ジャック・スチュアート准将

「おう、マグナ。調子はどうだ?」



巡回中、そう声を掛けてきたのは休暇を取っていた中佐だった。



「どうしたんですか?中佐。というか、休暇のはずでは?」


「いやぁ、たまたま巡回中のお前が見えたもんでな。一声かけてやろうと思って。そうだ、これやるよ。南区の露店で見つけたんだ。お前、甘いの好きだろ?」



そう言って渡してきたのは「liquoricegummies」と書かれた変わった見た目のグミだった。



「いいんですか?ありがとうございます。休憩中に食べてみますね。」


「おうよ!んじゃ、仕事がんばれよ!」



そう言って中佐は手を振って帰って行った。


中佐と別れてしばらくした後、遠くで黒煙が上がるのが見えた。

向こうは私の巡回ルートにはない場所だったが、何かトラブルがあったのだと思い、そちらへ向かった。


私が到着した時には、全てが終わっていた。

周囲に人はおらず、植物を纏った人間だったものが血塗れでそこら中に転がっており、その中でも一際大きな肉塊が、奥の方で倒れていた。

そしてその傍には、見覚えのある人影が立ち尽くしていた。



「中佐!一体何が⋯。」



勢いよく駆け寄ると、その人影は、力無くその場に倒れた。

死んでいた。中佐が。

あまりに唐突な現実を突き付けられていたが、私は驚く程に冷静だった。



「貴方達はレベリオと思しき死体のお願いします。都市民達に不安を与えぬよう、善処してください。」



私は周囲にいた他の軍人にそう伝え、中佐の遺体を抱えて軍の本部へと向かった。


恐らく本当の私は、現実を受け入れたく無かったのだろう。本部へ向かったつもりが、いつの間にか医務室へ来ており、扉の前で立ち尽くしていた。



「負傷者ですか?急いで手当てをしましょう。」



軍属の医師がそう言うが、私は中佐が死んでいることを、心のどこかで理解していた。



「いえ、あの、大丈夫⋯です。もう⋯手遅れなので⋯。」



震える声を絞り出し、そう言葉を紡ぐと、私は中佐の遺体を医師に預け、自室へと戻った。


呆然としていた。

また、失ってしまった。

大切な人を。二度も。

アルマも、中佐も。

2人とも居なくなってしまった。


中佐の働きのお陰か、レベリオの襲撃があったにもかかわらず、死者は中佐のみであり、都市民も避難時のかすり傷程度で済んだらしい。

中佐は、二階級特進で准将になり、殉職した。


私は、まだ何も返せていない。

中佐にも、アルマにも。

私は、私は⋯。


私は、無力だ。


訓練兵時代の成績だってどうでもいい、これまでに挙げた戦果なんて知ったこっちゃない。

目の前の、自分の命よりも大切な人を守れなくて何が軍人か。何が中尉か。

こんな事なら。

こんな事なら私は生まれて来なければ良かった。


自室で一人、布団にうつ伏せになり、声が枯れるほど涙を流し、そうして少し落ち着いた頃、扉をノックする音が聞こえた。



「⋯どうぞ。」


「失礼します。マグナ先輩。亡くなったスチュアート中佐、いえ、准将より、伝言を預かっていたので、それを伝えに来ました。」



彼は、カイル・アンジェリキ一等兵。

言葉遣いは気になる所もあるが、訓練兵の中では、真面目で良い規範となっている。

私の孤児院の頃からの知り合いで、後輩であり、あの現場にいた軍人の1人だった。

きっと中佐は、彼らをも守ろうと立ち向かったのだろう。



「「あんまり自分を責めるな。もう恩は充分返してもらった。好きに生きろよ。それがアルマの為であり、俺の為にもなる。」との事です。」


「⋯分かった。ありがとう。」


「あと⋯、これは、軍人として、と言うより、孤児院の頃からお世話になっている先輩への個人的な話なのですが⋯。」


「⋯なんだ。」


「失礼を承知で言いますが、先輩は思い上がり過ぎです。」


「⋯は?」


「いいですか?アルマ姉さんや、スチュアート中佐、いえ、准将は、2人とも命を賭した覚悟の上で行動したんです。先輩はきっと真面目で責任感が強いですから、2人のことを「守れなかった」とか考えていることでしょう。ですが、2人はきっと先輩を守る為に行動したんです。それを先輩が「守れなかった」なんて、烏滸がましいとは思いませんか?」



しばらく呆然としていた。

きっと、彼なりに私を励ましてくれたのだろう。

まさか彼に元気づけられるとは思いもしなかった。



「そうか⋯、いや、ありがとう、カイル。少し、元気になれた気がするよ。」


「いえ、それならいいんです。先輩が元気になれたなら。」


「ところでカイル一等兵。上官である私によくそんな口が聞けたものだな?」


「うっ⋯、それは⋯。」


「まぁいいさ、今回は私が情けなかった。改めて礼を言おう。ありがとう、もう戻っていいよ。」


「はい、それでは失礼します!」



元気のよい返事で敬礼をして、彼は自室へと帰って行った。

もう少し頑張ろうと思えた。

私の大切な2人の為にも、しっかり生きて、あの世でちゃんと彼らに顔向け出来るように。

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マキナ・リベラティオ 政府軍中尉マグナ・アンジェリキの話 平たいみかん @tachyon0926

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