第153話 用済みとなった仮面を剥がして
教会の内部へと足を踏み入れたプリミスと竜の下へ、その場にいた孤児たちの視線が一斉に集う。
それを受けながら彼女らが聖堂の真ん中あたりまで進んだところで、子供たちはそれまでに精を出していた仕事を放りだして、目をきらきらとさせながら近寄った。
彼らの反応は主に二通りに分かれており、男子と女子で注目したものに違いが出ていた。
「おおおーっ、すっげー! かっけーなー! なあ、あれって乗ったりとか出来ないのか?」
「……竜って、こんなに大きいんだね。お話で聞くのと全然違うや」
男の子たちが集中したのは、プリミスの連れた金貨の竜だ。
傍で全貌を興味深そうに観察する子もいれば、迷うことなく金貨に足を引っ掛けてよじ登ろうとする好奇心旺盛な子の姿も見える。
一方、女子はプリミス本人の周りに集って距離を詰め、彼女の色々な所をじっくりと観察し始めた。
「お帰りなさーい! 大丈夫だった? 見抜かれたりとかしなかった?」
「無理よ、いくらオーレリーお姉さんでも。だって、あたしたちだって知らなきゃ分からないもん」
「やっぱり美人よね。なんでこんなに綺麗になっちゃえるんだろ、羨ましいなー……」
ぴしりと直立する彼女の理想的な立ち姿と自分を比べては、女子たちは様々な反応を示す。
そのどれもが、プリミスを羨むものばかりだった。オーレリーとは別の方面で立派な淑女を体現している彼女を、悔しそうにしながらも褒め称える。
――とはいえそれらの声を向けられている当の彼女は、嬉しいというよりもむしろ複雑な顔を浮かべていたが。
「……落ち着いてください、皆さん。男の子たちはあまり近づき過ぎないように。登り過ぎて高い所から落ちて、頭を打ったら大変ですよ。それに、崩れた金貨に押し潰されたりしたら挽肉みたいになってしまいますから」
「うげっ!? へいへい、分かったよ……」
「貴女たちも、お化粧なら後で教えて差し上げますから離れてください。今は自信が無くても、女の子はどれだけでも綺麗になれますから――私だって、皆さんに褒めていただけるくらいになれたのですから。それよりも、まずは皆々様、今手がけている仕事を終わらせてしまいましょう?」
「はーい!」
彼女が軽く促すと、子供たちはすぐに自分が請け負った仕事へと戻っていった。
元より彼らは真面目で、誰かのために働くことを知っている。自分の興味を優先させて責任を放棄するような、この教会の本来の持ち主のような自堕落な性格には育っていない。
わっせわっせと懸命に働き出した子供たちを見やりながら、プリミスもまた彼らを見習って自身の仕事を終わらせようと視線を動かす。
聖堂の前方。元は教壇として使用されていた場所に残された、主を失った台座。
そちらへ足を運ぼうとしながら、彼女はぽつりと愚痴をこぼした。
「そんなに私は、女の子らしいのでしょうか?」
「――もちろんよ!」
すると、一人の少女がその呟きを聞き咎めて声を上げた。
そちらへ目を動かすと、くるくると巻かれた紫色の髪が揺れていた。
「ポルポラちゃん?」
「今はお姉さん、いえお姉さまなのですから、もっと胸を張っていいんですのよプリミスさま!」
「お、お姉、さま……?」
「そうです! ――さ、なにをしているのですか男子たち! やるべきことは分かっているでしょう、早くそこの台座をどかすのよ!」
思わぬ呼び方にうろたえるプリミスをよそに、勢いの強いポルポラと呼ばれた少女は次々に男の子たちへと指示を出し始めた。
「アズロ、ネロ、グリージョ! 体力が有り余っているんでしょ、キリキリ働きなさい!」
「お姉さまとはいったい……いえ、そうではなくて。あの、大丈夫ですよ? あれくらいならば、私だけでも別に持ち上げられますから……」
「駄目よ!」
「駄目!?」
「今のお姉さまはお姉さまなんだもの! 力仕事なんてしちゃ駄目よ! 分かったらさっさと動いて! 良い所をお姉さまに見せなさい!」
「いえ、だからですね。話を聞いてください。問題などありません、と……」
プリミスの記憶によれば、彼女が普段からこのような女王様気質であるということはない。
他の子供たちと変わらない優しい性格のはずが、どうしてかプリミスの姿に心酔してしまったことで変化してしまったようで、彼女は勢いのままに男子たちへ高圧的に叫んだ。
「分かったよ、手伝えば良いんだろ? ……分からなくはないし」
「うおらぁっ! やってやるぜぇっ! ……女のためだからなぁ!」
「よし、今行くよ。……こればかりはポルポラの言う通りだし」
「あのー、皆さま? どうしてなんの違和感もなしに従ってるのですか……?」
しかも、事態に追いつけていないプリミスとは違って、名前を呼ばれた男子たちは異論を唱える気がないようだ。
彼らはうんうんと何度も頷きながら、揃って台座を持ち上げる。
対照的に納得がいかないように顔を顰めた彼女の目の前で、がこりと嵌めこまれていた石造りの台座が浮き上がり、ゆっくりと横へ移動させられていく。
その下から現れたのは周りと同じ石畳――などではなく、底の見えない地下への抜け穴だった。
「……んっ! これで良いだろ!」
「あ、ありがとうございます。皆さんのおかげで助かりました」
不本意とは言え手伝ってもらった事には相違なく、渋々と謝礼を述べながらプリミスは新たに出現した穴を覗き込んだ。
丁寧に梯子が設置されているその穴は、成人一人がなんとか通り抜けられそうなほどの大きさしかない。
だが、その奥には入り口に反して大きな空間が広がっていることを、子供たちを通して彼女は知っていた。
