アレクはこうして勇者となった

節トキ

アレクもレジェンドとなった


「あの剣を、ここへ」

「はっ」



 いかめしい表情で放った長老の言葉を受け、側に控えていた厳つい男がさっと立ち上がる。それからすぐに、彼は横長の木の箱を持って戻ってきた。


 今日、俺は十六の誕生日を迎えた。そこで話があると長老に言われ、村外れにあるお屋敷を訪れたのだが……何だか雰囲気が重々しい。


 母一人子一人の俺の家庭を長老は何かと気にかけて、いろいろと援助してくれた。

 だから今日も、サプライズで誕生日パーティーでも企画してるんじゃないかとウキウキして来たのに、どうも思ってたのと違う。


 バースデープレゼントにしても、剣はちょっと選択ミスだ。俺には村の自警団に入れるだけの体力も根性もないし、のんびり畑を耕して一生を過ごすつもりでいる。

 剣よりも機能性の高い鍬とか、女の子にモテそうな服とかが良かったな……なんて贅沢なことは言っちゃいけないか。


 長老の好意を無にしてはならない。そう考えて喜びの笑顔を作ろうとした俺だったが、次の瞬間固まった。



「アレクよ、落ち着いて聞いてくれ。お前の亡くなった父は……実は昔、魔王を倒した勇者だったのだ!」



 長く白い髭に覆われた口元をカッと開き、長老が驚愕の事実を明かしたからだ。


 長老曰く、俺の父親は勇者と呼ばれる伝説の剣士だったらしい。国を脅かした魔王なる存在を倒した後、あちこちを旅していたところ、偶然訪れたこの村で女性と恋に落ち、二人が結婚して生まれたのが俺なのだという。


 勇者だったという父親は、俺がまだ赤子の時に亡くなったと聞いている。川で溺れていた子を助けて溺死したのだと、母さんは悲しげに言っていた。


 長老の言葉が真実ならば、父親は勇者に相応しく、正義感に溢れる人だったんだろう。

 とはいっても、顔も知らない俺にとっては他人の武勇伝を聞いているような、そんな遠い感覚しか湧かなかった。



「都から流れてきた不穏な噂は、お前も知っているだろう?」



 長老に問われ、俺は頷いた。


 最近、都の周辺に魔物が現れるようになったという。王国軍が懸命に対応しているそうだが、どんどん魔物の数が増えて被害は大きくなるばかり。この辺境の村もいつか魔物の餌食にされるんじゃないか、と幼馴染のリアナは細い体を震わせて怯えていた。


 その肩を抱いて慰める……なんて、意気地なしの俺にできるわけがない。でもいつか勇気を出して、彼女に想いを伝えられたら……。



「今の状況は、二十年前とまるで同じなのだ。恐らく、魔王が復活したに違いない!」



 長老の鋭い声に、俺は我に返った。



「魔王が復活……? そんな、父さんが倒したのに何故」

「魔王は死なぬのだ。何度でも蘇る。その度に倒して人類を救う。それが自分達の使命なのだと、お前の父は言っておった」



 自分達。ということは、もしや……。



「これは、お前の父が死の間際に儂に託した剣だ。勇者の血族の者のみが扱える剣だそうで、魔王に対して大いなる力を発揮するという。お前が十六の成人を迎えたら、真実を話すと共にこの剣を渡すようにと……しかし儂も、よもやこのタイミングで魔王が復活するとは思わなんだ」



 促されるがまま、俺は恐る恐る木箱の蓋を開けた。


 中には、一本の剣が入っている。長くもなく短くもなく、シンプルな形状でありながら、刃は研ぎ澄まされたように美しい光を放っていた。

 思わず柄に触れようとして、しかし俺は押し留まった。長老の縋るような目に気付いたせいだ。



「こ、この剣で俺に魔王を倒せと言うのですか? 無理です、俺にそんな大それたこと、できるわけがない!」



 必死に首を横に振って、俺は長老の声なき願いを拒否した。


 剣なんか握ったこともなければ武術の心得もない俺に、どうしろという? 勇者だった父の血を引いているというだけで、何の取り柄もない普通の人間なのに。



「お前にならできる。いや、お前にしかできぬ。どうか我々人類を……世界を救ってくだされ、勇者様!」



 長老が頭を床にすり付け、懇願する。


 待ってくれよ……俺は勇者様なんかじゃない。世界を救うなんて、俺なんかには不可能だ!



