宙を飛んで死にかけたお話

新巻へもん

ちゃんと一時停止しような

 人間いつかは死ぬものです。

 寿命を全うすることができることもありますが、いつなんどき何が起こるか分からない。

 ちょっとしたことで人生は大きく変わります。

 搭乗予定の飛行機に合わなかったがその後、乗り遅れた飛行機が墜落する。ほんの数分が生死を分けることもあるでしょう。

 私にもそういった経験が二度ほどあります。

 最終面接で不合格になった会社に就職していれば、又は、やむなく入った別の会社を辞めずにいつも通り通勤していれば、ほぼ確実に死亡したと思われる事件がありました。

 これらの事象は予知能力を持たない限り防ぎようがありません。

 ただ、注意をしていれば防ぎえる事件や事故をというものもあります。

 これからお話しするのは、おバカさんだった若い頃の私のお話です。


 その頃、私は現場回りの仕事でした。お客さんのところを訪問するのに使うのは基本的に自転車です。ものすごい雨の日であれば車を使えることもありましたが、そうでもない限りは燃料代のかからないエコな乗り物しかありません。

 夏は暑く冬は寒い。

 二リットルのペットボトルじゃ足りないぐらい汗をかくこともあれば、指が凍えて書類に字が書けなくなることもありました。

 あまり治安はよろしくない場所だったので事件も盛りだくさん。

 通り魔に刺されたおじさんが血だらけで立っているところに通りがかったこととか、ノンアポで突っ込んだ先が絶賛監禁事件中で倶利迦羅紋紋を背負った怖いお兄さんに捕まりそうになったとか、思い出深いことがいっぱいあります。

 まあ、本題じゃないので宙を飛んだ交通事故の話に戻しましょう。

 そんな感じで自転車に乗って走り回っていた私ですが、若くて体力もあったので、訳のわからないことをやっていました。

 現場回りRTA。

 どれだけ早くその日のノルマを達成できるかのタイムアタックです。

 要はチャリンコでぶっ飛ばしてたんですね。

 一時停止の標識? なんですか、それって美味しいの? ってなもんでガシュガシュとペダルを漕いでました。

 その日も元気一杯ペダルを踏んでいた私は片側一車線ずつの道路の左側を通行中。減速もせずに見通しの悪い交差点に進入します。

 直交する道路は一方通行の細い道路でした。

 で、出会い頭にドンってわけです。

 左側から突っ込んできた軽トラに吹っ飛ばされて、私が通行していた道路の右側の角にある電柱まで宙を飛びました。

 二車線の道路の端から端までなので五メートル以上を飛んだ計算になります。

 体重七十キロ超の人間がそれだけ移動するんだから凄い衝撃ですよね。

 電柱に右肩から激突した私はそのままポトンと地面に落ちました。自然に受け身なんかを取っています。

 そして、事態がよく分からないなりにすぐに立ち上がる私。

 今はこんな感じでのんびり書いてますけど、当時は当然ながら茫然自失状態です。

 見れば乗っていた自転車はフレームが歪みまくってました。

 何をどのように考えたのか、そのときに頭に浮かんだのは職場に連絡しなきゃです。自転車壊して怒られるんだろうなあ、しょんぼり。

 加害者の事務所が近くだったのでそこで電話を借りて職場に連絡をします。

 そうこうするうちに警察がやってきて現場検証になりました。

 やってきた交通課の警察官にメチャクチャ怒られます。私が。

「あんたねえ。普通なら死んでるよ」

「え。私被害者ですよ」

「あんたも一時停止してないでしょうが」

「はあ」

「というか、痛い思いをするのは自転車に乗ってる方なんだからさ。気を付けないと」

「確かに痛いです」

 でも、痛いは痛いんだけど、カキフライに当たったときの腹の痛みの方がずっと痛い。

 軽トラの前に傷はついてるし、轢かれてひん曲がった自転車もある。

 加害者も被害者の証言も共に被害者が道路の反対側まで飛んだという点は一致。

 なのにへらへら現場で事情聴取を受けている私という。

 そんなものだから、誰も救急車を呼んでくれていませんでした。

 そこへ血相を変えた上司が車で到着します。

 まあ、本人から電話がかかってきている時点で命に別状はないとは思っていたんでしょうけど、事故は事故ですからね。

 大変心配をおかけしてしまいました。

 警察署で調書を取られて無罪放免になった頃から痛みが酷くなってきます。

 今思えば、たぶん興奮状態が収まってアドレナリンが切れてきたんでしょうね。

 苦悶に顔をしかめる私を上司が車で病院に連れていってくれました。

 本当に申し訳ございません。

 そして、苦痛を訴える私を診察しレントゲンとCTを撮った後に医師が言い放ちました。

「どこも悪くないですね」

「はい? 車に跳ねられて宙を飛んだんですよ。道路の反対側まで」

「でも骨にも異常はないです」

「めっちゃ痛いんですけど」

「いや、そんなことを言っても悪くないんだから。気になるなら家に帰って湿布でも張っておいて」

 終了。

 車に轢かれずにすんだのと、頭をぶつけなかったことが大きかったようです。

 半年ぐらいして、加害者の加入していた保険会社から病院代プラス見舞金の五万ぐらいをもらって事故は一件落着となりました。

 今でも後遺症が出てないんで、相当運が良かったんでしょうね。事故にあっているから運は運でも悪運か。

 ちなみに、運がいいといえば二百ボルトの業務用食洗器からの漏電で感電したこともありますが、死なずにすんでます。

 話だけ聞いていると不死身のヒーローっぽいですね。

 まあ、でもしばらくは体の痛みは残ったので、それからは自転車に乗るときは慎重になりました。

 今では見通しの悪い交差点ではいつでも停止できるように減速もしています。

 天変地異やテロが原因で死ぬのでも「しゃーねーな」とはなりません。

 なので自分で防ぎうることは注意しようという教訓を身をもって知った交通事故の初経験のお話でした。

 皆さまも自転車に乗るときはお気を付けください。

 

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