第4話 三人寄れば

「ゆっこストップ。離れろ、クマがうつる」


 徹夜の証を目の下にぶらさげた幼なじみには要注意。不用意に接近をゆるせば、もれなくやっかいごとに巻き込まれる。


 よく学習している美世は、教室に入るなり「おはよう」の挨拶もなしに駆け寄ってきた幸子にまっすぐ手のひらをつきつけた。若葉色のネイルに飾られたビジューたちが、ぎらぎらと牽制の光を放つ。しかるべきときに「NO!」と言える女、それが如月美世だ。


「ひ、ひどいよみーちゃん!」半べその幸子は、美世に抱きつこうとした両腕を行く当てなくさまよわせながら非難した。


「みーちゃんの助言どおり、〝いったん持ち帰る〟ことには成功したんだよ! でもわたしだけじゃ〝検討〟まではできなくって」

「待て待て待て、いったいなんの話」

「助けてみーちゃん! どうかお知恵を!」


 祈るように勢いよく両手が合わせられる。


 そのときパチン、とがした。


 攻防をやめてふり返れば、教室の入口の方から、カバンを肩にさげたままの早乙女が二人のいる窓際に向かってまっすぐやってこようとするのが目に入る。すこしうつむいて、右手の人差し指を得意げにかがげている。(鳴らしてはいない。擦っただけ)


 注目が集まったことを察してゆっくりと顔を上げた早乙女は、ニヒルにウインク。

 いつもの演技がかった口調で言う。


「友よ、いにしえより伝わるこの言葉を知っているか。『三人寄れば文殊の知恵』——」

「早乙女くん!」

「来んな来んな! 早乙女の席はあっち!」


 とうに早乙女が通りすぎている廊下側の席を指さして美世が吠えるが、早乙女は「照れ屋な子羊ちゃんだな」と不敵に笑って意に介さない。そのまま彼女たちの輪に加わった。


「実際、このところのゆっこはいつも濃厚な悪しき気配にまとわりつかれている。……ああ、みなまで言わずとも、ちょうど凶悪な悪魔と対峙しているさなかなのだろう? そちらの道は専門外だが、そのくらいのことはわかるさ」


 いまだに幸子が陰陽師であるとかたく信じこんでいる早乙女は、歩む道の異なる同志を、熱い視線でねぎらった。


 幸子は寝癖のついた下まつげが目に刺さるのが気になって、その視線を受けそこねた。


「あのね、わたし、」


 こんなことを言って信じてもらえないかもしれないけど——とためらいがちにつぶやきながら、幸子は無意識に首の後ろを触った。


「へ、蛇に呪われてしまったみたいなの。肌にうろこが生えはじめてて、このままだと一ヶ月後にはまるきり蛇になっちゃう、って」


 すべて言いおわらないうちに、頬を青ざめさせた美世が飛びついてきた。

 毛先まで乱れなく整えられてあったツインテールが乱れるのもお構いなしに、あわただしく幸子の身体を探る。


「どこ! あっ、見つけた首んとこだ!」


 セーラー襟を力任せに後ろに引っぱられて、ぐえっと悲鳴が漏れる。


「あんたは見んな、ヘンタイ」


 当たり前のようにのぞきこもうとした早乙女の目もとは、美世の手がぺちんと叩いた。


「なっ! さすがに侮辱だぞ、この事態にそんな下心で我が友を見るわけないだろ!」

「それはそれ、これはこれ」


 三角に尖って睨み合う二人の目は、とつぜん幸子に力強く抱き寄せられたことで丸くなる。


 うるむ瞳が彼らを見つめた。


「信じてくれるんだね!」

「はあ? あたしたちどんだけ長い付き合いだと思ってんの。今さらあんたが神隠しにあおうが蛇に呪われようがおどろかないわ」

「そうだぞ。言っただろ、信じる神がちがえども俺はゆっこを否定しない。むしろこういうときに頼ってくれて、誇らしいかぎりだ」

「最初に頼られたのはあたしだけどね」


 冒頭に「NO!」をつきつけたことを棚に上げて、美世は早乙女にあごを反らせる。


「それで、あたしらに相談って、どういうかんじの? 呪いを解く方法について考えるってんなら、ぶっちゃけあたしらよりかなどめ堂の主人のほうが適任だと思うけど……さすがにそこはもう相談しにいってるんだよね」

「うん……えっとね、かなどめさんは蛇の鬼の知名度を上げたいって言ってて。それも、たくさんの人に知ってもらうだけじゃなくて、ある程度はほんとにいるって信じてもらわなきゃいけないんだって」


 ああ、と早乙女がうなずく。ジャラリと首もとのロザリオが揺れた。


「罠を張るわけか。認知されれば、否が応でも引き寄せられ、姿を暴かれる。悪魔祓いでも、悪魔の正体を知ることは基本だな」

「かなどめさんも似たようなこと言ってた。だからどうにかして町じゅうに知ってもらうことができないか、考えてるんだけど……」


 重たげにぶらさげられたクマが、しょんぼりとうつむく。


(結局、わたし一人じゃなんにも思いつかなかった。せっかくかなどめさんが相談してくれたのに……)


「罠ってんなら、べつに町じゅうに張る必要なくない? つーか、学校うちじゃだめなの」


 真剣に思案しはじめる早乙女の横で、美世があっけらかんと言い放った。


「ここ? えっと、どうなんだろ」

「ああ、それはなかなか名案だと思うぞ。ほとんど毎日、町じゅうの子どもが集まるんだから、人数の密度としては悪くない」

「町の大人たちにもってんなら難しいと思うけど、学校のなかだけならいけそうな気しない? ほら、七不思議とかフツーにうちにもあるじゃん。ああいうかんじでさ」

「……ただ、俺たちいつも三人でいるからな。ふだん話さない奴が急に近づいてきてオカルト話はじめたら、引かないか?」

「それあんたが言う?」


 ゆっこは思わずポンと手を打った。昨晩、夕食のあいだもベッドの上でもさんざん頭を悩ませて一向に見えなかった答えが、友人たちに相談したとたん簡単にひらめいた。


「うちっていまは部活ないけど、べつに作っちゃだめみたいな規則もなかったよね!」


 美世と早乙女が顔を見合わせた。早乙女は首を傾げたが、美世は長いまつげをパチパチはためかせながら、おもむろにうなずく。


「た、たぶん……なんか、ママがここ通ってたときは手芸部だったとか言ってた気がするし、ありなんじゃない?」

「じゃあ、作っちゃおうよ!」


 京に恋する気持ちとはちがうのに、それと同じくらい高鳴る鼓動を、熱くなる胸を、幸子はわずかに戸惑いながらも心地よく感じていた。浮き足立って、ぽかぽかして、生まれてはじめてというくらいわくわくしている。


 京と出会ってから、はじめてのことばかり増えていく。


「わたしたち三人で、オカルト研究部!」

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