旗色悪し、負けるな私

コラム

***

福井県から都内へと引っ越してきた私――道重みちしげ真宵まよいは、新たな高校生活に胸を躍らせていた。


街にある電車でも外でも人の多さにビックリ。


ビルなどの高い建物にも圧倒され、観光地でもないのに思わず写真を撮ってしまうほどだ。


すべてがキラキラしていて、地元の仲間たちにそのことを話したら、羨ましさのあまり連休を使って泊まりに来ると言っていた。


皆と会えないのはちょっと寂しいけど、ずっと憧れていた都会。


父の仕事の都合に感謝だ。


しかし、浮かれてばかりはいられない。


学校でも仕事でもなんでもそうだが、まずは人間関係が大事である。


田舎から来た変わり者と見られないように注意しなければ。


こう見えても私は、地元では女だてらにクラスを束ねる立場だった。


上級生も下級生も皆「真宵ちゃん、真宵ちゃん」と頼ってくるほどで、学校だけでなく村でも私を知らない人がいないくらい、何かあれば当てにされる人間だったのだ。


そんな私だけに、人見知りもしないほうで、コミュニケーション力にも自信がある。


方言もほとんどないし、すぐにでもクラスに馴染めると思っていたんだけど――。


「あの子、道重さんだっけ? なんか男子に人気あって意味わかんないんだけど。男ってああいうのが好きなわけ?」


「どーせ最初だけでしょ。チヤホヤされんのもさ。めずらしがってるだけだって。珍獣みたいなもんだよ。本人はあたしらに嫌われているのに気づかねぇし。つーか空気読めよって感じ」


「真宵って名前だから迷ってんじゃないの? 嫌われてるのか嫌われてないのかってさ」


――と、偶然クラスメイトの女子たちが話しているのを聞いてしまった。


どうやら私は、彼女たちに悪いことをしてしまったようです。


男子と普通に話してはいけない。


都会ではおかしいことなんだ。


男子と女子が一緒にいるなんてのは。


自分の配慮のなさに打ちのめされる。


「難しいな……。地元の学校じゃそんな決まりなかったのに……」


その日の帰り道、声をかけてくれた男子生徒たちに愛想なく頭を下げると、私はひとり呟いた。


私は都会の学校の人間関係が、こんなにも複雑だったなんて思ってみなかった。


やっぱりここは合わないのかも、田舎者の私には……。


人の心がそんなに複雑なものなんて考えたことなかった。


嫌われていたなんて、ぜんぜん気がつかなかったよ……。


こういうところが空気が読めないんだな、私って。


クラスメイトの子たちに嫌われるのもしょうがない……。


落ち込む私に真夏の暑さが追い打ちしてくるようで、心も体も干からびそうになっていた。


「あッ、スマホ揺れてた……。里利さとりちゃん」


突然電話をかけてきたのは、西方せいほう里利という福井県にいた頃の親友だった。


私は咳ばらいをして喉の調子を整えると、スマートフォンの画面を上にスワイプして応答。


無理やり声のトーンを上げて電話に出た。


《よう真宵、げんきぃ?》


里利ちゃんは相変わらず無愛想な声で、地を這うような低音ボイスを聞かせてくれた。


昨日も話したばかりだが、私にとっては聞いているだけで安心できる親友の声だ。


私が「うん」と答えると、里利ちゃんは再び訊ねてくる。


《もう学校終わったんか?》


「うん、今は下校中だよ。これからどっか寄ってこうかなって思ってて。こっちは楽しいことばっかでぜんぜん時間が足りないよ」


《真宵、なんか無理してへん? げんきあるゆうのもウソやろ?》


「え……ッ?」


里利ちゃんはすぐに私の強がりを見破った。


なんとか誤魔化そうとする私に、親友は言う。


《どうしたん? 学校でなんかあったんか?》


「里利ちゃんって……心が読めるの?」


私が訊ね返すと、スマートフォンごしに彼女の笑い声が聞こえてきた。


そして、元気がないことくらい声の調子でわかると、優しく言ってきた。


一体何年一緒にいたと思っているんだと。


親友が強がって明るい声を出していることくらい察せると。


《まあ、こっちのみんなも高校生活には戸惑っとるわ。あたしはいつも通りやけど》


里利ちゃんは強い。


私は、もう帰りたくなっちゃってるよ。


親友やみんなに会いたい。


今すぐにでも福井県に帰りたい。


だけど、そんなこと言ったら心配かけちゃうよね。


「……ねえ、里利ちゃん」


《うん? どうしたん? やっぱなんかあったんか?》


私は思考がまとまらない状態で訊ねた。


里利ちゃんと私はいつから親友になったのか。


どうやって仲良くなったのかを。


《さあねぇ~、覚えとらんよ、そんなの。大体いつの頃の話だと思ってんの。あたしらは気が付けば一緒におったし》


「だよね」


《あッ、でもあれ。花火一緒にやったときじゃなかったよのぉ?》


それから里利ちゃんは、当時の思い出を話してくれた。


そのときの私が、マッチで火を付けて近づいてきたので怖かったことや。


手持ち花火を振り回していると、私が黙って手を思いっきり掴んできたと、笑いながら言った。


《だから最初の印象は最悪だった》


「そうだったのッ!? 私、ぜんぜん知らなかったよ、そんなこと……」


《でも、考えたらわかったんよ。ぜんぶあたしに気を遣ってくれてたんやなって。優しい子なんやなって。そっからやない? あたしらが仲良うなったの。わからんかったんよ、すぐには》


それから里利ちゃんは、私のことを嫌いだった人が多かったことを思い出させてくれた。


今考えてみると、小学校の頃は私は周りから浮いていた気がする。


よかれと思って行動したことが、相手に不快感を与えているなんてまったくわかっていなかったのだ。


だけど、そんなみんなとも仲良くなって、引っ越すときには見送りまでしてくれるようになった。


そんな私のような人間が、最初から新しい環境で上手くやろうなんて無理だったことを、里利ちゃんの話から思い出せた。


「ありがと……。里利ちゃん」


《お礼を言われるようなことしてへんよ》


「明日は私から電話するね。いっぱいグチ言うつもりだから覚悟しておいてよ」


《おう、待っとります》


電話が終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。


まるでさっきまでの私の心の中だ。


でも里利ちゃんから勇気をもらい、私は自分が本来どんな人間なのかを思い出せた。


悩んでたってしょうがない。


私は私でしかないんだ。


それで嫌われたら合わなかったってだけ。


そう思った私は、その帰りにコンビニへ寄って大量の花火を買って帰った。


――次の日の朝。


学校に買った花火を持っていった私は、朝のホームルームのときに挙手して、先生やクラスメイトたちに言う。


「今夜花火をしませんか、みんなでッ!」


人の心はわかりません。


だから私のやり方を続けようと思いました。


里利ちゃんとそうだったように。


いつか笑い合える人がこのクラスにいたらなって思って……。


そうなったら嬉しいです。


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