第154話 回想、計画書に記憶のペンを走らせて
――時は数日前にまで遡る。
首を傾げながらも願いを聞き届けた子供たちに連れられて、ラストはヴェルジネア中を駆けまわって様々な物を腕いっぱいに買いこんだ。一見して統一性のない成果物を見て彼らは首を傾げていたが、後日説明をするからとラストは押し切るようにして一人デーツィロスへと帰宅する。
彼としても、オーレリーを助けるための計画をざっくりと頭の中で組み立られてはいたものの、改めて整理する時間が必要だったからだ。
自身にあてがわれたベッドの上に買い物袋の中身を広げながら、ラストは独りごちる。
「さあ、考えを纏めよう」
椅子の上に座り、膝を組む。両手を鏡合わせのように重ね合わせ、鼻先と指が触れるか触れないかのところに置いて、彼は頭の中に白紙の計画帳を広げた。
第一に明確にすべき目標は――オーレリーの計画の成立において、最も重要な役割を果たすもの。
それは、アヴァル・ヴェルジネアが積み重ねてきた数々の悪事の証拠だ。
彼が執政権を握ってから約二十年もの間に渡って犯し続けた、数々の罪。それらを裏付ける揺るぎない証拠を手中に収めることで、彼女は自分もろとも家族を滅亡させようと企んでいる。
しかし、裏を返せば、それを先にラストが握ってしまえば彼女は計画の遅滞を余儀なくさせられることとなる。
「……名付けるなら、アヴァル・ヴェルジネアの機密文書といったところかな?」
その、決して表には明かすことの出来ない文書の中に入っているものは、帝国との密通の証だけではない。
例えば、オーレリーは民衆を枯らそうとするほどにたんまりと絞り上げた税収についても言及していた。それらを素直に国庫に納めるような人間ではなく、着服しているのだと娘が証言している。
今回ラストが狙いを定めたのは、その、アヴァルが懐に隠し持っているであろうヴェルジネア家の隠し財産――それを記しているであろう裏帳簿の存在だった。
「どかんと大きくお金が動くような事態があれば、彼は自然とその帳簿に触れざるを得ないよね。だったら僕は、そこを見張っていればいい」
【
彼の魔力を宿した瞳は、たとえ下町に存在するデーツィロスからであろうと、屋敷にいるアヴァルの一挙一動を観察することが出来る。
接客の激務と監視を四六時中絶え間なく続けることは不可能だ。しかし、アヴァルが裏帳簿に触れる時間を予測出来るのであれば、その間だけ彼を観ていれば済む。ならば予測可能となるように、動きを誘導してやれば良いのだ。
狙うとすれば、次にラストに休みが与えられるであろう二十日後だろう。
「次、どうやってアヴァル氏の裏まで含めたお金を動かすかだけど。それなら心当たりはあるんだよね。ちょうどオーレリーさんが、彼が興味を抱くものの実物を見せて教えてくれたばかりだから」
オーレリーがデーツィロスまで足を運んだ際にわざわざ持ってきていた、【
帝国からもたらされた由緒正しき魔剣のようだが、その能力はたかが知れている。一度振って風の細刃を一つ飛ばすしか能がない魔剣など、ラストの知る本物に比べればおもちゃのようなものだ。
――もうだいぶ遠い記憶となってしまった、ブレイブス家での日々。その中で目にした魔剣の力は、余裕で父の使う【
彼女の父がどれだけ足元を見られたかは、ラストは知らない。
しかし、間違いなく情報と報酬の価値が釣り合っていない不等な取引であったことは想像に難くなかった。
アヴァルも、自身が差し出した情報に比べて実際に手にした魔剣がか弱いことに落胆しただろう。なにせ、オーレリーでも持ちだせてしまうほどに管理体制が杜撰なのだから。
――だからこそ、ここでラストが記憶の中の魔剣に匹敵するほどの代物を提供すると誘いをかければ、どれだけ高値だろうと喉から手が出るほどに求めようとするに違いないと踏むことが出来る。
「これでも魔道具作成はお姉さんのお墨付きだから、きっと彼を満足させられるはずさ。剣に魔法陣を刻むのは久々だけど、金属への刻印そのものなら慣れてるからね。さて、どんな魔法を使おうかな。やっぱり、せっかくなら見栄えのいい魔法が良いよね……うーん」
どうせ刻むのならば、手をかけて綺麗な魔法を生み出す魔剣を作りたい。
ラストの凝り性が顔を出す。さっそく頭の中でいくつもの魔法術式を考案しながら、それとは別に彼は計画において次に策定すべき内容についても考える。
「魔剣の売却を持ちかけるとして、いくらなんでもこのままの格好で向かうのは不用心にもほどがあるだろうし。……それと分からないように変装しないと」
なにせ、オーレリーの姉のグレイセスでさえラストの容貌をある程度知っていたのだ。
自分の任用した騎士たちを相手に悪目立ちしている彼のことを、まさかアヴァルが知らないという都合のいい妄想は出来なかった。自身の政策に真っ向から抗うような人間が突然甘い果実をぶら下げてやってきたとしたら、アヴァルとて疑うだろう。
となれば、今のラストの特徴とはなるべくかけ離れた装いに変じて向かわなければならない。
――そのために着飾る姿は、すぐに思い浮かんだ。
「となれば、
ラストは師匠であるエスに与えられた数々の授業を振り返る。
――現実に、男は女に弱い。
ではなくて。
「――いくら努力しようと、男は女になれず、女は男にはなれない。だからこそ、完璧に異性に化けられたなら、相手は
ラストが女性としての印象をアヴァルに完全に植え付けられたならば、それだけでラストに辿り着くことが遥かに困難になる。
また、悲しいことに記憶の中のエスは女装したラストを見て百点満点だと称していた。その際に鼻をつまむように抑えていたことについても思い出してしまったが、そちらは頭の奥底に置いておく。
なにはともあれ、彼女が太鼓判を押したのだから、アヴァル相手でも十分に通じる自信があった。
「恥ずかしいし、あまりやりたくないんだけれど……でも、これが最善だから。オーレリーさんのためになるのなら、これくらい……やってみせる!」
オーレリーのためだと思えば、羞恥心など一欠けらも湧いてこない。
とはいえそれは最後まで一回も身悶えするような恥ずかしさに襲われる機会がやってこないということを意味するのではないのだが――それはさておき。
なにはともあれ、そうしてラストの頭の中の計画書は最初の一ページが埋まったのだった。
エスさえ納得させた女装姿――プリミスの姿で以て、アヴァルに魔剣の売買を持ちかける。
そうして、その後の動きを遠くから観察して彼の秘密を見抜く。
「そうと決まれば、【
一度そうと決めたなら、ラストの決意は揺るがない。
彼はてきぱきと荷物の一部を解体して、ベッドの上に準備した他の道具――女物の服の素材や魔剣の素体の隣に並べ立て始めるのだった。
――女装したラストを見て大興奮していたエスの記憶から、無理やり意識を遠ざけるように。
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