第9話 私は、剣。壊れた、装置。
そして、ついに――ソルティルは、七つの頂点が一つ、《グレイスレイヴ》を抜き放った。
その剣の異常性は、一瞬で明らかになる。
標準的なサイズの剣よりも、長く幅広ではあるものの、片手で扱える程に収まる。
そのはずが――間合いの遥か外側から、刃が伸びて、飛来してくる。
蛇腹剣。
剣の内部にワイヤーが仕込んであり。
刃が分割され、鞭のように伸びる構造になっているのだ。
本来、このような異形の剣は、強度が大きく落ちるが――《グレイスレイヴ》は《神器》だ。
《神器》は、《神獣》という、最強のモンスターから取れる素材によって作られる。
《神獣》の一体である、とある『竜』の鬣や牙を加工した刃とワイヤーは、構造の異形を補って余りある、凄まじい強度を誇る。
かくして成り立つ、異形にして最強。
鞭と剣の特性を両立したそれは、剣士の間合いを外側から侵食し、蹂躙する。
猛攻の幕開けに、俺はは防戦一方を強いられる。
複雑怪奇な動きの蛇。
近づくことすらできない。
わかってた。
設定資料で、何度も見たよ。
ゲームで、何度も、何度も、負けたよ。
強いのは、わかってた。
それでも、ここで勝たないとダメだ。
最速で、ソルティルを救いたい。
彼女の苦しみを、1秒でも短くしたい。
そのためなら、俺はどれだけ苦しんでもいい。
どれだけ、難易度が跳ね上がってもいい。
どんな無理ゲーだっていい!!
しかし……このような異形を、どう対処すればいいか?
《グレイスレイヴ》が伸び切った瞬間を狙って、刀を叩きつけて、大きく弾き飛ばす。
同時、駆け出して接近。
これだけで、接近することができる――はずだった。
ただの蛇腹剣への対処ならば、これでよかった。
しかし――。
ソルティルは弾かれた先の座標に、磁場を発生させていた。
《マグネイト・シュヴァンツ》。
磁力によって、剣の軌道を変化させる技。
剣技、神器、魔術の複合技だ。
遠隔での魔術発動。
《雷》の高等操作による、磁場の発生。
刃が弾かれるタイミング、場所の先読み。
全ての技量が、彼女の途方もない研鑽を示している。
磁場の反発により、グリスの背後へ刃が迫る。
これで終わりだ。
これを防ぐ方法は、現在のグリスには、存在しない。
◆
――存在しない、はずだった。
そう、『本来のグリス』には、だ。
――
極東の国に住まう、『ライザキ』という一族が生み出した剣術だ。
グリスニルの剣の師匠は、その一族の者だ。
『神装七家』とは、まったく異なる理念で強さを求めた一族。
剣ではなく、刀という武器の操法を極めた者達だ。
魔術ではなく、剣術を追い求めた者達だ。
もちろん、ゲームシナリオのグリスも、『雷咲』の技を使いこなしてはいた。
だが、それはシナリオの中で、長い時間をかけて修練したものだ。
今の俺は、ラスボスの直前でやっと会得できる《奥義》すら、既に使うことができるのだ。
わかってしまう。
知識として、知っている。
どうやって体を動かせばいいのか。
どうやって魔力を操ればいいのか。
「
――瞬間、グリスの姿が霞んだ。
グリスには、『加護』がない。
火も、水も、操ることができない。
グリスは、魔術を使うことができない。
しかし――グリスが、『魔力』を操ることができないわけではないのだ。
むしろ、『魔術』という、自身の『加護』に基づいた技術を一切扱えないからこそ、誰よりも『魔力操作』を極めた。
誰もが当たり前に行う、魔力による身体能力強化。
これを極めるとは、どういうことか?
通常、『身体強化』は、ある程度の発動時間を指定して行う。
その際の『出力』も、基本的には一定だ。
『走るペース』などで考えてみると、わかりやすいだろう。
短距離・長距離に応じて、自分のペースというものがあるだろう。
そして、こんな基本法則がある。
魔力による作用は、『発動時間』が短い程に、『出力』が増す。
誰だって、短距離は速くても、マラソンを同じペースでは走れないだろう?
『発動時間』を短くするには、そのための長い長い修練が必要になる。
通常の身体強化は、『魔力を纏う』イメージ。
鎧のように、体に纏わせて、維持する。
だが、グリスの場合は、自身の一瞬の動きと、魔力の『発動』を完全に一致させる。
他の者と、グリスでは、根本的に、魔力の扱いに隔絶した差があるのだ。
魔力の、操作スピードが違いすぎる。
グリスからすれば、他の全人類は、マラソンのようなペースでしか、魔力を操作できていないのだ。
それでは、遅い。
遅いすぎる。
グリスだけが、『魔力』を、正しく操作できている。
『加護』のないグリスが至った、人類最高の、魔力操作能力。
これにより、『出力』は爆発的に高まり、ただ『走る』という動作を強化することすら、神域の技術に至る。
それが《流星》。
夜空を刹那で駆け抜け、燃え落ちる星の如き、高速歩法。
グリスが走った跡に、残光が刻まれる。
磁場で弾いた《グレイスレイヴ》の刃は、空を切る。
見えない。
速すぎる。
雷で強化した移動速度を、遥かに超えている。
しかしそれでも――ソルティルの攻撃は終わっていなかった。
蛇腹剣は伸び切っている。
もはや今からさらに磁場で弾いたところで、グリスには届かない。
雷撃を放つ?
