第6話 作戦開始

【活動目的】

活動を通して地域に、学校に、あるいは身のまわりの人々にどのような貢献が可能か、具体的に説明すること。(800字以上)




 放課後、部活申請書を届けに京が教室までやってきた。幸子が代表して受け取って、その両側から美世と早乙女がのぞきこむ。


「げっ、テストかっての」


 A4用紙の半分以上を占める空欄が、【活動目的】の解答欄だった。しげしげと見続けるのは早乙女だけで、美世は早々に目を背け、幸子は助けを求めるまなざしを京に向けた。


「……書類作成者の性格が出てますね」

「お、センセーは同情的? それらしくテキトーに書いちゃっても許してくれますか」

「同情はしますが、国語教員としてうなずけませんね。納得できなければつき返します」

「無慈悲……」


 美世にじっとり睨まれても、京は例によって涼しげな能面のままだ。


「か、かなどめ先生も、学生だったころはオカルト研究部だったんですよね。どんなふうに書けばいいのか、ほんのりとしたアドバイスだけでも……!」

「小鳥遊さんには頼れる友人たちがいるでしょう。二人と相談しながら取り組みなさい」


 きつく組まれた腕にほどかれる気配はなく、取りつく島さえ与えない鉄壁のたたずまいだった。


 これまで突き放した言い方はあっても、ほんとうに突き放されたことはなかった。頭の中で突然大きな鐘を打ち鳴らされたようなショックに襲われて、幸子はぼうぜんとなる。


 同時に、断られることをちっとも考えていなかった自分自身に気がついて幻滅する。


(……いつも助けてもらって当たり前じゃだめだよね。わたしだって、昨日みたいにかなどめさんからもっと頼ってほしい。そのためには、かなどめさんの手を借りなくてもがんばれるってところ、見てもらわないと!)


「や、そんな悠長にしてられる時間ないって。申請おりなきゃ、」

「わかりました! わたし、みーちゃんと早乙女くんの力を借りてがんばってみます!」

「ばっ、ゆっこ!」


 あちゃあ、と美世は肩を落とす。

 彼女の予感では、幸子がもう一押しねばれば京はやれやれとうなずくはずだった。


 そもそも彼にまったく手助けする気がなければ、書類を手渡した時点で「それでは」と背を向けていてもおかしくない。二人そろってなんの意地を張り合っているんだか、と呆れかえりながら京のようすをうかがえば。


「そうですか。それではよろしくお願いします。あまり遅くなるようなら催促に来ます」


 能面の奥の目がちらと美世に向いた。


 かと思えば、すでに後ろ姿に変わっていた。その背に幸子がひかえめに手をふる。


 一方的に見えた幼なじみの片想いは、案外そうでもないのかもしれない。それにしても男友だちの早乙女ならともかく、女友だちのあたしにあんな目を向けるなんて——と。


 美世は幸子に寄りかかって、ため息をついた。いろいろな懸念事項が頭を回って、めまいを起こしそうだった。一方で当の本人はいたって能天気そうににこにこしている。


「……ま、見栄張ったもんはしかたない。あたしらだけでがんばりますか」





 校門の前では中村なかむら仁也じんやが、取り巻きの女子二人と雑談している。


「見つけた、カースト上位ヤツ。中村かぁ」


 美世が苦い顔をするのは、一年生のころ彼から「俺の顔につりあうのは君しかいない」などという告白を受けて、それはこっぴどく(その場にいた幸子があわてて彼女の口を塞ぐほど)ふったことがあったからだ。


 自身で豪語するだけあって、見た目だけならモデルやアイドルになれそうな、目尻の甘やかなイケメンである。街に出かけるたびスカウトされているらしく、もらった名刺をクリアファイルに入れて持ち歩いている。


「あたしとしては大助あたりがよかったけど、あれもまあ影響力って点じゃありか」

「うんうん。中村くんいいと思う。それじゃ早乙女くん、声かけてきて」

「えっ、お、俺がか。むむ、無理無理無理」


 早乙女は猛烈に両手をふりながら、首もぶんぶんと横にふる。中途半端に伸ばされた黒髪がバッサバッサとはためいて拒否する。


「ええっ、でも早乙女くん男の子どうしなんだし。わたしが行くより話に乗ってくれそうじゃない?」

「いやいやいや、でも、俺は去年転校してきたばかりであまり面識がないし、君たちが声をかけたほうがいい。絶対そのほうがいい。俺が行っても、なんか黒くて陰気でジャラジャラした奴が来たなって無視されるだけだ」

「そうやって決めつけて声かけないからいつまでたっても友だちできねーんだぞ」


 そんなことはない、なあ我が友よ——そうお決まりの流れをするつもりが、幸子はさっさと中村のところに行ってしまっていた。


「中村くん、いまって時間ある? あのね、じつはオカルト研究部を作ったんだけど。オカルトっぽい新聞書きたいから、とっておきの怖い話とかあったら聞かせてほしいな」


 申請の通っていない現状はまだオカルト研究部ではなかったけれど、そこはそれ、新聞を張り出すときに正式にオカルト研究部になっていれば問題ないはずだと幸子は考えた。


「えっ、オカルト? いいよいいよ、なんかウケんね。てかゆっこちゃんが俺に話しかけてくれるなんて珍しい。ウケんね」


 定期的に街の美容院で染めてもらっているというミルクティーブラウンの髪をなびかせて、中村は愛嬌たっぷりにウインクした。

 幸子はほっと胸を撫でおろす。美世に告白をした一件でしか彼のことを知らなかったが、よくも悪くもノリの軽い人だったようで、思っていたよりあっさりと了承を得られた。


「きゃっ、仁也くんのコワバナー!」

「えっ、やだー! わたし怖いのだめなのにどーしよ、でも聞きたーい!」

「なに仁也、コワバナすんの?」


 やんややんやとはしゃぐ取り巻きたちの声につられて、校門を出ようとしていた生徒たちまでちらほらと集まりはじめる。

 ただ中村から怖い話を聞き出せればいいと思っていた幸子にとって、増える聴衆は意図していなかったが、噂を広めるにはちょうどいい。


(イケメンパワー、おそるべし!)


 作戦は順調だ。

 いつまでも頼りきりの少女じゃないのだと、京に認めてもらえるかもしれない。それでもって、あわよくば恋人にしてもらえるといい。そんなことをうきうきと考えながら、幸子はペンとメモ帳を構えた。

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