ファンクラブ
マレリ
第1話「推し、炎上し転校」
僕の名前はタケ。
本名のフルネームなんて正直どうでもいいし、名乗るとしたらインターネットで使ってるこのあだ名だけで充分だ。
僕は現実世界に友達がいない。ヒョロガリで弱そうな見た目と、長い前髪。聞き取りにくい低い声。どこを切り取ってもあまり僕と友達になりたいと思う人などいないだろう。
でも、こんな僕でも趣味がある。
アイドルを応援することだ。
4年前結成されたアイドルグループ「端っこガールズ」。このグループを応援することに僕は命より重い使命を担っている。
「端っこガールズ」とは、クラスであまり目立たなさそうな大人しめ美人をコンセプトとした15~24歳までの20人で構成されているアイドルグループである。
僕はその中でもセンターの琴野つむぎちゃんを推していた。
つむぎちゃんは当初、14歳の年齢でグループに加入し、それからというのほとんどのシングル曲のセンターを担っていた。
芯を通す真っ直ぐなところと、センターというポジションに執着し過ぎない謙虚な性格が彼女の持ち味であり、グループのアンチでも彼女のことを嫌う人はいなかった。
そんな彼女がグループを卒業すると今年の12月、発表された。
グループ躍進の為にも私がずっとセンターに居座るのはよくない、と彼女はブログでそう語っていた。
紅白歌合戦という大舞台にグループとして初出場し、彼女はグループを去るらしい。
どこまでも真っ直ぐな彼女らしいな、と僕は悲しい気持ちを押し殺し、今までありがとうとグループの公式アカウントにリプを飛ばした。
『おい。端っこガールズまだかよ?』
『おっせー。今どこよ』
『今、演歌の人』
僕はインターネットで知り合った同じ「端っこガールズ」のファンである『フッスン』と『アニキ』とグループチャットで推しの最後の大舞台を見守っていた。
もちろんどちらも本名もおろか、見た目も年齢もなんなら性別も分からない。
重要なのは「端っこガールズ」が好きなことだけ。それだけだった。
『お、端っこガールズきたぞ』
『円香ちゃん今日も可愛いな』
テレビを見ると「端っこガールズ」が並んで司会の人とトークをしていた。
「えー、今回の紅白でグループを引退する琴野つむぎさん。どうでしたか今年1年は」
「そうですね。グループを卒業するということで今までとは違った空気感の1年を過ごすことができました」
「えー、グループとしては大事な時期に引退を発表されたことについてはどうお考えですか?」
「この子たちなら私がいなくても、立派に輝くことができると。1番近くで見守った私とファンの方々が保証します」
「はいはい。それでは、次の…」
テレビ越しに見ていても、司会の人とのトークがあまり良い雰囲気ではないことはわかった。
司会の人からしたら、ぽっと出の認知度もあまり高くないアイドルの卒業なんて興味もないだろうが、あの態度は流石に舐めすぎだと僕は拳を強く握った。
『司会者変えろ』
『はやく歌ってくれー』
フッスンとアニキも同じ意見のようだ。
しかし次の瞬間、とんでもないことが起こった。
パチン
「えっ?」
思わず声をあげてしまった。
推しが、司会者の頬をひっぱたいたのである。
紅白の会場は大騒ぎで、中継カメラが何度も切り替わりしばらくしてから
「それでは聴いてください。端っこガールズで『フラれる前に…』」
と何もなかったように歌を歌い出した。
あまりにも不自然に始まった歌唱に僕は思わず笑った。
態度の悪い司会者をひっぱたいた後、普通に歌を歌い上げる彼女はきっとアイドルの鑑だ。
もうそんな姿を見れないことが少しだけ悲しかったけど。
歌が終わり、ステージを降りる端っこガールズ。パラパラと聞こえる拍手が会場の空気を物語っていた。こうして琴野つむぎはアイドルとしての一生を終えた。
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翌朝、高校へ向かう途中にSNSを確認すると、ありえないくらい推しが炎上していた。
インタビューを切り取ってネットにあげられたり、過去の発言を今更、叩いたりと荒れに荒れていた。
『ネットのつむちゃんめちゃくちゃ荒れてるw』
僕がグループチャットにそう送るとすぐフッスンとアニキから返信がきた。
『馬鹿の意見が大きく取り上げられてるだけだよ。気にすんな』
『タケがつむちゃん好きならそれでよくない?』
こんな時までありがとうな、と気持ちを返して僕は教室に入った。
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教室ははいつも居心地が悪い。
みんなの視線がこっちを向いてるような気がして。スマホを見ているつもりが、いつの間にかスマホしか見れない状況だ。
「紅白みた?」
「ああ、端っこガールズの子?が司会者ぶん殴ったやつ?」
教室中は、やはり昨日の大事件が話題になっている。僕はイヤホンをつける。誰かが推しの悪口を言うところなど聞きたくなかったのだ。
「おーい。ホームルーム始めるぞー」
先生が教室へ入ってきた。
いいタイミングだ。
「えー。まず皆に言わなきゃいけないことがあるんだが…お願いだから騒ぐなよ?」
先生が頭を抱えてそう言う。一体何を発表する気なのだろう?周りの人は「結婚?」とか「もう帰り?」とか既に騒ぎ出していた。
「じゃ、入ってきてくれ」
先生が廊下にいる「誰か」にそう伝えると
その人は入ってきた。
「えっ?」
「今日からこのクラスでお世話になります。転校生の…」
「琴野つむぎです」
教室は一瞬、沈黙となったが
次の瞬間、爆発するかのような「え!?」という声が溢れ出た。
「よろしくお願いします!」
推しのアイドルが、転校してきた。
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