『逃走』

 パンッ!

 

 「さっ、わたしたちも先を急がなくちゃね。」



 リズは頭の中を切り替えるスイッチの如く大きく1つ柏手を打つと、二人を促すように言った。



「確かにねぇさんの言うとおり、時間は無限にある訳じゃないしな。」


「僕も早くお父さんの手掛りを、見つけないといけないし・・・」



 リズに囃され二人は各々自分なりの言葉を口に出すと、休憩で緩んだ気を引き締める。


 四人の探索者と別れた部屋を後にした三人は、ランタン片手に先頭を行くダレスのその後ろにはザックを背負ったラスティ、最後尾にリズのいつの間にか定着した隊列で先を進む。

 十一階層は拠点のある階層の直下という事もあり十二階層から戻ってくる探索者や運び屋のグループと何度かすれ違う事はあったが、先を進む三人はアラクネ以外のモンスターと遭遇する事はなかった。


 

「ん?」

 


 十一階層を降りた三人は十二階層をしばらく進んだ所で、ダレスが突然何かを感じたのか足を止めた。

 足を止めたダレスはあたりを伺うように首をわずかに左右に振り、両耳に神経を集中しているようだった。



「な、何か、聞こえるの?

 僕には、な、何も聞こえないけど・・・」

 

「何?ダレス。何か気配でも感じる?」



 突然のダレスの行動に恐怖を感じたラスティはあたりをキョロキョロと見回し、上擦った声でダレスに声を掛けた。

 最後尾からダレスの様子を伺っていたリズは、一言完結に状況報告を求める上官よろしく言い放つ。

 

 

「いや、さっきから誰かに見られてるようで。

 ちょっと、その、気になって・・・

 でも、気のせいだったみたいっす・・・」


「何だ・・・

 ダレス突然止まるんだもん。ちょっと怖かったよ・・・」



 ダレスは始め首を傾げるようにしていたが、すぐに何事もなかったかのような声色でリズに向かって言う。

 すぐにラスティはあえて言葉に出して自分を落ち着かせようとしていた。その表情はつい先ほどまで恐怖が滲んでいたが、打って変わり今は安堵の表情に変わっていた。

 リズはダレスの言葉にホッとしている様子もなく、一人難しい表情をしている。

 ダレスが感じるよりずっと前からリズは、近くに何者かの存在を確信していた。

 しかしそれは視線を感じるというよりも、得体の知れない何かの気配を感じるという方がリズにはしっくりとくる感覚だった。



「何もないなら、さっさと先を進みなさいよダレス。

 ほら。後ろがつかえてるのよ。」


「あっ!すいませんっ!」

 


 二人に余計なプレッシャーを与えまいと、あえて何事もないように振舞うリズ。

 そんなリズの悪態に、少々焦り気味に再び先へ歩みを進める。


 ドドッドドッ・・・

 

 そろそろ十三階層へと続く階段が姿を表しても良い頃だと三人が思っていた矢先、三人の背後からその音は聞こえてきた。



「な、何?何この音!」


「この音・・・近づいて来てるっすね・・・」



 その音にラスティは背負ったザックの肩紐をギュッと握り身構えると、誰かに答えを求めるかのように声を出していた。

 ダレスの言葉通り、どこかリズミカルな音は次第に大きくなり振動を伴ってこちらへと近づいて来る。



「来るわよっ!」


「望む所っす!!」



 音の主がモンスターだと確信したリズは、言いながら腰を落としナイフを素早く構えた。

 その声に呼応するようにダレスは持ったランタンをラスティに渡し、自分に一言活を入れると二人を音の発生源から守るかのように肉壁となる。

 通路奥の暗闇では確認出来ないが、スピードと物体の重さを近づく音が嫌でも三人に連想させた。

 音はさらに近づき、ダンジョンの暗闇で姿を捉える事は出来ないが此処でなければすでにその姿を確認できる程の距離感だと言う事実と、相手にはこちらが見えている事を考慮するとさらに恐怖を倍化させる。

 

 音の発生源が闇から脱したその刹那 ───


 ドゴォン!!



「ぐあっ!!!」



 闇の中から飛び出たそれは、ダレス目掛けてスピードを緩める事なく突っ込んで来る。

 ダレスはたまらず声を漏らす。ダレスもろとも三人は5メートル以上跳ね飛ばされていた。



「な、何が起きたの・・・?」



 ラスティは一瞬何が起こったのか全くわからなかったが、頭を抱えながらどうにか体を起こすと、視線の先に異形の物体がその目に飛び込んできた。


 その物体は、その全容は雄鶏のような容姿をしていたが頭部にトサカの代わりに太く短い角のようなものが二本生えており、左翼はまるでドラゴンのものかと思われる程巨大化しており鋭い三本の鉤爪が生えている。また尻に付いた尾は蛇の胴体そのものだった。

 さらに異様なのはその大きさで、雄鶏と言うより雄牛のような巨体をしているモンスターであった。



「コカトリス・・・

 ちっ。ほんっと、つくづくついてないわね・・・

 こんな狭いところじゃ、コイツとはやってられないわ!

 場所を変えるわよっ!!」


「ねぇさん・・・場所を変えるって・・・どこに・・・?」


「十三階層への階段はそう遠くないはず・・・十三階層まで退くわよ!!」


 ダレスはリズに言いながら、モンスターの手痛い一撃を喰らった重い体を、何とか動かし立ち上がる。

 腰に手をやりながら床から起き上がったリズが、視線の先のモンスターを確認し舌打ちを打つとすぐに二人に向かって十三階層へ逃げ込むように叫んだ。


 コカトリス───

 このモンスター最大の特徴は、その口から吐く有毒ガスである。そのガスは生き物を石に変える特性を持っており、ダンジョンの通路のような狭い所や閉所での戦闘は極めて危険であった。


 

「ちょっ。ちょっと待ってよ!!」


 

 リズ、ダレスの二人が全速力で通路の先を進むのに対し、ラスティは目に入った吹き飛ばされた弾みで床に転がったランタンを拾い上げてから、ワンテンポ遅れて二人の後を脇目も振らず全速力で駆け出した。

 

 コカトリスの巨体が薄暗いダンジョンの通路を、延々と無慈悲に三人を追い立てる。

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ダンジョン・ワンダラー〜欠けた記憶の真相〜 琴斗 伶 @kintorei

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