「おやめください、長老!」



 ずっと黙っていた男が、初めてここで口を開いた。



「アレクにそのような重責を負わせないでください。アレクは、誰よりも幸せにならねばならんのです。彼は私の娘の命を救ってくれた恩人の息子……勇者という名ばかりでなく、我々と同じ村人として生きた『カロンの子』として、彼の未来も尊重してやってください。魔王退治には、私が行きます。そのために……今日のこの日のために、私は修行してきたのです!」



 カロンとは、俺の父の名前だ。

 そこで俺は、思い出した。


 この人……どこかで見た覚えがあると思っていたら、リアナのお父さんだ。ほとんど村にいなかったから、顔を忘れかけていた。


 確かリアナのお父さんは、元は村の自警団団長だった。しかしそれを辞して剣士になる道を選び、現在は世界各地で高名な剣豪に師事し、腕を磨いているとリアナは言っていた。滅多に家に帰って来ないから寂しい、とも。



 そうか……父さんは、リアナを助けたんだ。自らの危険も省みず、勇気ある行動で。


 そして、リアナのお父さんも、俺を助けようとずっと頑張っていたんだ。家族も省みず、愛する娘を救ってもらった恩に報いようと。



「いいえ、俺が行きます……!」



 強い決意を胸に、俺は二人に告げた。


 ずっとどこか遠い存在でしかなかった父さん。でも父さんは、俺の大切なものを守ってくれた。父さんの子として、俺もやらなきゃ。いや、俺がやるんだ。


 自分の大切なものを、今も奪われかかっている人達の大切なものを守るために。


 その思いが揺らぐ前に、俺は剣を掴んだ。



 すると、驚くべきことが起きた。剣を握るや、俺の体が強烈な光に包まれたのだ!




「ほう……お前が今度の勇者か」



 聞き慣れない声が落ちてきたので、眩さに耐え兼ねて閉じた目を開いてみる。すると、前方に黒い岩の壁があった。


 いや、壁じゃない。巨大なドラゴンだ。


 その大きさ、仰け反る体勢になって見上げねば頭が見えないほどでかい。


 おまけに、周囲の光景も一変していた。長老の家にいたはずなのに、辺りは洞窟の要塞みたいな不気味な場所に変わっている。そこに、俺一人佇み、巨大ドラゴンと対峙しているという状態……って、何で何で何で何で何で!?



「ここまで来た健闘と勇気を讃えて、自己紹介してやろう。我こそが魔王……人類を滅ぼし、この世界を魔物のものにする存在よ!」



 凍りつくばかりの俺に、ドラゴンは高らかに吠えた。



 ちょっと待とうや、現実よ。一旦落ち着こうじゃないか、俺。


 あのドラゴンこそが、どうやら魔王と呼ばれる存在らしい。で、俺はその魔王の目の前にいる。さらに言うと、俺が勇者だと既にバレてるみたいだ。


 まさか……この勇者の剣の力で、一気に魔王のいるところまで飛ばされたのか?

 すげーな、おかげで魔王様に健闘と勇気を讃えてもらっちゃったわ。いやー、ほまれ誉れ!



「何だ? 貴様は自己紹介してくれぬのか? フン、ビビッて動けぬようだな…………ならば死ねえええ!!」



 駄目だ、逃避しても現実は待っちゃくれねえ!


 魔王ドラゴンが、口から炎を吐く。村の祭りの時に広場で燃やす巨大火柱なんかの比じゃない。炎の海が上から襲ってくるようだ!



「ひぇっ……イヤーーーー!!!!」



 情けない悲鳴を上げ、俺は剣を盾のように翳した。こんなもんで防げるなんて思ってなかったし、溺れる者は藁をも掴む的な行動だった……のだけれど。



 何か、剣からビーム出た。



「ぎゃあああ!」



 ビームを浴びて、魔王が咆哮する。ビームが止まったところで恐る恐る様子を見てみると、ドラゴンは完全に石化していた。またすぐに蘇りそうで不安だったから、さらに追いビームを食らわせて砕いといた。

 うん、これで一先ず死んだな。取り敢えずは死んだ。よしよし、安心安心。


 外に出てみたら、魔王軍らしきモンスターも石化して全滅していた。ウソやん、あっさりすぎん?



 魔王を倒してので帰りたいと願ったけれど剣はうんともすんとも言わず、帰りは徒歩だった。サポートしてくれるのは、行きだけらしい。




 三日かけて村に戻り、長老に魔王を倒したことを報告した。長老もリアナのお父さんも、超喜んでた。村の皆も俺を熱く激しく称えた。


 おかげでリアナのハートも射止められた。



 でもやっぱり……あの魔王退治は、ないわー。何度思い返してみてもないわー。あんな戦いで勇者呼ばわりとか、ないわー。


 どうにも腑に落ちなかったので、俺は感謝してくれる皆様への申し訳無さから、それ以来ずっと人助けに尽力した。



 きっと父さんも同じだったんだろう。



 同じ勇者になって、俺はやっと父の気持ちを知った。



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