『団欒』
壁に埋まったリズの手の周りの壁は空間が歪んでいるように見えた。
「ダレス?あんたは何を見ていたのかしら?」
「へ?」
壁に手を突っ込んだまま言うリズに、訳が分からないと言った様子のダレス。
次の瞬間、リズは壁に埋まった手を勢いよく天井へ向かって振り上げると壁が勢いよくめくれ上がる。
それは壁ではなく、ダンジョンの壁に見立てた柄の描かれた『
探索者が拠点や、休息を取る場所に設置するいわゆる仕切りで、描かれた柄でモンスターの目を欺く為に使われる。
近くで見れば確実に本物の壁ではない事はすぐに分かるが、薄暗いダンジョン内であればモンスターを欺く程度の効果は期待出来る代物だった。
「た、探索者かっ?」
「そうよ。いきなりごめんなさいね。
ちょっとお邪魔するわ。
ほら、二人も早く入って・・・」
リズは言いながら二人を部屋の中に入るよう促すと、素早く
部屋の中には男女二人づつの探索者とみられる四人の姿があった。どうやら体を休めているようだった。
「わたしたちは見ての通りこれから先へ潜る途中なんだけど、あなたたちは十二階層の方から?」
「そうよ。この先にアラクネが居座ってたから、ここで一旦休息を取る事にしたの。」
「って事は、何だ。あんたらがアラクネの奴を・・・だよな?」
リズは部屋の中ほどで休む4人に話しかけながら、歩み寄ると小柄な女性が応えた。次に先程第一声を放った大柄な男が携行食を食べながら言うと、小柄な女性と顔を見合わせる。
先客の4人はリズ達一行を実害がないと見たのか、早くも落ち着きを取り戻していた。
「それなら、安心してちょうだい。アラクネは仕留めたから。
問題は部屋の中が、潰れた子蜘蛛だらけって事ぐらいだけど・・・」
「うぇっ・・・」
リズがそう応えると、4人の中で一番若いと思われる別の女が口を押さえて声を上げる。どうやら、その女も食事中だったようで乾燥肉を片手に握っていた。
「それは助かった。礼を言うよ。
僕たちは二十階層の拠点から、ここまで道具も色々と消耗して正直なところ、拠点を前にしてアラクネとやり合うのを戸惑っていた所なんだ。
君たちもよかったらここで休んでいくといいよ。僕たちも、もうしばらくはここに居るから。」
「助かるわ。わたしたちもちょうど頃合いの部屋を探していたところなのよ。」
礼儀正しそうな好青年と言った感じの男がリズに言うと、リズも男の申し出を快く受ける。
三人は四人の探索者同様、しばらく思い思いに休息を過ごす。
「それにしても珍しい一行に良く合うな、今日は・・・」
「珍しい?俺たちがか?」
「ああ、だって子供と一緒に中層あたりをうろうろしてるような奴らはなかなか見ないだろ?
少し前には、ゾロゾロと行進してる公安の聖騎士様ご一行とすれ違ったしよ。」
「ねぇさん、それって・・・」
「おそらくね・・・
公安の聖騎士って言ったわよね?ちょっとその話、詳しく聞かせてもらえない?」
三人が探索者四人と暇に任せて雑談をしている中、大柄の男の言葉にダレスが応えると男は皮肉めいた口調で話を続ける。その男の話に反応したリズとダレス、ラスティの三人は誰からとなく顔を見合わせた。
すぐさまリズが身を乗り出すようにして男に話の続きを促す。
三人はカルキノスの一件で、髭の聖騎士から聞いた行方不明になっている数人の聖騎士の話を思い出していた。
「ここへ来る途中の十五階層だったか、公安の聖騎士様とすれ違ったんだが、何だか急いでいるような感じだったな・・・
何かあったのかと話しかけてみたんだが、無視されたみたいに取り合ってもらえなくてよ。
人数は確か六人だったかな・・・」
「なんかみんな、感じ悪かったよねぇ。」
大柄な男が道中を思い出しながら話すと、若い女の探索者が先程手に持っていた干し肉を口の中で咀嚼しながら、軽い口調で合いの手を入れる。
「何か変わった様子とかはなかった?
