第5話 オカ研OB

 お昼休みにさっそく幸子は職員室へと向かった。言い出しっぺとして、美世と早乙女を代表して部活動の申請をすることになった。


 少ない教員たちは、全員がデスクにそろっていた。おのおのお弁当や購買部で買ったと思われるパンなどを食べながら談笑していて、教室のふんいきとさほど変わりない。


 失礼します、とおそるおそる声をかけた幸子に、ちょうどドア近くのデスクに座っていた担任の戸部宮子が手をひらつかせて応えた。


「小鳥遊か。だれ先生に用事?」

「え、えーっと」


 もしも部活の申請が通れば、ここで声をかけた人物が顧問になる可能性が高い。幸子の目は無意識に京を探そうとして、それに気づいた戸部が「ああ」と意を得たように声を上げながら、椅子ごと身体を回転させた。


「京先生、小鳥遊がそっち行く」


 わざわざそう言われてしまうと、なぜかむしょうに緊張して、幸子はとたんに彼のほうを見られなくなる。かなどめ堂ではさんざん会っているというのに、『京先生』はすこし遠くて、まるで知らないひとのようだ。


「はい」


 そんな返事にすら、心臓が軽く跳ねた。


 廊下側から縦長に島を作るデスクのなかで、京は比較的窓に近い奥まったところに座っていた。右どなりに保健医の七村三和子、左どなりには女子人気の高いおじいちゃん先生の篠崎しのざきあきら(社会科全般担当。授業のわかりやすさと人気は残念ながら比例していない)がそれぞれ昼食をとっている。


 七村と篠崎のお弁当箱に挟まれて、京のデスクには缶コーヒーがぽつんと一つ。あとは教科書とノート、黒ペンと赤ペンが一本ずつ。


「あれ、ごはんもう食べちゃったんですか」


 まだお昼休みになってそれほど経っていないはずだった。現にほかの教員たちはみんな食事のさなかで、食べ物を出さず黙々と仕事をしているのは京だけのようであった。


(かなどめさんがどんなもの食べてるのか、興味あったんだけどな)


「いいや、京くんの今日のお昼ごはんはそのキリマンジャロだよ」


 となりから京の缶コーヒーを指さしたのは篠崎だった。彼いわく円墳に似た鼻にちょこんと乗る丸メガネの奥からは、瞳が見えないほど垂れ下がったえびす似の目がのぞく。


「ええっ! だ、だめですよコーヒーだけじゃお腹すいちゃいます!」

「そうそう。もっと言ってあげて。君はほんとに昔から食べないよねえ。なんなら僕が毎日お弁当作ってきてあげてもいいんだけど」

「……篠崎先生。生徒の前ですから、『先生』でお願いします。お弁当は遠慮します」


(……あっ、そっか、そういえばかなどめさんも四校なんだった。じゃあ篠崎先生って、かなどめさんにとっても先生だったのかな)


 高校時代の京が垣間見れるかと期待したけれど、京が幸子に椅子ごと身体を向けたため、篠崎もまたお弁当に向き直ってしまった。


「それで、どうしましたか」

「あっ、えっとですね、じつは部活を作りたいなって思ってまして……できたらかなどめ先生に顧問をお願いしたいなって」

「部活……顧問」


 京は目をしばたかせた。それからふと『かなどめ堂の主人』の面差しになると、椅子から身を乗り出しながら、声をひそめた。


「……それは例の件にまつわることですか」


 不意に近づかれたことにドギマギしつつ、幸子はなんとか平静をたもってうなずく。


「そうです。みーちゃ……じゃなくて、友だちに相談したら、学校で噂を広めるのはどうかって。町全体は難しいですけど、学校のなかだけだったらうまくいきそうじゃないですか」

「…………友人に相談したんですか」


 え、と幸子は思わず聞き返した。


 いつもより低く、どこか拗ねたような声だった。彼らしくはないが、決して聞き間違いであったはずもないのに、京は何事もなかったかのように椅子に深く腰をかけ直してしまう。


「すみません篠崎先生、部活の申請、受け入れてかまいませんか?」

「ああ、人数が三人以上集まってるなら、大丈夫じゃないかな。今はないってだけで、部活動が禁止になったわけじゃなかったと思う。小鳥遊くんはどんな部活を作るの?」

「オカルト研究部です!」


 ぶ、と篠崎はふきだした。

 ハンカチを出して、口もとを覆いながら背中をふるわせている。京はそんな彼に頑として視線を向けないまま、「わかりました」とまじめな顔でうなずく。


「書いてもらう書類などは、追って渡します。顧問になれるかどうか、俺は非常勤なので、確認してみないとわかりませんが……」

「うちの学校は非常勤でも大丈夫だよ。運命的でいいじゃない。なってあげなよオカルト研究部顧問」

「運命的?」


 運命と聞けばとっさに反応してしまうのが乙女心だ。


「京くんも、学生だったころはオカ研だったんだよ。ちなみに僕が顧問ね。当時はたしか一人が幽霊部員で、実質、君と芦野あしのくんの二人で活動していたね」

「覚えていません」

「あ、芦野くんって、男の人ですか……」


 篠崎は性別問わず『くん』と名前を呼ぶ。

 こわごわ尋ねた幸子は、あっさり篠崎がうなずいたことでほっと胸をなでおろす。


「……当時の申請書と型が同じなら、『活動目的』、かなり厳しく書かされると思いますので今のうちからよく考えておきなさい」

「はい!」


 オカルト研究部発足も、京に顧問になってもらうことも無事に叶いそうで、そのうえ思わぬ京の昔話が聞けたことでほくほくとした気分だった。


 足取り軽く職員室をあとにしようとする幸子を、笑みを浮かべる戸部が呼び止めた。


「部活、いいな。走り高跳びとかで、私を顧問に頼ってくれたらもっとよかったけど」

「えへへ、オカルト研究部です。戸部先生はお化けとか苦手ですか?」

「んー、七村先生ほどじゃないけど、ホラー映画とか見るとちょっと眠れなくなるな」


 日に焼けた肌とベリーショートの髪が爽やかな戸部だが、困ったように眉を下げて笑うと少女のような印象が混ざる。


「でも、小鳥遊がこういうのってなんだか意外だったから。うれしくなって」

「たしかにオカルトってかんじなのは、わたしより早乙女くんのほうですよね」

「いや、うん、もちろんオカルト研究部っていうのもおどろいたけど。それより、部活を立ち上げようってのがさ。小鳥遊って、ちょっとぼうっとしたところがあるっていうか、今まで能動的にこうしたいああしたいっていうことがなかったように見えたから……」


 不幸体質によるさがで、少女は鈍感であろうとすることにすっかり慣れてしまっていた。


 戸部の言葉にすら、幸子はどこか他人事のような顔をしてうなずいた。言われてみればそんな気もしてくるけれど、自分ではわからない——京にはどう見えているのだろう、と。


 またすぐに恋で思考を塗りつぶした。

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