映画館なんて大っ嫌いだ

きょうじゅ

本文

 きっと何者にもなれないお前たちに一つ、聞きたい。きっと何者にもなれない俺と同じく、きっと何者にもなれないお前たちも、小説とやらを一つ書いていると思うのだが。一つ、聞きたい。お前ら、人間様を二時間椅子に座りつけて、二時間ずっと自分の作品を、脇目も振らずトイレにも行かずに読み続けろと要求する胆力があるか。きっと何者にもなれない俺には、そんなものは無い。


 数日前から、今どきレンタル店で借りてきたDVDを観ている。自宅で。


 去年の春と夏に前後篇で公開された劇場用アニメで、タイトルは正式に書くと長いが、分かりやすく言えば『ピングドラム』である。俺のアニメ歴の中で言えば生涯で五指には入る作品の、超絶久しぶりのリバイバル、それも劇場版、描き下ろし有。当然、劇場で観るべきだったのだが、俺が住んでいるのは札幌で、道内の公開劇場はなぜか前後篇ともに旭川しかなく、断念していたものがようやくレンタルに出たのだ。だから借りてきた。観ている。


 内容的には文句はない。そして別に映画版ピングドラムの内容について評論するための文章を書いているわけじゃない。俺は映画館というものについて論じたいのだ。


 自宅でディスクを再生して映画を観ることにはあまりにも多くのメリットがある。好きなだけトイレに行ける。一時停止も、巻き戻しも、聞き逃した台詞の再度の再生だって簡単だ。映画館というのは腐れ畜生だから、そんな程度のことが何一つ出来ない。AIがインターネットの世界を跋扈し、電子書籍が書店を駆逐するこの21世紀も二十余年を経た今になっても、だ。


 まったくもって忌々しい。

 なぜ。

 映画監督とかいう奴らは。


 人間様を二時間椅子に座りつけて、二時間ずっと自分の作品を、脇目も振らずトイレにも行かずに読み続けろと要求する胆力があるのか。……きっと何者にもなれない俺には、そんなものは無いというのに。


 断わっておくが俺は映画が好きだ。下手をすると小説よりも好きかもしれない。だが映画館というものは大嫌いだ。奴らは騒々しく、狭苦しく、暑苦しく、その上良い作品になればなるほど人間の密度は高すぎになり、挙句椅子を蹴る奴はいる、くっちゃくっちゃポップコーンを食う奴もいる、上映中に電話を慣らす馬鹿さえもいる。あいつらみんな死ぬべきだ。そして映画館なんてものはもう滅びるべきなんだ。


 そして俺は、公開日初日から映画を自宅で観ることができるようになる。


 しかし。


 しかしだ。


 なぜ、自宅で映画を観るという行為はこんなにも締まらないのか。こんなにも、集中できないのか。こんなにも、映画というものの底力を、削ぎ落してしまうのか。


 ピングドラムの前篇を観るだけで三日かかった。映画館なら、二時間で観終わるはずだというのに。


 なぜなら俺は自由だからだ。途中で好きなだけトイレに行ける。一時停止も、巻き戻しも、聞き逃した台詞の再度の再生だって簡単だ。だから、集中しなくても映画を観れる。映画を観れてしまう。


 だからこんなにも、自宅で映画を観るだけでは俺たちは駄目なんだ。


 だから映画館というものは、こんなに嫌いなのに、こんなに大嫌いなのに、こんなにも俺にとって必要なんだ。


 お前たち。


 きっと何者にもなれないお前たちに、人間様を二時間椅子に座りつけて、二時間ずっと自分の作品を、脇目も振らずトイレにも行かずに読み続けろと要求する胆力があるか。


 俺にはない。俺が書いた小説には、無い。


 だが、映画というものには、今日なお、それだけの底力があり、そしてそれ故に、映画館というものが必要なんだ。


 だから俺は、映画館なんて大っ嫌いだ、そう思いつつ、今年もあの不愉快な、映画泥棒のフィルムに心の中で毒づきつつ、きっと、映画を観るのだろう。もう一度、言う。何度でもきっと俺はこれを言うのだろう。


 映画館なんて大っ嫌いだ。映画館なんて、大っ嫌いだ。

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