第2話「推し、自己紹介をする」

クラスに推しが転校してきた。


小動物のような小柄な体。くるりとしたぱっちりお目目。少し茶色がかった長いサラサラな髪の毛とおっとりとした守りたくなるような佇まい。本物だ。


学校中が最初は大騒ぎで、休み時間には他所のクラスから生徒が大人数で押しかけて波乱を呼んだ。


しかし、各先生の警備の圧により野次馬は帰っていった。


それにしてもクラスはまだ大騒ぎだ。

クラス中の生徒がつむぎちゃんを囲んでは質問をしている。


「なんでアイドルがうちの高校にー?」

「サインくれよー」

「やっぱまくら営業って実在するの?」

「なんで司会者ぶん殴ったの?」


流石の歴戦のアイドルでも、この質問の嵐をすり抜けるのは難しいらしい。

つむぎちゃんは困った顔でしどろもどろになっていた。


ここでガツンと困ってるだろ!と文句を言えればいいんだけど。僕はそんな人間じゃない。

頭の中では思っていても行動に移す勇気がない。


その後、つむぎちゃんは1人1人、クラスメイトに自己紹介をしに机を周っていた。


「琴野つむぎです。よろしくお願いします!」


アイドルらしく元気に挨拶をする推し。

遠くから見ても尊い。いや距離的には昔より近いけど。


次の次で僕の順番だ。よーし。

気合いを入れて何を伝えるかをしっかり考えた。


しかし


「次は…」

「あー、琴野さん、この人飛ばしていいよ」

「えっ?」


クラスの人気者の女子がつむぎちゃんの腕を掴んで、僕から遠ざけてしまった。クスクスと笑い声が聞こえる。


まぁ、仕方ないよな。クラスでの友達は0。

猫背でガリガリで、話し声も聞こえないような

こんな僕は。


━━━━━━━━━━━━━━━


授業が終わり、生徒がぞろぞろと下校していく。僕は皆が教室を出るまで待つ。


下校時に教室の鍵を閉める係を、ひょんなことから毎日担当することになっていたのだ。


誰にも言えないし、多分、皆も僕が担当していることなんて知らないだろうし。


誰も教室にいなくなったことを確認し

鍵を閉める。


すると後ろから肩をツンツンと誰かにつつかれた。


「ひゃっ」


思わず女子のような声が出る。

振り向くと後ろには、ニコッとしたつむぎちゃんがいた。


「ごめん。ちょっと忘れ物しちゃった」


「あ、あ、ど、どうぞ」


「じーっ」


「?」


「やっぱりあなた、私のファンだよね」


「えっ?」


「そのカバンについてるキーホルダー、端っこガールズのグッズ…」


「あ、ああ。結成1周年の時につむぎちゃんがデザインしたあの時会場でしか手に入らない限定の…」


「やっば!そんなに覚えててくれてるの」


つむぎちゃんは目をキラキラと輝かせて僕の方を見てくる。ああ、ダメだ。


「端っこガールズ、好きなの?」


「は、はい。てゆーかつむぎちゃんが…推しで」


「ええ?ほんとに私のファンの方だったんだ」


「そ、そうです。ファンです」


「じゃあ改めて、琴野つむぎです。よろしくお願いします」


「あ、えーっと…タケ…です。よろしく」


「ふーん。タケくんっていうんだ。あ、タケくんって呼ぶね」


そう言うとつむぎちゃんはスキップしながら、帰っていった。


「あ、忘れ物はよかったの?」


「うん。今、見つけたから。じゃあね、タケくんまた明日!」


天使のようで小悪魔のような、芯の通った推し。やっぱり尊い。そして


近くで見るとすげー小さく見える。


また明日か。

どうでもいい毎日がちょっとだけ楽しくなひそうな、そんな予感がした。

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