第3話
有馬君は酒の入ったグラスを傾けながら言う。
「俺は、この人と友達になりたいなと思ったら、ひとまずお金を借りることにしているんです」
「どうして?」
「そうですね。こういう経験ってありませんか? 子どもの頃の友達と久しぶりに話がしたいと思ったとして、その人の連絡先も知っていて、あとは一言メッセージを送るだけなのに、なんとなく指先が動かなくて、結局、そのまま何もしなかった、なんてこと」
「ああ、あるかも」
「俺、そういう他人になりかけている友達ばかりいたんです。そうだな。厳密には、いた、じゃなくて、今もいるんですけどね、たくさん。あれってなんなんでしょうね。喧嘩別れしたわけでもないし、気まずい関係ってわけでもないし、たぶん、会えば普通に話すし、未だにお互いがお互いに友達だって認識しているのに、どうもきっかけが掴めなくて。しいて言うなら、心底、俺は臆病な男なんですよ」
「わかるよ」
俺は、有馬君の鞄を見ながら、アルマジロが丸まっている姿を想像する。頑丈な鎧は、たぶん、そのためにある。
「だから、お金を借りるんです」
青年は主張する。
「本当は、こっちが貸した方が相手の迷惑にはならないんですけど、相手がお金に困っているシチュエーションって、なかなかありませんからね。とにかく、わざとらしくてもいいから貸し借りの契約を結ぶんです。一度借りてしまえば、二言目は簡単です。今度返しますからって。連絡先をもらえれば、理由を添えて俺から掛ける。そうじゃない場合は待つ。連絡が来れば万々歳です。そのあとは、会うたびに借りたり貸したりするんですよ」
僕たちは既に現金だけに留まらず、小説やCDを貸し合う仲になっていた。
「よく言うじゃないですか。金の切れ目は縁の切れ目だって。それって逆のことも言えると思いませんか? お金が切れなければ縁も切れない。これは俺にとっての格言でした。だったら、とことんお金に縋ってみようって。現に今、臆病な俺にも、いつでも馬鹿話ができる友達が、ぎりぎり、片手で数えきれないくらいには増えました。あなたこそ、どうして見ず知らずの俺にお金なんか貸したんです?」
「さあ、そのときの気分か。人助けでもしたかったのか」
白状をすると、有馬君に初めて金を貸してくれと言われたとき、僕は彼が金欠であると信じて疑っていなかった。これから金を借りようというのにフォークもナイフも手放さなかった有馬君の図々しい姿は、思い返せば少々可笑しかったが、それも記憶を掘り起こしてみてようやく気がついた程度の違和感だ。当時の僕は、彼の堂々とした態度に感心すらしていた。
あのレストランでのやりとりのあと、当時のガールフレンドに一部始終を話したのだが、「いつか取り返しのつかない詐欺に遭うわよ」とひどく呆れられた。
真摯に忠告してくれた彼女はもういないが、僕が金を貸してやろうと思った相手は、後にも先にも有馬君だけだった。僕は有馬君に騙されながらも、心の底ではこの青年が向ける温かな真意に気がついていたのかもしれない。いずれにせよ、あのとき財布を開いたから、僕たちは友人になれた。
僕はスコッチを飲み干して言う。
「今日のは僕に付けとくといいよ」
「ありがとうございます。じゃあ、次に会ったら返しますね」
ぴんと背筋を正した有馬次郎君は、嬉しそうに笑った。
アルマジロの借金 sharou @sharou
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