11ケタのタトゥー
こぼねサワー
第1話(完結)
昔よく通っていたバーのカウンターで、一時期よく見かけた、美人のOLさん。
仮に「A子さん」としておこう。
たたずまいは清楚系なんだけど、いつも決まってゴードンを使ったドライ・ジン・マティーニをヘビロテで呑んで、ケロッとしてた。
それと、左手の甲に11ケタの数字が並んだタトゥーを入れてるのが、かなりのインパクトだった。
その数字のアタマの3ケタが「080」だったから、
「それ、携帯の番号ですか?」
って聞いたら、A子さん、キレイな顔でニンマリ笑って、教えてくれた。
A子さんがハタチになる少し前、8才年上の彼ピッピ(原文ママ)と同棲をしていたそうだ。
ところが、この彼ピッピ、やたら束縛が激しくて、異様に嫉妬深く、おまけに、交際相手に対する怒りのタガがとんでもなくユルくて暴力的。
アリテイにいえば、いわゆるDV男の典型だった。
付き合い始めは、すごく紳士的で、オオラカだったそうで。
けど、一緒に暮らし始めた早々、会社帰りにイキツケの美容室に寄って帰宅したA子さんに、彼ピッピが、
「美容師って、男なの?」
と、ナニゲない口調で聞いてきたから、
「そうだよ。カットがうまいんだよね、その人」
って、笑って答えたら、次の瞬間、思いっきりホッペタに張り手が飛んできたとのこと。
一瞬アタマが真っ白になったほどの衝撃と痛みと驚きと悲しみ、エトセトラ・エトセトラ。
あらゆる負の感情の末尾に「
その状態で、彼ピッピから、会社の上司や同僚、近所のコンビニの顔ナジミの店員、週末に観に行く予定だった恋愛映画の主演俳優にいたるまで、あらゆる「男」との「
いかんせん、清楚系のA子さん、おとなしやかな見かけによらず、めちゃめちゃプライドが高い。
さんざんマワリの女のコにマウントをとってしまってきてたから、いまさら、誰にも相談できない。
――高身長・高学歴・高収入でイケメン寄りの自慢の彼ピッピが、実はとんでもないDV野郎だったなんて。
絶対にバレたくないのだ。
そんなこんなで、同棲から3か月くらいたった、ある夜。
A子さんの手づくりのディナーによって保たれていた平穏を、携帯電話の着信音が切り裂いた。
「誰から?」
と、彼ピッピが、A子さんの携帯を横からのぞきこんでくる。
ディスプレイに羅列された、11ケタの数字。
メモリーには登録していない、見知らぬ番号だ。
A子さん、彼ピッピがヘソを曲げないように、慎重に、
「知らない。なんかのセールス電話じゃん? エステの勧誘とか、英会話とか、ほら……」
「セールスの電話だとしても、オマエの番号をしらなきゃ電話をかけようがないじゃん。誰に教えたん? 番号」
「は? 意味わかんない。誰だかわかんない相手に教えるわけないじゃん」
「意味わかんないって、なに? 意味はわかるでしょ。オレのことバカにしてんの?」
「は? は?」
「は、じゃねぇよ。バカなの、オマエ。自分がどこで誰に電話番号を教えたか、覚えてねぇの? 軽いんだよ、テメェは」
「え、……そういう話じゃなくない?」
「なら、電話に出てみろよ」
「やだってば。知らない番号なんか、出たくない」
「いいから出ろや。やましいところが、ないんなら」
いよいよ雲行きがあやしくなってきたので、A子さん、仕方なく電話に出た。
そのとたん、陽気で騒がしい喧騒とともに、
『あー、やっと出てくれたぁー。待ちくたびれたよ、マイハニー』
と、ヘベレケの男の声のあと、「ブチュッ」と不快なリップ音。
A子さん、たちまち背中に氷水をぶっかけられた気分になった。
「あの、……どちらさまか知りませんけど、間違い電話ですよ、これ」
『またまたぁ。なんなの、その他人行儀はぁ。新しいプレイ?』
「だから、わたしは、あなたのことなんか知りませんってば!」
本当だった。
どこの誰とも知らない酔っぱらいからの、あまりにヒトリヨガリの間違い電話だった。
それなのに、
『なんでぇ? なんでそんな冷たいこというのぉー?』
と、ヘベレケ男は泣きだした。
それから、ガサゴソと雑音がしてから、別のヘベレケ男が電話をかわった。
『ちょっと、イジメちゃダメだよ、カノジョ。コイツ、わりと本気なんだから』
「だから、ホントに、知らないっ! 間違い電話だって言ってるでしょ!」
『トボケんなよ。カラダの相性だって、すごくよかったんでしょ? ぜーんぶ聞いてるぞぉー』
A子さん、もう、できることなら相手の元に飛んで行ってブン殴りたい衝動をこらえながら、
「知りませんってば! 番号、よく見直してくださいっ」
そう叫んだ瞬間、彼ピッピが、いきなり携帯電話をもぎ取り、壁に投げつけた。
真っ赤なオニのような形相で、A子さんの脳天にコブシを落としてから、手あたりしだいボコボコに殴って、蹴りまくった。
マンションの同じフロアの住人から通報が入ったらしく、警察が介入する騒ぎになり、A子さんは、鼻骨と鎖骨と肋骨を何本か折って、救急車で病院に搬送された。
当然、お互いの親どうしにも知られると、さすがに2人は、民事上の手続きをもって別れさせられた。
退院して実家に戻ったA子さん、すぐに、くだんのヘベレケ男の携帯番号に電話をかけた。
でも、「プーッ、プーッ」と話中音が延々と空しく聞こえるばかり。
着信拒否をされているらしい。
――自分で勝手に間違い電話をかけてきておきながら……!
と、A子さん、カーッとアタマに血がのぼって、今度は固定電話からかけてみたけれど、やはり「プーッ、プーッ」と、電話がつながらない。
きっと、たぶん、端末に登録されていない電話番号はつながらない設定にしているんだろう。
A子さんは、そう考えて、それ以上、電話をかけるのをやめた。
かわりに、自分の左手の甲に、タトゥーで電話番号を刻んだ。
いわく、
「いつか、どこかで、この番号を知ってる誰かが気付いて、番号の
「そいつを探して、どうするんですか?」
って、私が聞いたら、
「包丁で刺す。メッタ刺しにする。メッタ刺しにする」
A子さんは、首を左右にフラフラ揺らしながら、ニコニコと笑った。
こっちはドン引きである。ヤバいなぁ、この人……そう思った。
でも、
「まあ、それほどの大ケガをおわされる元凶になったわけだから。A子さんが恨むのも、ムリないか」
と、オタメゴカシに私が言ったら、A子さん、
「ううん。ケガなんか、どうでもいいんだって」
「え? じゃあ、どうして」
「あの間違い電話のせいで、大・大・大好きな元彼ピッピ(原文ママ)にヘンな誤解されて、別れなきゃならないハメになったんだから。絶対に許さない」
って答えたのが、いちばん怖かった。
---おわり---
11ケタのタトゥー こぼねサワー @kobone_sonar
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