最終話
──……。
目の前には、どこまでもつづく黄金の海が広がっている。ぬるぬるしているかはわからないが、つやのある灰色のいきものが水の中を優雅に泳いでいるのは見える。それは夕焼け空に向かって大きく跳ねて、きらりと鱗を輝かせた。
メリノは砂浜で、ぼんやりとその景色を見ていた。寄せては返す波間は白く、小さな小さな花びらのようにはじけて散る。
隣に立つオーシャンになにか言おうとしたが、言葉が上手く出ない。何度か口を動かしてみて、そうして困ったように少し微笑んだ。
──メリノの綺麗な黒い髪はもうすっかり白くなって、最近は起きていることも珍しくなった。こんなにしっかりと目を開けているのは久しぶりで、今日はなんていい日なんだと嬉しくなる。
「どうしたの、メリノ」
目線を合わせてしゃがんで、すっかりしわくちゃになった手を取る。翠色の目に映るオーシャンは、ふたりで海にいこうと話したあの時と変わらない。ただ、さすがに百年近くも経てば塗装がはがれてきたみたいで、ところどころから錆色の骨組みが露出している。
建物の残骸にうち棄てられた金属やパーツで身体の綻びを修理してきたが、そろそろ資源も限界なようだ。オーシャンはしわくちゃのメリノの手の甲に額を当てた。
初めて出会った時からこの世界にはメリノとオーシャンのふたりだけで、なんならメリノのひとりだけで、自分はただのがらくただった。
メリノはひとより頑丈で長生きだけれど、オーシャンの動力に比べると、それでもまばたきのように短いのだ。
メリノはいつも、オーシャンには見えないなにかが見えていた。誰と話しているのかわからない時もあったが、その時のメリノはどこか楽しそうで、そうならべつになんだっていいのだ。
「なんだか眠いな。海についたから、すこし気が抜けたのかな」
ふとメリノの顔を見上げると、いつものように目蓋を落として眠っていた。かすかに握っていた手の指がほどけてしまいそうになって、オーシャンはそれを両手でぎゅっと支えた。
「俺も寝るか。おやすみ、メリノ。またあしたね」
波の音が、遠く遠く、落ちていく意識の片隅にぼやけていった。
END
メリノとオーシャン〜死ねないキミと終末を〜 八神 庵里 @yagami_ior
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