第164話 ひとまずの成果と、次兄との邂逅


 それからラストは何度か屋敷の内外を往復しながら観察を行い、隠し通路らしき不自然な空間がヴェルジネア邸の東西及び南側、計三ヶ所に存在していることを発見した。

 屋敷の寸法を複数の観点から検証した結果、若干では済まされない誤差がそれぞれにおいて見受けられたことが切っ掛けだった。

 一つは、西側四階に位置する長い廊下の行き止まりだ。

 外観からは分からないが、その廊下を歩いてみると他と比べて六歩分ほど短くなっている。妙に分厚い行き止まりの壁を物は試しと小突いてみれば透き通った音が反響し、奥の方に何らかの空間が存在していることが明らかだった。

 残る二つはそれぞれ、西の三階と東の二階から階下に続けて存在する部屋と部屋の間の分厚い壁だ。

 入り口である扉が等間隔に配置されている廊下をただ歩いているだけでは分からない。しかし、ラストが入ることの出来る部屋の横幅を一つずつ中に入って確かめていったところ、二つだけ明らかに寸法が縮小された部屋が存在した。そして、それらは偶然にも、アヴァルの執務室とオーレリーの祖父の書斎の隣に位置する部屋である。

 それぞれの部屋は片方が修理中であり、もう片方が固く内側から施錠されていたためにラストが覗くことは出来なかった。

 だが、彼は今日の所は推測を立てるだけにして、それ以上深く踏み込もうとはしなかった。

 屋敷の隠された設計を無理に暴こうとすれば、さしものアヴァルも不信感を抱くに違いないからだ――ラストは怪盗の仮面ではなく、実はヴェルジネア家の秘密を暴き立てようとしているのではないか、と。


「今の段階で睨まれちゃうと後々動きづらくなっちゃうからね。おおよその入り口の場所は掴めたことだし、今日はもうこの辺りで帰らせてもらおうかな」


 ひとまず現状の成果に満足することにしたラストは、退散する前に一言くらいは挨拶しておこうとアヴァルのいる仮の執務室へと足を運ぶのだった。

 観察のために瞳に宿していた魔力は既に体内に引っ込めてある。魔法使いの家系であるヴェルジネア家の人々に、ラストが魔法を扱えることを悟られないためだ。

 ラストはいずれ彼らと敵対することが決定している身の上のため、魔法という大きな手札が使えるということは未だ伏せておきたかった。唯一オーレリーにだけは明かしているが、彼女には家族に話す理由がない。また、彼女は理由もなく他人のことをぺちゃくちゃとなんでもかんでも話してしまうような浮ついた性格ではないことは知っていたために、ラストはそちらの方は心配していなかった。


「失礼致します、アヴァル様。少しばかりお時間を頂いてもよろしいでしょうか。私の本日の用事は済みましたので、お暇させていただく。その前にご挨拶をさせていただこうと思い、参りました」

「良い、入れ」


 軽く扉を叩いて用件を伝えると、すぐさまアヴァルは入室の許可を出した。

 ラストが扉の蝶番を軋ませることなく静かに中に入ると、そこにはアヴァル以外にもう一人、オーレリーと髪及び瞳の色を同じくする青年が立っていた。

 背後に容姿の整った女性の配下を三人も従えた彼、セルウス・ヴェルジネアは部屋に入ってきたラストを見て興味深そうにまなじりを動かした。


「――ほー。もしかして、お前が例の……オーレリーのつけた騎士とやらか。なるほど、こいつはぴったりだ。妹に似て生真面目な顔をしてやがる。その薄気味悪い白髪と赤い瞳は減点ものだが、中身の実力は確からしいな?」


 出くわすなりに不躾にラストの容姿をじろじろと観察した挙句、自分勝手な基準の採点結果を叩きつけてくるセルウス。確かに彼はアヴァルの血を引いているらしい、とラストは内心顔を顰める。

 アルセーナと対峙していた時に放った外道染みた発言といい、彼はこのオーレリーの兄のことをまったく好意的に見ることが出来ないでいた。

 そのような彼の心情が滲み出た仏頂面を見て、アヴァルが慌てて口を挟む。


「余計なことを言うなセルウス! それ……その男は、次の機会にあの英雄気取りの泥棒娘を捕縛するための協力者だ。あまり機嫌を損ねるな」

「まあまあ、良いじゃねえか親父殿。なに、そこまで長くお話しするつもりはないからよ。ただちょっと、な……んで、あいつオーレリーは外見よりも実力を重視する性質たちだし、その証拠にあの爺さん時代の異名持ちの騎士をなんなくあしらったんだって? いやはや、だいぶやるみたいだな」


 馴れ馴れしく距離を縮めるようで、セルウスはラストを見る眼を鋭く光らせる。

 彼はすぐに頭を下げて、やんわりとその評価を否定する。


「いえ、あれはお二人がこちらの若さに気をつかってくださったが故のことにございます。自分はただ、その弱みに付け込んで偶然勝ちを拾ったにすぎません」

「言うねえ、謙虚なこった。ますます妹好みらしさが滲み出てる。ただ惜しむらくは、それが俺のものにならないってことだけだ。親父の騎士にもならねえって啖呵を切ったらしいしな。ところでなあ――お前、童貞だろ?」

「ぶほっ!? なっ、なにをいきなり仰るのですか……!?」


 前後の脈絡を放り捨てるように飛び出してきたその単語に、ラストは思わず狼狽して顔を赤く染めてしまった。

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