第7話 インタビュー

「めちゃくちゃ期待されると話しにくいから先に言っとくけど、俺、レーカンないからさ。幽霊とか宇宙人とかはわかんない。あのUFO的なやつも、ナニ?ってかんじだし」


 中村は両手をひらいて、おおげさに肩をすくめてみせた。彼の言うUFOとは、もちろん春休みに海に現れた、いまや商店街のシンボルと化している銀色の円盤のことである。


「レーカンっていうか、俺的にはさ、ああいうのわかるヤツってたぶん、なんか因縁があるんだと思うんだよ。小さいころにじつは宇宙人に遭遇して人体実験されてました、とか。すげぇいわくつきのヤバい場所に知らずに入りこんで呪われちゃいました、とか。本人も気づかないとこで、そういう因縁を作っちゃって、それで見えるようになるんだと思うんだよね。幽霊とか宇宙人とかさ。……ああ心配しないでゆっこちゃん、さすがにこれで話終わりってわけじゃないから」


 あからさまに不安を顔に出した幸子に、彼はへらりと笑いかける。


「俺にもあるんだよ、因縁」

「幽霊とか、宇宙人以外の?」

「そう。なんだと思う」


 もったいぶってたずねられる。


(中村くんの言いようだと、わたしの場合は、『鬼』と因縁ができてしまってるってことになるのかな)


「えっと、じゃあ鬼、とか?」

「鬼? あー、妖怪みたいな? ザンネン、そういうのもこれまで見たことないな」


 聴衆から急かす野次が飛ぶ。

 中村は余裕そうに吊り上がった口角のまま、仕方ないなと鷹揚に首をふった。


「じゃあ教えよう。俺の因縁はこの顔面だよ」


(わあ)


 取り巻きたちでさえ言葉をなくしていたが、中村にひるむようすはない。実際、たしかに顔は良いのだ。……かなどめさんほどじゃないけど、と幸子はしっかり心のなかで付け加える。


「これは、俺と同じくらいの顔の良さを持つ者でないと理解できないだろうけど……イケメンって本当にやっかいなんだ。顔が良くて悪いことなんてないと思うかもしれないけど、そんなことはない。むしろ総合的には損することのほうが多いんじゃないかな。ただつっ立っているだけで嫉妬や好意にさらされる。好意って怖いものだよ。じゅうぶんコワバナになる。俺的には幽霊や宇宙人なんかよりずっと身近でおそろしいものだ」

「それって、オカルトっぽい怖さ?」

「もちろん。ねえゆっこちゃん、君は少女漫画とか読む?」


 本棚からあふれだすほど所持している。幸子は正直にこくこくとうなずいた。


「俺も姉貴がいるから、たまに読むんだけど、ああいうのの雑誌ってたまに『恋のおまじない』みたいなコーナーがあるでしょ」


 またもや幸子はうなずいた。実際に彼女も、春休み以前はよく『運命の人とめぐりあえるおまじない』をためしていた。


「あれさ……あれ、呪いとどうちがうのって俺、思うんだよね。勝手に俺の名前とか、生年月日とか使われたりしてさ。それだけでもうわってなるのに、写真とか、あと髪の毛とか? めっちゃ怖いよ。見ちゃったんだよね……体育祭前くらいかな……登校してすぐ、一時間目の古典の教科書を入れとこうと思って、自分の机んなかに手を入れたんだよ。そしたらなんか、小指に髪の毛みたいなのがひっかかるかんじがしてさ。一本じゃなくて、数本が絡まってるような……ゴミがくっついたんだろうなと思って、たしかめてみたら」


 思い出したのだろう、中村の眉がひくりと震えた。


「たぶん俺の髪かな——短いやつと、明らかに女の長い髪が一本ずつ、そんでそれを束にするみたいに白い毛みたいなのが巻きついて結ばれてあんの。見た瞬間、悲鳴あげそうになったわ。そういうおまじないがあるって知ってたわけじゃないけど、もうなんか、わかるんだよ。あっ、コレそういうやつだ、って」


 待ってましたとばかりに、聴衆の女子たちが甲高い悲鳴をあげた。思っていたコワバナとはちがったものの、幸子もぞっとしてしまって、ぎゅっとペンを握りしめる。


(……わ、わたしがおまじないするときは、なるべく怖くないかわいいかんじのを選ぼう)


「ちなみにそのあと、なんかそれっぽいことあったの?」


 いつの間にか幸子のそばまで来ていた美世がたずねる。

 中村はここではじめて美世に気づいたらしく、見ひらいた目をぱちぱちとしばたかせる。耳から頬にかけて、淡い朱がにじんだ。


「えっ、もしかしてミヨっちもオカ研? じゃあ俺も入っちゃおうかな」

「キショ。無理」


 にべもない。


「てか、質問に答えて。じつはあたしらさ、別件で『白蛇の縁結び』っていうおまじないについても調べてて。名前のとおり恋愛系のおまじないなんだけど。あんたのそれ、二本の髪を白い毛で結ぶってやつ、まさにやり方が一緒なんだわ」


 ちら、と美世が幸子に目配せする。


(さすがみーちゃん、うまい……)


 思わず感心して、内心で拍手をおくる。『白蛇の縁結び』なんてものは、とっさに美世が作ったでらためだ。だが中村は疑うようすもなく、「マジかよ」と細く息をついた。


「……たしかに、あれ見つけたときからなんかイヤなかんじあったんだよなぁ。見られてる感っていうか」

「あっ、それ! それあれ! あの、『白蛇の縁結び』のテンケイテキなあれだよ!」


 負けじと、幸子も手を打ち鳴らして声をあげた。まったく具体的なことは言えていなかったが、勢いに押されて中村もうなずく。


「ヤッバ、それかもしれない。最近やたら眠くなるし、腹壊すことも多い気がするし」

「そうそう、頭痛も寝不足も疳の虫もぜんぶそのおまじないのせいだよ!」


 いや恋のおまじないって言ってんだろ、と小声でたしなめた美世だったが、肝心の中村はおおいに納得したようだった。


「もう完璧にそれだ。なんだっけ、『白蛇の縁結び』? って、どういうやつなの」


(やった……!)


 幸子と美世は、心のなかでこぶしを突き合わせた。


 中村というは、もはやじゅうぶんすぎるほどに『白蛇の縁結び』に関心を抱いている。


 オカルト話はただの噂として聞かされるよりも、もしかしたら自分も当事者かもしれないと思わせたほうが、いっそう誰かに話したくなるものだ。もちろん身近なひとが当事者になった場合も、話のネタには最適である。


 中村だけではなく、ここに集った聴衆の全員がこの瞬間、噂の発信源となった。


 一方そのころ早乙女は、いまだ人だかりに入れず、聴衆の輪の外で右往左往していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る