ふるさと賛歌

 喉がからからになるほど、畔人くろんどは触れ回った。

 呪いの村のことを。『いいか、できるだけたくさんの人々に告げ回るんだぞ。そうすれば、物珍しさにのこのこやってくる旅人が増えるはずだ。村興しにはこういう奥の手が一番だからな』

 村長むらおさの発案で、都にのぼった畔人は、言いつけを守って来る日も来る日も同じことを言い続けた成果で、すでに都草みやこぐさの間では、辺境の谷合たにあいにある呪いの村の噂でもちきりであった。

 一緒に都に上ってきた仲間たちは先に帰っていったのか、ともに野宿していた洞穴には誰の姿もなかった。


 ……その夜、畔人は、ふる里への帰途についた。

 道なき獣道けものみちを西へ、北へ。

 やがて訪れるにちがいない都の人々のために、草木をなぎ倒し、歩きやすいように道のすじを造ることを忘れなかった。せっかく来てくれる人に怪我をさせない意味合いもあった。

 年若としわかとはいえ、誰に指示されなくも畔人にはそういう配慮がしぜんとできる。だからこそ、村長むらおさからは、

『わしのあとを継ぐのはおまえしかいない。わしが生きているうちに、しっかと学んでおくのだぞ』

と、顔を合わせるたびに言い聞かされてきた。そのことは村のみんなも知っているから、仲間たちは意地悪で先に帰っていったのだろうと、畔人は察していた。

 ふる里に近づくにつれ、いまだ感得かんとくしたことのないような異様な気が全体をおおっていることに気づいて、畔人はなにげに首をかしげた。

(なにかあったのか……)

 その迷いを一瞬のうちに打ち消し、畔人は寄り道をせず村長宅へ急いだ。

 小窓から中をうかがうと、村長の視線と交わった。

「なんだ、くろか……! おまえたちのおかげで、食いもんが手に入った。さ、おまえも疲れを癒やすがいい」

 素直にうなづいた畔人は、手渡された人間の脚にガブリと喰らいつつ、一方で冷静にこんなことを考えていた。

(……呪いの村だなんて、呼び方があたり前すぎる。もっと、こう、耳にした人間どもがドキドキワクワクするような村の名にしたいもんだ)

 


              ( 了 )

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

読切り掌篇小説集【漂泊する時系列】✱各話読み切りです。お好きなタイトルからどうぞ😶‍🌫️🫣 嵯峨嶋 掌 @yume2aliens

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