第3章 烏合の王

第1話 なんじ陰陽師

 梅になったうぐいすをかなどめ堂に引き渡した翌朝のことだった。


 登校中に通りかかったバス停前広場に、昨日まではなかったはずの巨大な鉄のどら焼きが鎮座しているのを見つけて、幸子は春休みぶりにその存在を思い出した。


(そういえばそうだった、UFO。なんだかんだではじめて間近で見た……)


 広場とはいえさほど広いとも言えないそこに、一軒家ほどあるUFOはとてつもない存在感を放っていた。見れば見るほど異質で、下手な合成写真のようだ。周りに囲いのようなものも置かれていないので、ためしに触ってみようかと手を伸ばそうとしたとき、後ろから「ゆっこ」と呼びかけられた。


「早乙女くん」


 真剣なまなざしの早乙女は、まっすぐ歩いてくるとまずは律儀に挨拶をした。


「おはよう。それで、さっそくだが昨晩の狼について話を聞かせてもらってもいいか」


 単刀直入に言われて、言葉につまる。もの言いたげな視線は昨日も感じていたものだったが、なにか聞かれるよりも先に、混乱と疲労とを言い訳にして逃げ帰っていた。


 そもそも折り紙がどういう仕組みで送り狼を呼んだのか、京は〝えにし〟と言ったが具体的なことまでは聞かされていない。説明を求められたところで答えられることもないのだ。


 だからと言って、あれは京にもらったものだからと明かしてしまうのもためらわれた。彼について話せばいよいよ早乙女はかなどめ堂に乗りこんで、鬼門を見つけるかもしれない。誰にも言うなと口止めされたわけではなかったが、もしも隠していないのであれば町どころかテレビで全国規模に取り沙汰されていてもおかしくないのだから、やっぱり秘密にしているのだろうと思われた。


(それに、かなどめさんのことたくさん知ってるのはわたしだけにしておきたいし……といってもほとんどよく知らないんだけど)


 霊体だった幸子と自然に出会い、手を取った。送り狼に襲われた際は折り紙で大きな狐を呼び出した。およそ人間離れした行動の数々に思えたが、彼自身が人間だと言うなら幸子はそうなのだろうとうなずくほかない。


 もちろん、恋をするにもそちらのほうが都合がいい。


(どんなハードルも飛びこえるけどね!)


「……えーっと、あ、早乙女くんってUFOとか信じてる?」


 彼女自身も強引な話のそらし方だと思ったが、早乙女はまじめな顔をして巨大な円盤を見上げた。


「悪魔がわざわざ乗り物など作るとは思えないし、これは人間が作ったものじゃないか」

「あれ、そっか。なんか、早乙女くんならUFOのことも信じてるかなって思ってた」

「……ああ」早乙女はなにかに気づいたように目を丸くして、おもむろにうなずいた。「そうか、いや、案ずるな友よ。俺は信じる神の違いで君の言葉を疑ったりはしない。だから堂々と打ち明けてくれ……ゆっこ、君は」


 そこでいったん息を吸って、彼は言う。


「陰陽師なのだろう?」


 たっぷり三秒の沈黙があった。


「……おん、みょうじ?」

「ああ! あの狼が姿を消したあと残った紙から察するに、あれは式神だったんだな。なるほど、俺の悪魔退治への協力を申し出てくれたときは正直危うさを感じていたが、まるきり杞憂だったわけだ。あなどってしまったことをどうか許してほしい。これからは遠慮なく誘うから二人で悪魔どもを壊滅させよう」


 怒涛の勢いに否定を挟む隙は見つからず、そうこうしているうちに早乙女のなかで幸子が陰陽師なことは確定事項になってしまった。


(陰陽師……陰陽師か……)


 だが幸子は幸子で、彼の言葉に新たな視野を授けてもらった気分になる。言われてみれば、京の行動は漫画や映画に出てくる陰陽師に似ているかもしれないと思った。なにより、どこか狐じみた顔つきの彼に真っ白な狩衣かりぎぬはたいそう似合う。そう確信があった。


(もしかしたらかなどめさんは陰陽師なのかもしれない。うん。だって魔術師だし)


 妄想のなかの設定を思い出して少女は力強くうなずいた。そうかも、がいつしかそうに違いないに変わってしまうのも、性別の垣根を越える彼ら大親友の困った共通点だった。

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