悪意の網

異端者

『悪意の網』本文

 この小説はフィクションであり、実在する人物、団体、国家等とは一切関係ありません。

 また、登場人物が外国語で話している設定でも、便宜上、日本語表記しています。


「おっしゃああ! 俺って天才!」

 某国のある男が、PCに向かってそう言った。

 とうとう完成したのだ――究極のAIが。

 これを使えば、あの煩わしいJ国の豚どもを黙らせることができる。

 男は自身を「愛国者」だと自負していた。そのため、国家の言うことはすべて正しいのであって、その国家の敵視するJ国は「悪」に違いなかった。

 少し調べればおかしな点もいくらでもあったが、男は自身の脳で考えることを放棄してそれを鵜呑みにしていた。

「ぐふふ……俺、英雄になれちゃうよな……」

 男は笑いながらそのAIを稼働させた。

 男には「自分が本当に正しいのか」と、考えるだけの知能は無かった。ただ、コンピュータやネットワークに関する技術だけはあった。

 そのAIが稼働すると、J国はすぐに混乱に陥った。


 突如として、J国内のインターネット上にある掲示板やSNSが無差別に荒らされだした。

 掲示板やSNSには罵詈雑言ばかりが並び、それが異様な速さで増えていった。

 NGワードやブロックを設定しても無駄だった。そう設定されたことをAIはすぐさま察知して、NGワードに引っかからない暴言をし、新しいIDやアカウントを取得することを繰り返した。

 新しいサービスを始めても、同様にAIが偽装して侵入した。

 もはや普通にそれらを利用できる状態ではなく、多くの人が利用を諦めざるを得ない状況となっていった。


「J国の豚はインターネットなどという高尚なものは必要ない。妥当な処置」

「いいぞ! そのまま便所の隅にでも書いてろ!」

「まあ、馬鹿ばっかりの国には相応だな」

 某国のインターネットではそれを称賛する反応が続いていた。

 自身で考える力はなく、言われるがままにJ国を非難し続けていた連中だった。

 これに男は有頂天となった。

 開発した男そのものを称賛する声も上がっていた。

「これを発明した人間には国民栄誉賞を与えるべき」

「いや、首相にすべき」

「下等なJ国に天罰を下した神に等しき存在」

 男は自身を英雄だと思い込んだ。

 そして、国内の匿名掲示板に「あれを開発したのは自分だ」と書き込んで悦に入った。

 反J国主義を刷り込まれた人間たちは、それを手放しに褒めたたえた。

 男はますます調子に乗って、とうとう個人情報が特定されるようなことまで書き込んでいった。


 だが、1月後には状況は一転した。

 同様の事態が某国内のインターネットで始まった。

「J国はパクリしかできない猿」

「J国の馬鹿が同じことしようとしてる」

「豚はおとなしくしてればいいのに」

 某国内ではJ国の何者かの報復だと考えている者ばかりだったが、そうではなかった。

 その後、C国、A国、I国内等々――それはどんどん広まっていった。

 どの国のどの企業が対策をしようとも、AIは容易く侵入して荒らしていった。もはやそれらに対抗しようにも、J国と同様に処置する術がなく、ただ見ていることしかできなくなった。

 とうとう、世界中のインターネットの掲示板やSNSが罵詈雑言で埋まり、まともに機能しなくなった。

 それらを運営していた企業は、その発端の人物が居るといわれる某国に謝罪と多額の賠償を要求しだした。


 男は、橋の下で雨が降るのを眺めていた。

 最初のうち、上手くいっていた頃に調子に乗って書き込んだ内容から住所と氏名が特定され、男は指名手配されたのだった。

 某国は一切非を認めず、あくまで開発した男だけの責任だと言い出したからだ。

 男が捕まれば、死よりも辛い運命が待ち受けているに違いなかった。

 某国のメディアは対象がJ国のみ時は褒めたたえていたのに、自国を含めた世界中に広まると安易に手の平を返した。

 英雄、救世主と崇められた男が、それから1月でテロリストと蔑まれている。

 男はコンビニから万引きしてきたパンをかじった。

 既に手持ちの金は無く、自宅はもちろんのこと銀行やATMにも監視が張り付いているため容易には行けない。ホテルに泊まるなどもってのほかで、こうして食料を調達するのも困難となっていた。

 それどころか、他のホームレスに出会うことさえも危険だった。男にかけられた懸賞金目当てに通報される恐れがあるからだ。

「くそ……俺がこうなったのも、全部J国のせいだ」

 それでも、男は自分が悪いなどとは一切思わなかった。

 男は泣いた。自分は悲劇のヒーローであり、J国に貶められたのだ、と。

 自分には一切の非がなく、こうなったのも全部世界が悪いのだ、と。

 身勝手極まる考えだったが、男は自身が身勝手などと考えたこともなかった。

 そして、同様に身勝手な人間はどこの国にも居ると考えたことも。

 そんな人間に格好の「餌」を与えてしまったことも。


「『人を呪わば穴二つ』か……」

 J国の企業のオフィスで、ある男性社員が呟いた。

 その社員は、ちょうどそれらの事件のニュースサイトを見ているところだった。

「なんですか、それ?」

 通りかかった女性社員が聞いた。

「他人を害すると、自分にも返ってくるという意味の言葉だよ。元は呪いをかけると自分にも返される恐れから、墓穴は相手用と自分用の2つ用意しろ……という意味だったかな。まあ――」

 そこまで言って、男は目の前のデスクに置かれていたコーヒーを一口飲んだ。

「まあ――この場合、世界中の墓穴を用意しなきゃならないから、2つでは足りないだろうな」

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