で敵と見なすわけではないと思う。だからきっと大丈夫だよ」
僕がそういうと、優紗ちゃんの表情が少し和らいだ。
「そう……ですね。そう思いたいです」
心子さんの発言から考えると、彼女は現時点で北欧の神々が実在することを知らず、敵対や協力といった関係性に至っていない状態だ。
僕や優紗ちゃんと戦うことになったのは不幸なすれ違いでしかない。
心子さんについて話せることはもうなさそうだ。
何でもできるスーパーウーマンだと優紗ちゃんから事前に聞いていたが、まさか遭遇しただけで認識阻害魔術やスコルの子について進展するとは驚かされる。
「これでようやくシャワーの話に戻れるね。ヒカルを探して川までやってきたのはそのためだったのにさ」
「ほんとにね! そうだ、優紗ちゃんがシャワーを最初に使ってみる? 気分転換になるかもよ」
「私が最初でいいんですか? シャワーを浴びたいと最初に言っていたのはヒカルちゃんと季桃さんなのに」
優紗ちゃんが遠慮しがちにそう言うが、ヒカルと季桃さんは優紗ちゃんに譲るつもりのようだ。
姉のことで精神的に疲れているだろうから、少しでもリフレッシュできればいいと思う。
お湯を作るにはルーン魔術を扱えるヒカルが必要なので、ヒカルと優紗ちゃんを川に残して僕と季桃さんは神社の廃墟へ戻ることにした。
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