第158話 予告状と噂話、そして急襲の双騎士
――【
その不敬不遜な予告状の話が人々の間でもちきりとなったのは、ラストがオーレリーに宣戦布告を叩きつけた二日後のことだった。
道端で、仕事場で、そして食事時のデーツィロスで。
彼らの愛しき領主様が想像しうる限り無様な敗北を晒してくれることを、その悪行を身に染みて知っている領民の誰しもが望んでいた。
「いやあ、こいつは楽しみだぜ。まさか二回連続であんのクソ野郎の横っ面がひっぱたかれるなんてよ、さすがの俺でも見抜けなかったわ! ははっ、おかげで飯も進むってもんだ!」
「おい、唾を飛ばすな馬鹿。ってかそんな騒いでると、またラストの奴の世話になるぞ。ほら、こっち見てるぜ? もうちょっと静かにしろよ」
「げっ……。あ、
ラストの赤い瞳が自分を見ていることに気づいて、男性はその筋肉の詰まった体を途端に一回りか二回りほど縮こまらせた。酔いが醒めたように顔の興奮を引っ込め、処断を待つ罪人のように恐る恐るラストを見上げる。
とはいえ、彼は今の程度ならば特に実力行使で注意を促すつもりはなく、肩を竦める程度に留めた。
なにせ今日は彼らのように怪盗の話題で盛り上がる客が後を絶たないのだから。
「いえ、よほど度の過ぎたことをなされないのであれば構いませんよ。そうですね。突然お召し物を全て脱がれて全裸で踊り出したり、椅子を持って周囲の方々に殴りかかったり……。または炎魔法で他のお客さんを焼き尽くそうとさえしなければ、私からお客様になにかをするということはありません」
「そ、そうか。なら良かった……って、さすがにそんなことをする奴はいねえだろ!?」
「冗談ですよ。お客様に恐怖を与えてしまったことへの謝罪として、軽く受け取ってください」
ラストが穏当な素振りで話しかけると、男性は露骨に胸を撫でおろして、下がっていた頭を元に戻した。
「そうだったのか……。つーか、もしかして今のってこないだの話だろ、あのオーレリーの姉貴の。やっぱりお前も見に行ってたのか?」
「はい。とはいえ、皆さん早々に向かっておられたようで、遠目にしか見えませんでしたが」
オーレリー、すなわちアルセーナとの深い関係を疑われないようにラストは無難に答えた。
この街に来てまだ二か月と少ししか経っていない、まだまだヴェルジネアの空気に染まり切っていない新参者らしい回答。
少なくない酒を飲んでいた二人は、特に疑問を持つことなく聞き流した。
「だろうな。あの日は皆張り切って、早い内から領主ん所に詰めかけてたからよ。なにせ一月昼飯を奢り続ける代わりに休みを譲ってもらってる奴もいたくらいだ。きちんと仕事を終わらせてから行ったんじゃあロクに見れねえのも仕方ねえさ」
「今回もまた騒がしくなるに違いないし、取れそうなら丸一日休みを取って朝から良さそうな場所に陣取っとくのが良いかもな。俺たちはそこまで余裕があるわけじゃねえから、さっさとその日の仕事を終わらせられるよう頑張るっきゃないけどな。――でもまあ、標的になった領主様に比べたら楽なもんさ。あっちはこれからざっと二週間、毎日心臓が落ち着かなくて夜も眠れない気分が続くに違いないんだからよ」
ばくんと大口で骨についた肉にかぶりつき、もっしゃもっしゃと頬張りながら彼らはアヴァルの様子を想像して嘲笑する。
「顔を真っ青にして、毛布にくるまってるかもな。なにせ二回続けてだぜ?」
「一応兵士は揃えてようとしてるみたいだが、それもどうだかな。あんな奴のためには働くなんてまっぴらだし、無理やり働けって言われたらよ、むしろこっちから鍵開けてアルセーナを迎え入れてやるよ」
「だよなあ、いったいどうやって対処するつもりなんだか。今度またお宝を奪われたら、ついに狂い死んじまったりするかもな。なにせ先月のが終わったと思ったらまた狙われるんだ、あの金の亡者の野郎がまともでいられるとも思えねえ」
「はっ、そいつはいい。傑作だな、是非見てみたいもんだ。こんだけ俺たちを苦しめたんだ、いい報いさ。もしもそうなったら、俺たちも笑い死んであの世まで付き合ってやるのも一興かもな」
「へへっ、そいつは面白え」
指を濡れ布巾で拭い、口の中に残っていた肉の脂を杯の中に残っていた最後の林檎酒で洗い流して、彼らは立ち上がった。
大きく背伸びをしながら、清々しい顔で二人は全身に活力を漲らせる。
領主に付き合って殉死するなどといった言葉は、彼らに取ってはあくまでも冗談のようだ。
「ふいーっ、すっきりした。んじゃ、午後も頑張るかね」
「おう。ここでさぼったら満月の日に他の奴らに仕事を押し付けられちまうかもしれねえからなぁ。ごっそさんラスト、今日もうまかったぜ」
「ありがとうございます。確かにお爺さんたちにも伝えておきますね。それでは、出口までお送りいたします。どうぞこちらへ」
外で待っている次の客を招き入れるついでに、ラストは二人の男性客を送り出す。
扉を内側に引いて、彼らが出たのを確認してから後に続き、頭を下げる。
「どうか、午後もお怪我をなさらないようお気をつけて――」
お決まりの文句を告げて、これまでと同じように送り出そうとした瞬間。
「――失礼、お客様」
ラストは良い気分のまま通りの向こうへと歩き去ろうとしていた彼らの腕を掴んで、店内へと素早く引き戻した。
ただならない力の強さに二人は思わずたたらを踏むようにして後ろに倒れてしまい、勢いよく尻餅をついてしまった。
「おい、なにすんだ! 危ねえだ、ろ……?」
腰を地面に強く打ち付けてしまった打ち付けてしまった男性客が、ラストに文句を言おうと顔を上げる。
だが、彼は喉から出ようとした言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。
なにせ男性らがつい一瞬前まで立っていた場所には、それぞれ鈍色に輝く刃が存在していたのだから。
もしラストが無理やり後ろへ引き下げていなかったら、二人の身体は真っ二つにされていたかもしれなかった。
「なんのご用でしょうか、騎士様がた?」
ラストはなんの予告もなく急襲してきた二つの斬撃を、伸ばした両手で受け止めていた。
焦る様子を見せず、彼は平然とした態度のまま攻撃の真意を目の前の記憶に新しい騎士たちに問う。
「【
「……」
「……」
答えることなく、彼らは無言で後ろへと距離を取った。
ラストは素直に剣から手を離し、二人の騎士を下がらせる。
そのままどこかへ行ってくれることを期待したラストだったが、彼らは一度剣を止められた程度では諦めるつもりはないように見える。
再度ラストへと切っ先を向け、戦闘への意欲を露わにする。
しかし、デーツィロスは未だ営業時間中であり、相手方の一方的な都合に付き合う余裕はない。
「申し訳ありません、お客さま方。少々お待ちくださいませ」
列をなしてデーツィロスの料理に期待を寄せる人々に断わってから、ラストは早急にケリをつけるべく拳を構える。
これまでに相手どった、急ごしらえの半端な騎士のように長々と見せしめにする理由はない。
四肢に魔力を漲らせ、彼は自ら攻めるように前へと駆けだした。
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