第10話 呪いの解き方

 人目のつくところで話すべき内容ではない。あわてて少女を空き教室に引っぱりこんだ幸子は、こっそりポケットにしのばせていた携帯電話で美世と早乙女に招集をかけた。


「こ、校則……」

「ん?」

「あ、いえ、スマホ、なんですね……」


 四月の中頃に新しくした携帯電話は、これまでのように折りたためるものではなく、薄っぺらな長方形のすべてが画面になっている最新式のものだった。


 ボタンがない代わりに指で触れて操作するのだが、これで文字を打ち込むことに幸子はまだ慣れない。携帯ショップの女性店員は、ボタン操作よりも素早い文字打ちが可能になるとうたっていたが、そんな日が本当に来るのかと疑っている。


 ああでもないこうでもないと文字を一進一退させながら、なんとか本文を作りおえて送信すれば、一分とたたず了承の返事がきた。


 最新式どうしなら『アプリ』というものでリアルタイムに複数人でメッセージのやり取りができるらしい。美世も早乙女もいまは折りたためる携帯電話のままだが、いつか彼らも『スマートフォン』を手に入れたとき、きっと美世だけが返信に焦らされるのだろう。


「え、その子?」


 しばらくして早乙女をともなってやってきた美世は、幸子のそばで小動物のように震えている少女を見て拍子抜けした声を出した。


「意外。中村みたいなの苦手そうなかんじに見えるのに。つか後輩だよね、名前は?」

「さ、桜庭さくらば朋花ともかです。一年生で、仁也くんはその、家がおとなりの幼なじみで……」

「幼なじみ!」


 委員長系後輩女子→イケメン(ただしナルシスト)人気者先輩男子 備考・幼なじみ


 脳内図式を更新して、幸子は人知れず歓喜した。王道だが、そこがいい。


「いけない子羊ちゃん。『白蛇の縁結び』をしたというのは、本当のことなのか?」


 相手が物静かな後輩とあって、人見知りしがちな早乙女がいつもの調子で問いかける。


「は、はい。えっと、『にぃはお』っていう少女漫画の雑誌に、恋を叶えるおまじないって紹介されてて……そこには『白蛇の縁結び』とは書かれていなかったんですけど、好きなひとと自分の髪の毛を白い動物の毛で結ぶって、そのまま同じ内容だったから……」


(『にぃはお』派か)


 中高生向けの少女漫画雑誌の大手だ。ちなみに幸子は同じ大手でも『フレンドリー』派である。


「まさかそんな危ないものだったなんて、知らなかったんです。仁也くん、うちにときどき遊びにきてくれるから、その……髪の毛も簡単に手に入るし……ペットにたまたま白い猫を飼ってて、『あ、このおまじないできる』って、深く考えずにやっちゃったから」

「桜庭さん、中村くんのこと好きなの?」

「は、はい……! 全然、私、妹みたいなふうにしか見てもらえてないんですけど……」


 どうしても思考が恋バナにひきずられる幸子は、状況も忘れて目じりを落としながら「そっかー!」とピンク色の声をあげた。

 そんな彼女を、美世と早乙女が教室のすみまで引っぱっていく。


「……どーするよこれ。髪束、マジのおまじないだったなんて聞いてないんですけど」

「如月、たしか解いた呪いはおまじないをした者にかえってくるって言ってたよな……」

「いや、まさかこうなるとは思わないじゃん。えっ、この場合、中村の呪いを解いたらあの子のとこに白蛇がいっちゃうってこと?」

「彼女が噂を信じているなら、そうなるな」


 そっと早乙女が桜庭をふり返る。ならって幸子も目をやれば、先輩三人の内緒話を耳に入れてしまわないよう、気にしないそぶりの彼女があからさまにそっぽを向いていた。


 落ち着きなくまつげが揺れている。首が埋もれるほど肩が持ち上がり、背中は猫のように丸い。胸の前に組まれた手は、指先を温めるようにこすったり握ったり忙しなく、少女の全身から緊張や恐怖があふれでていた。


「信じてる、よね」

「だよね。そもそも、信じてなかったらわざわざあたしらんとこに来ないだろうし。ゆっこ、かなどめ堂の主人はなんか言ってなかったの? かえってきた呪いの対処方とか」


 幸子は力なく首を横にふった。


「じゃあ早乙女、あんたの悪魔祓いとやらでどうにかできる?」

「ああ……できるとは思う。ただ、あの陽の気をまとう者の呪いを解いたあと、おそらく蛇の悪魔はすぐに少女に襲いかかる。そのとき偶然近くにいてくれればいいが、そうでなかった場合、間に合うかどうか……」


 自慢じゃないが俺は足が遅い——早乙女はニヒルな表情で言った。


「それじゃあ、桜庭さんだけで対処できるように、呪いの解き方を考えてあげようよ」

「それ考えんのが難しいのよ。簡単なのじゃだめだし、難しすぎんのでもだめなんでしょ。ゆっこ、なんかいい案あんの?」


 幸子の頭のなかにひらめくものがあった。

 告げようとしたとき、痺れを切らしたような桜庭の声にさえぎられる。


「あ、あの」


 先輩三人に見つめられて、とっさに逃げるように泳いだ彼女の視線は、だがすぐさま強い意思をともなって幸子たちに向き直った。


「仁也くんは、呪いを解けません」


 確信に満ちた断言だった。


「絶対、仁也くんは呪いを解けないんです。私が正直に話しても、信じません。だからどうか、オカルト研究部のみなさんに、呪いを解く別の方法を探してもらいたくって……」


 思わず幸子はぽかんと口を開けてしまっていた。美世も、早乙女も同じようにほうけた顔をしてしまっている。


「……助けてって、桜庭さんを助けるんじゃなくて、中村くんをって意味だったの」

「私ですか? ……あっ、そっか、仁也くんの呪いを解いたら私にかえってくるんだっけ。どうしよう、すっかり忘れてた……すみません、できたら私も助けていただけると、ありがたいです……」


 恋のおまじないなんて、呪いとどう違うのか。


 中村の感じた恐怖は、もちろん否定できるものではない。髪の毛を見つけたときどれほどおそろしい思いをしたのか、同じ体験をしたことはなくとも、察することはできた。


 それでも恋する乙女として、すこしでも勇気がほしくておまじないに頼ってしまう気持ちが、幸子には痛いほどわかる。


 たとえば自分の部屋に京の髪の毛が落ちていたとして、たまたま開いた雑誌に『白蛇の縁結び』が載っていたら、きっと実行してしまう。


 それは両想いになるためにというよりも、明日も好きでいることを諦めないために。


「任せてよ! わたし、とっておきの呪いの解き方を知ってるから」


 簡単すぎず、難しすぎず、信憑性もしっかりとある——少なくとも幸子のなかでは。


 けれど桜庭ならば、きっと信じてくれる。そう祈って、幸子は『とっておきの呪いの解き方』を彼女に告げた。

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