急いでいるとか、なんかこうそういうそぶりとか・・・」
「なんかぁ、みんな怖い顔してたかもぉ・・・」
リズが何か手掛かりがないかと、手振りを交えながら必死に訴えると若い女が気怠そうに応えた。
それはリズの熱弁も虚しく、有力な情報は何も得られなかった事を意味していた。
「リズ。やっぱりあの髭の聖騎士の人が話してた、行方不明の聖騎士だよね?」
「それは間違い無いと思うけど・・・ダンジョンを潜っていったい何をしようとしているの?」
小声でリズに確認するように言うラスティに、リズは応えるとそのまま独り言モードに入っていた。
「そうだ、君たちはどんな目的でこの先へ潜るんだい?」
七人の間にしばらく沈黙が訪れた。リズ、ダレス、ラスティの三人も思い思いに携行食や缶詰を口にしながらしばらくゆっくりと過ごす。
そんな中、突然沈黙は破られる。
沈黙を破ったのは好青年の男だった。
「そりゃ、このダンジョンを踏破すれば英雄にまた一歩近づけるって寸法・・・いたっ!」
「あんたは黙って缶詰食べてればいいのっ!」
「ダレスはいつも余計な事を言うのがいけないんだよ・・・」
「あなた達、いいトリオね。見てて飽きないわ。」
ダレスがいつものようにちゃらけるとリズが間髪入れずにダレスの脳天にゲンコツを叩き落とした。
それを目の前にラスティは、見てられないと言わんばかりにポツリと一言呟く。
その一部始終を見ていた小柄な女性が、片手で腹部を押さえもう片方の手で口を塞ぎ笑いを堪えながら、三人に向かって言い放った。
「もうっ。あんたのせいで飛んだ恥をかいたじゃないのよっ!まったく・・・」
「まぁ、まぁ、その辺にして何でこの先に?」
「ほんとごめんなさいね・・・
私たちは、ちょっとした問題を抱えてて・・・
まぁ、その問題の種がこの子ってわけ・・・」
「なるほど・・・
そういえばすごい剣を持ってるね。君の?」
「ううん。違うよ。」
「ま、ダンジョンを潜る人間には何かしらがあってもおかしくないからね。
何にせよ、道中十分気をつける事だよ。」
顔を赤くするリズを嗜め好青年の男が話を促すと、リズはラスティの方へちらりと視線を送りながら応える。
好青年の男の言葉にラスティは少し恥ずかしがりながら言うと、好青年の男はあえてそれ以上探ろうとはせず、人差し指を立てて優しくラスティに身を案じる言葉を掛けた。
「さて、拠点もすぐそこだしそろそろ出発しようか。」
「そうね。もう十分体も休めたし。」
しばらくすると好青年の男が、一言号令をかけるように言うと小柄の女が応えた。
それを合図に、大柄の男と若い女の二人が、部屋の両側の入り口に設置した
四人は慣れた様子で、各々出発するための準備を淡々と進めていた。
「さて、僕たちは行くとするよ。」
「どこかであったら、その時はよろしくね。」
「坊主も頑張れよ!」
「今度生きて会えたらぁ、どっか遊びにいこぉ〜」
「ええ、あなた達もこの先低層だからって気を抜かず気をつけて。」
程なく四人が出発の準備を終えると、四人は一言ずつ淡白な別れの挨拶をしリズがそれに応えると部屋を後にする。
ラスティは部屋を後にした四人が、見えなくなるまで手を振っていた。
先ほどまで人の体温で心なしか暖かかった部屋の空気が一瞬にして、いつもの仄暗く冷たいダンジョンへと変わった事を部屋に残された三人は肌で感じていた。
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