「それにしたってよ、まさかいつも暮らしてた所にこんなのがあるなんて本当に驚いたぜ。言われなきゃ絶対に気づかなかったし、本当よく分かったよな」
「この辺りだけ足音が微妙に違いましたから。魔法が無くとも、五感を済ませれば自然と違和感に気づくことが出来るようになるのです。……皆さんも強くなりたいのでしたら、もっと普段の生活で音や匂いに集中してみてくださいね。そうしたら、より良い戦いのやり方が見えてきますよ」
「おう! くんかくんか……姉ちゃんは良い匂いだな――おげっ!?」
「なにプリミスお姉さまの匂い嗅いでんのよ、このヘンタイ!」
黒髪のネロとポルポラの無駄に騒がしいやり取りを側で聞きながら、アズロが尋ねる。
「それで、これから皆であの金貨を全部運べばいいのか?」
「ううん……結構かかりそうだね。一回で運べる量は少なそうだし、大変だよ。それならそれで、急いでやらないと晩御飯までかかるかも」
グリージョがざっくりと推し量った計算結果に悩まし気な声を上げた。
だが、さすがにそこまで少年少女らに押し付けられるほどプリミスは我慢できなかった。
これ以上の淑女扱いが耐えかねたというのもあって、彼女は二人の悩みを頭から払うように髪を撫でさすった。
「お、おうぅ?」
「なっ、なんです?」
「安心してください、お二人とも。そこまでしていただかなくても結構です。私から貴方たちにお願いするのは、少しだけここから離れてくださいということだけですよ」
二人が穴の周りから退いて視界がすっきりとしたところで、プリミスが指揮棒のように腕を振るった。
すると、彼女の目の先で竜の身体がみるみるうちに崩れていく。
そうして魔力の糸で繋がれた金貨たちが、川のように連なって空中を流れたかと思うと穴の中へと突入し出した。山のような黄金が、瞬く間に自然と階下の隠し部屋の中へと収まっていく。
「おおーっ……」
それをため息を漏らしながら見送った子供たちの前で、プリミスが蓋代わりの台座を片手で摘まみ上げた。
子供たちでは三人がかりで踏ん張りながら運ぶのが精いっぱいだったものが、いとも容易く元の位置へと戻される。
がこんと閉じられたのを確かめてから、彼女は満足そうに協力してくれた子供たちへと笑いかけた。
「お疲れさまでした。これにて後の作戦も順調に進むと思います。皆さんのご協力には、本当に感謝していますよ」
「っしゃあ! さんざ布集めに街中を駆けずり回った甲斐があったぜ!」
「私たちも、お姉さんのお化粧のお手伝いするの楽しかったよー!」
ようやくここでひと段落ついたと分かって騒ぎ出す子供たちを尻目に、プリミスはおもむろに自らの前髪に手をかける。
「では、こちらももはや用済みですからね。なにやら意にそぐわない勘違いも起きているようですから、外してしまいましょう」
――そのまま彼女は、指を絡ませた髪を静かに後ろへと引っぱり始める。
一見して痛そうな光景だが、彼女の亜麻髪はなんの抵抗も見せることなく剥がれていく。
「……お姉さん。お水、汲んできたよ」
「ありがとう、ローザちゃん」
更にプリミスは、ローザがいつの間にか持ってきていた水桶で顔をぱしゃぱしゃと洗う。
顔を薄く覆っていた化粧がみるみるうちに落ちていき、口紅が剥げる。それだけでなく、瞳に差していた色替えの薬までもが溶け出していく。
そうして被っていた仮面の全てを取り払って、さっぱりとした様子で彼女は同じくローザから差し出された布で顔に滴る雫を拭う。
そこに現れたのは、汚れを知らぬ純白の髪と血のような赤眼。
「――よし、これで元通りかな。あー、さっぱりした」
正体を現したプリミス・ロワイアルス――もとい、ラスト・ドロップスが清々しそうに頭を振った。
かつらの下で押さえつけていた髪の毛に篭った熱を鬱陶しそうに払う彼に、ローザが残念そうな目を向ける。
「あーあ、もうお姉ちゃん止めちゃった。あんなに可愛かったのになー……」
「可愛いって言われてもね、僕はあんまり嬉しくはないかな。いや、変装を褒められるのは悪い気分じゃないんだけど……あの姿だけじゃなくて、今の僕にも言ってないかい?」
しかし、いつの間にか騒ぐのを止めていたポルポラたちはラストではなく、ローザに味方する。
「ええ、ええ! プリミスお姉さまは本当に可愛らしかったです! それに今のお兄さんも、これはこれでちょっと男の子らしい女性に見えなくもありません!」
「まーな。女だって言われたら、一瞬信じちまうくらいには元がやべえぞ。そりゃ、あんだけ準備したら美人にもなるだろーな」
「……そんなに、かな?」
頬をひくひくとさせながら、ラストは自信なさげに問う。
だが、彼にとっては残酷なことに、周りにいた子供たちは皆大きく首を縦に振った。
それだけでなく、いつの間にか聞き耳を立てていた視界に収まる全ての子供たちまでもが、同様の素振りで彼の疑問を肯定してみせた。
どうやら、プリミス・ロワイアルスという顔は思っていた以上に彼らの頭に強く焼き付いてしまっていたようだ――それが、本物であるラストの印象にも食い込んでしまうほどに。
「は、はは……。そこまで言われると、嬉しいような恥ずかしいような……。男としての自信がなくなっちゃうな……というか、なんで僕は女装なんかしてるんだったかな……?」
がくりと膝と両手を床に突きながら、ラストはその答えを見出すべく数日前の自分自身を振り返った。
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