不可能、狙うことすら間に合わない。
格闘戦に持ち込む?
不可能、刀を持って間合いで勝るグリスの方が速い。
ソルティルは詰んでいるか?
――否。
彼女はまだ、盤上に残しているものがある。
――それは、折れた剣だった。
蛇腹剣と同時に、折れた剣を磁場で弾き飛ばしていた。
自身に突き刺さる可能性すらある軌道。
それでも、グリスがそこへ来るのならば、ちょうど当たる位置に。
蛇腹剣で仕留められていれば、それで良し。
その時は自身で飛来する剣程度、いくらでも対処できた。
読んでいた。
グリスの奥義など、知らない。
それでも、万が一にでも、グリスが《グレイスレイヴ》を避けるのだとしたら?
その先に対する手を、打っていた。
「これは……お前の教えだ、グリス……ッ!」
『お前』。
『グリス』。
ソルティルは、今確かに、そう口にしていた。
――「なぜだ!? なぜ私が、お前に負ける!? 私の方が、魔力も、加護も、全て上のはずなのに!」
遠い昔。
小さなあの頃。
戦いの道理も弁えない小娘は、そんな文句を喚き立てた。
ソルティルは、ずっと昔、グリスに負けている。
それでも、なお。
「《神器》を持っていてもなお、その先を見据えて、盤上にあるものは全て使う……強くなったね、ソル……《神器》だけじゃない、本当の強さだ」
グリスもまた、読み切っている。
――そして、グリスは飛来した剣を掴み取ると、それをソルティルの喉元へ突きつけた。
「それじゃあ、改めてもう一度――久しぶり、ソル。思い出してくれた?」
「まったく……お前に負けるのはいつも腹が立つ。……お前を忘れたことなど一時たりともあるわけがないだろう……バカグリス」
武闘場を、静寂が包んだ。
誰も、何が起きたのかを、理解できていない。
だが、あり得ないことが起きている、ということは、わかっていた。
刀を下ろすグリス。
そして、ソルティルが観客に向かって、叫んだ。
「見ての通り、グリスニル・ヴェイトリーは、神器を使った私に勝利した!
よって、彼を私のパーティーへ加える!」
「マジかよ……!?」「《ブランク》が、ソルティル様と……!!?」
「大変なことになったぞ……!!」
どよめきが、会場を包んでいく。
「私は《ブランク》だろうが、実力がある者は人類のために尽力してもらうべきだと考える! 文句がある者は、私……もしくはグリスニルが相手になろう!」
誰も、文句など言えるはずがなかった。
《ブランク》への差別や偏見の歴史は長い。
感情として、すぐに受け入れることは難しい。
同時に、厳然たる事実として、グリスに勝てると思える者がこの場にいないことも事実だ。
「これより私とグリスニルはパーティーを組み、魔王討伐のための戦いを始める!」
ソルティルがそう宣言すると、歓声が湧き上がった。
皆、当たり前の事実に気づいたのだ。
グリスニルは、《ブランク》である以上、見下されるはず。
だが、同時に、ソルティルに勝ってしまうのだから、魔王討伐の切り札になる。
差別対象であり、人類の希望。
矛盾しながらも、しかし。
人は、自分の目で確かめた強さを、全て否定することなどできない。
グリスの強さが、本物であるとし証明された瞬間だった。
□
【SIDE:ソルティル】
――ずっとこの時を待っていた。
思っていた程、ロマンチックではないけれど、こういう物騒な在り方も、私達らしくて悪くないか。
話したいことが、山程ある。
これまでのこと。
これからのこと。
たった今、出来た疑問。
あの技はなんだ?
なんだあの動きは?
どうすれば人間があんなに速く動ける?
ありえない。本当におかしなヤツなのだ、
昔から。あの時もそうだった。
本当は、許されないのだ。
今だって、許されないことをしている。
七家の者が、衆目の前で、負けるなど。
許されないことだ。
でも、それよりも……。
だって、ずっと、ずぅ――っと、グリスと
会いたかった。
戦いたかった。
触れ合いたかった。
…………本当に、本当は、許されないのに。
私は。
ソルティル・ヴィングトールは、世界に七つしかない《神器》を持つ勇者。
私は剣。
私は、装置。
ただ、世界を救うだけの、世界のための道具。
剣に、心はいらない。
それなのに……、グリスが壊したんだ。
私の、歯車、狂わせた。
私は勇者。
私は剣。
世界を救うための道具。
剣に、心はいらない。
――私はきっと、いつか、世界を救うために死ぬ。
生まれた時から決まりきった、当然の運命。
それなのに。
私は壊れているから。
壊れて、いるから。
世界なんてどうでもいいから。
どうせ死ぬのならば、彼の剣で殺されたい。
そんな壊れた願いを、想ってしまう。
私の未来はわからないけれど。
今はただ、彼と剣を交えられたことが嬉しくて、私は涙を溢れさせた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
面白いなと思っていただけたらフォロー、☆、♡などで応援よろしくお願いします!
ヤンデレヒロインの闇落ちラスボス化ルート・バッドエンドからの、レベル1縛り最速攻略救済RTA -グレンツェル・レガリア- ぴよ堂 @nodoame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヤンデレヒロインの闇落ちラスボス化ルート・バッドエンドからの、レベル1縛り最速攻略救済RTA -グレンツェル・レガリア-の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます