第23話


 先輩と別れて教室に入れば、いつにも増してざわざわと騒がしい教室。隣の席の子に「なにがあったの?」と聞いてみる。


「4組に転校生が来るらしいよ」

 思っていたよりも普通の話題。もっとビッグニュースかと思ったのに。

 ──でも、4組って言ったら遊のクラス。なんだか嫌な予感が頭を過ったけど、まさかと頭を軽く振った。



「世良!」

 息を切らして私のクラスに入ってきたのは一稀。その表情は固くて、また胸がざわめく。


「世良、転校生の話聞いた?」

 同じタイミングでそばへ寄ってきた亜矢も皆と同じように興奮ぎみ。2人に詰め寄られるようにされたら怖い。

「ちょっと、亜矢ちゃん!」

 亜矢が転校生の話をしようとするのを何故か止めようとする一稀。また、嫌な予感がする。





 その時



「──瀬川くんの元カノだって!」


 亜矢の言葉に、鳥肌がたった。


 私が予想していたより、もっとビッグニュースだったみたいだ。


「……え」

 一稀はあちゃーっとおでこに手を当てて気まずそうにしている。

 馬鹿だね、こんなビッグニュース、いつかは私の耳に入るだろうに。私が傷つくのを心配して、亜矢を止めてくれたんだね。


「……世良」

 心配そうに私を覗きこむ一稀。周りに遊との関係をバレたらいけないから、慰めることもできなくて歯がゆそう。


「……」

 でも、そんな一稀の気遣いすら目に入らないくらい動揺している私。


 あんなに耳に入ってこなかった噂話が、至る所から聞こえてくるから。





「──噂では、ヨリ戻したみたいだよ!?」


「──え、じゃあ噂の彼女って…」


「──噂通り、めっちゃ可愛いんだって」



 噂、噂、噂……。


 どれも信憑性があるのか怪しいけど、その全てが私にとって嬉しいものではない。


 体中が冷たくなって、手足が震える。

「見に行こうよ!」

 楽しそうに言った亜矢に苛立ちを感じつつ、私は抵抗せずについていく。


「ちょ……大丈夫なのかよ?」

 小声で耳打ちした一稀に、私はただ頷いた。一稀には、きっとバレてる。潤んだ瞳から零れそうなものが。







 そして私は4組に向かって固まりそうな脚を、必死で動かす。興奮気味の亜矢について遊のクラスへ。


 溜まった涙を堪えて彼の姿を探す。噂を聞きつけた野次馬がクラスの前にうじゃうじゃいる。そんな野次馬をかき分けて、ドアから覗きこんだら遊の席には彼とその友だち。噂の“彼女”はいなくて、ホッと胸をなで下ろした──その時。


 私の後ろから、軽い足取りで教室へ入っていくスタイルの良い見慣れない女の子。チラリと見えた横顔はお人形さんみたいで、通り過ぎた時にふわりと香ったお花畑にいるみたいなフローラルな匂いも、何もかもが“女の子”って感じ。


「遊っ」

 私が堂々と呼べないその名前で、馴れ馴れしく触れられないその手で彼に近づく女の子。


 ──ああ、この子か。

 なんて考えた自分は意外と冷静。それでも、目には涙の膜が張っていくのは避けられなくて。


「お似合いだよね」

 どこからか聞こえてきた声に身体中が熱くなった。



 彼の隣に胸を張って立てる人。


 その資格を持っている人。



 私にはない、大きな目。いい香り。高い鼻筋に、ぷるぷるの唇。柔らかそうな髪と長い手足。


 比べてみたらきりがないのは分かっているけど、そうせずにはいられない。



「あのね、悪いんだけど……学校の中を案内してくれない?」

 手を合わせてお願いする姿も、困ったように笑う表情も可愛い。

「ああ……いいよ」

 了承した遊に

「ありがとうっ」

 にっこり笑って、そう言った。



 私が素直に出せなくなった言葉を


 上手く見せられなくなった笑顔を


 真っ直ぐ遊へ向ける彼女に、敗北感しか抱かなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自己肯定感低め女子とラナンキュラスな王子様 向日ぽど @crowny

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