第15話 好きだけど嫌い

"恋人まがいの僕には言わない秘密"

 僕は彼女からしても客観的に見ても恋人まがいだ。彼女も芸能人まがいだ。

 彼女が最も親しいであろう僕にも隠す秘密。一人で抱え込んでしまおうとしているであろう秘密。

 「見てくれた!?この前のテレビのニュース!」

バれていないと思っているのだろうか。喫茶店のテーブルのクリームソーダをスプーンでいじりながら、彼女は子供っぽかった。

 「もちろん見たよ、まるで○○みたいだった。この調子で全国まで応援しているよ」

 それは単発だろ?次は無いんだ。

 彼女は最近少しずつではあるが、テレビや大きなネット番組に出演するようになった。同時に袖や裾の長い服装でいるようになった。冬でも腹出しファッションが可愛いのだと、露出多めだった彼女がだ。

 さすがにそれだけでは隠し切れないようで、首の辺りには赤みが伺える。何の実力もない、テレビ的な魅力に欠ける彼女が無条件にテレビに出れるわけがない。ただ一般人にしては容姿が整っている方であるにすぎない彼女が。

 僕は彼女がどれだけ穢れようと止める気はない。僕は恋人まがいでしかない。もしかするとどんな手段を取っても夢を叶えられない可哀想な自分を望んでいるのかもしれないし、手段として選んだことを本気で後悔するかもしれないから。

 少なからず親しい人としてどうなんだ。道徳的にはそうかもしれない。けど正直に言うと売れてほしくない。絶対にないけど、彼女が庶民である僕から乖離していく姿を見れる自信はない。しかしこのまま行くとただ朽ちて終わるだけだ。もっともその前に人間として朽ちて終わってしまうかもしれないけど。

 彼女を助けるか助けないか、救うか救わないか。それはもしかすると彼女が庶民であるか芸能人であるかに関係している気がしてならないのだ。


 だが、僕は手助けはしない。ただ観測するだけだ。

 「もっと頑張らないとね。もうちょっとだと思うから」

 僕はバレないように溜息をついた。長くなりそうだ。正しいと信じる頑固さだけはありそうだから。

 「東京進出したらタワーマンション住みたいね!」

観測するだけだ。人間が無限と繰り返してきた失敗を彼女の有限で再現されるのを。

 「上手くいったらマネージャーとかやってくれるよね?」

 僕は吐き出した溜息を吸い取るように大きく呼吸して、飲みかけのコーヒーを投げ出すようにして彼女を喫茶店の外に連れ出した。彼女はびっくりしたようだった。当然だ。僕はどっちつかずな自分が嫌いだった。世界から消したかった。けどそれ以上に今は彼女が嫌いだった。手のひらに伝わってくる、めくれた彼女の細い腕に吐き気がした。

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短編 谷合一基生 @yutakanioukasurukessya

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